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第70話 表裏

 またここでも地震が起きた。

【緊急地震速報】が全員のL.S.から鳴る。


『緊急地震速報です、強い揺れに警戒してください。緊急地震速報です、強い揺れに警戒してください』


 数分の強烈な地震の後、


「無事か!?」


 突然、中央から大きな声がした。

 誰かがこっちに来る。

 全員が一斉に武器を構える。


「待ってくれ! 私はただの人間だ! 敵では無い!」


 ?

 60代ほどの女性?


「あ、あなたは!? 下川委員長!?」


 いきなりニイナが叫んだ。

 よく見ると、胸元に"公安のバッジ?"のようなものを付けている。

 ネームプレートに【国家公安委員長 下川シラエ】とあった。


「それほどの者かどうかは、今は怪しいがね。君は"黒夢ニイナ君"だろう?」

「私の事、ご存知なんですか!?」

「もちろんだとも。今一番キている警官だそうじゃないか」

「いえ、私なんてまだまだで⋯下川委員長がご無事で何よりです」

「なんとかね。代わりにいろんな物を失ってしまったよ。見て来ただろう、この新宿警察署の変わり様を」


 彼女は何があったのかを説明し始めた。

 この階に閉じ込められて動けない事、助けてくれた恩人がいた事など。

 その恩人こそが、まさかの"元警察官だったヒナのお爺さん"だったという。


「すまない、私のせいで君のお爺さんは⋯」

「⋯そう、でしたか」


 ヒナ⋯

 実は前にこっそり話してくれたことがあった。


 ヒナが勇気を出して外へ飛び出した理由。

 その中には、"帰って来なくなったお爺さんを見つけるためでもある"って。


「いなくなった理由が分かって良かったです。お爺ちゃんも、引退してまでこんな凄い人を守れて、本望だったと思いますので」

「⋯強いな。昔、"町田ギンノスケ"と言えば、知らない者はいないほど素晴らしい警官だったよ。私も幾度となく警備してもらった。なのに、何も返せないまま⋯正直合わせる顔も無い」


 下川委員長がヒナに向かって頭を下げる。


「やめてください、そんな。むしろ、お爺ちゃんの事を最後まで慕って下さって、ありがとうございました」

「ふふ。実はな、君が産まれた時にこっそり抱っこさせて貰いに行った事があるんだ。あの頃から随分と大きくなったもんだ」

「えぇ!? そうだったんですか!?」

「今度お爺さんの家を漁るといい。私たちと一緒に撮った写真を隠し持ってるはずだ、これをね」


 出された一つの写真。

 そこには"赤ちゃんのヒナ含んだ5人"が写っている様子だった。


 この右端の人が下川委員長かな?

 笑顔でピースしながらこっちを見ている。


「話がそれたな、それで君たちはここに用があって来たんだろう? こんな"死人の巣窟"とまで呼ばれるようになった危険な場所に」


 私が一歩前に出る。


「大切な友達がここに入った可能性があるんです。"黒い服装の人"がここまで来てませんか?」


 下川委員長はゆっくりと首を横に振り、


「⋯悪いが誰もここに来てはいない、御覧の通り私だけだ。警視庁にいきなり連行され、適当に食事が降ってくるだけのここに捉われて⋯⋯ん、いや確か」


 突然顎に手を当て、何かを考える素振りを始めた。


「今地震が起きただろう? 同じくらいの地震が少し前にあったんだ。つまりは、ここに"誰か来たというサイン"だったんだろうか?」

「!?」


 来ている。

 誰かがここに。


「だが、私は一人も見ていない。ここに来たとすれば、"必ず私の視界"に入るはず」

「たしかに⋯」


 この部屋の構造的に見えないのはおかしい。

 "あの殺人集団"が使っていた透明化のようなズノウを、誰かが使ったとか?


 ⋯ない


 なぜなら、ズノウは"誰一人として同じものを持たない"のが、今までの過去で証明されてる。。

 ただのゲームみたいに使い回しが無いのが、この"UnRule"の大きな特徴。


 だったら、なにが起こって⋯

 この違和感はなに⋯?

 考えていると、ふとカレンさんが呟いた。


「⋯そういや毎回地震がある時、"ちょっと不思議な感覚"が有ったような無かったような⋯」


 その瞬間、下川委員長が「⋯もしかして」と声を上げた。


「この新宿警察署は最近大規模な工事が行われたんだ。エスカレーター含めた最新設備の導入、と私は聞いていたが、完成図を見せてもらった時、"各階に壁で仕切られた大きな空白"が用意されていた」

「"大きな空白"、ですか?」

「あぁ。まるで"もう1つの部屋"を造るみたいに。聞いても"これはこの建物を維持するための空間"とだけ言われ、それ以上は聞かなかったんだが、それが関係してたり⋯」


 もう1つの部屋⋯

 意味深な地震⋯


「⋯!! わかったわ!! 今ので全てが!!」


 周囲が一気に私を見た。

 ちゃんと答えないといけなそうな雰囲気。


「この地震、入れ替わっていたのよ。上る度に"もう1つの部屋"と」

「ん~? えっと?」


 ヒナが首を傾げて言う。

 これじゃ分かりにくいわね。


「例えば、今見てるこの部屋、これと"同じような部屋が壁の向こう側にもう1つある"とするじゃない? それが地震がある度に"回って入れ替わっていた"のよ、これなら伝わる?」

「うん、分かった。でも、それだとおかしくなるよユキちゃん。地震がある度に変わってるなら、竹さんたちが後で1階から上って来た時があったけど、"入れ替わった反対の部屋"にエスカレーターで上る事になっちゃうから合流できないよ?」


 ヒナの言う入れ替わりは、"地震があった階だけが入れ替わる"って事ね。

 でも、実際はそうじゃない。


「ヒナ、これは2階だけが入れ替わるとか、3階だけが入れ替わるとか、そうじゃなかったの。実際は、1階から9階まで"一緒に連動して入れ替わってる"としたら?」


 急にニイナが迫って来た。


「ってことは、1階から9階までの"もう1つの裏警察署"があるという事ですね?」

「うん、それ意外考えられない。だから次ここに入ってくる人は、"表で始まるか裏で始まるか"、中の人の動きによって変わるわね」

「そっか⋯そっかそっか! 先輩の意見で"今までの見た事ない構造の違和感"も納得できます。今私たちがいる側こそが"裏新宿警察署"なんですよ」

「⋯ちょっと待ってくれ!」


 カレンさんが間に割り入ってくる。


「それだとまだおかしな点がある。地震は"上った者の場所だけ"で起きているぞ。連動して動いているなら、どの階も地震があるはずじゃないか?」


 そう、"普通の建物"なら。

 それを踏まえて、私の考えはこう。


「普通はそのはずなんです。なので、これは私の思い付きなんですけど⋯"軸として動かす階は激しく、他の階はゆっくりと動いていた"、こう考えるのはどうでしょうか」

「⋯ふむ。俺たちが1階でカレンたちが2階の時、ほんのちょっと足場に違和感を感じてはいたんだ。要は、それが原因か」


 そんな構造の建物が本当にあるのか、それは今考えなくていい。

 固定概念に捉われない事、それが重要だから。

 "ニイナの特殊な戦い方"で特にそれを感じたの。


「やっぱユキちゃんって頭いいんだね~」

「うーん⋯結構適当よ、合ってるか分からないし⋯」


 いろいろ分かったのはいいけど⋯

 肝心の"9階へのエスカレーター"がここには存在しなかった。

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