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第56話 逃走

 ※中編は【新崎ユキの視点】となります


「ねぇ! ルイが帰って来ない!」

「彼は必ず帰ってくる! 今はここから逃げるんだ!」

「ルイを置いてなんて⋯私には出来ないッ!!」

「信じるしかないよ! 今は!」

「ユキちゃん⋯私もですけど⋯でも抵抗手段が!」

「俺も行きたかねぇ! だけどこんな状態じゃ、なんもできねぇだろッ!?」


 なんで⋯

 今度は私たちが助けないといけないのに⋯


 私が最後まで残り、苦渋の選択で都庁を降りる事にした。

 降りたくない、本当はずっとここで待っていたい。


 なんで帰ってこないの⋯

 その考える時間さえも、もう少なくなってきていた。


 反対側入口から多くネルトが入ってきているのが、外のドローンで確認されたからだ。

 アスタ君が連絡してくれて、渋谷の方から助けが向かって来てくれているそう。


 "ルイを襲ったあの何か"。

 あれの影響か、鎌を出そうとすると【〈混沌虹女神の一喝〉により、6時間取り出す事はできません】と脳内にアナウンスが流れる。

 それによってか、全員が何も使えない状態となっていた。


 刺された人を救助する組と、辺りを監視する組とで分かれ、ヤツらにバレないようになんとか2Fまで来た私たち。

 結局、あの支配人と呼ばれていた男には逃げられ、都知事はどこに行ったのか分からず、ここで得たのは最悪の結果だけだった。


 "大切な人"を置いて逃げるという、最悪すぎる結果。

 やだよ⋯早く帰ってきて⋯


 苦しい。

 胸騒ぎが収まらない。


 皆は「絶対帰ってくる」と言う。

 いつもなら私もそう思う。


 だけど今回だけは、どこか違うと思った。

 最後に見たルイの横顔が"怖がっていた"から。


 あんなに引きつった顔、初めて見た。

 どんな状況でも、あんな顔を今までした事は無かった。

 何度もあの顔が浮かんでしまう。


「⋯よし、大丈夫。行こう」


 アスタ君が先導し、1Fへと降りる。

 エレベーターは故障しているのか、乗る事は出来なかった。

 そしてどうにか外に出ると、


 ― なんと大量のネルトとモンスターがいた


 渋谷の応援が対応してくれているようで、私たちはただ守ってもらうしかなかった。

 何も持たない今、何も出来ない。


「⋯無理です! 数が多すぎる!!」


 前に出て戦う"スクランブル守衛隊"だったが、あまりの数にとうとう手が回らなくなると、


「いやぁぁぁッ!!!」

「誰か助けてぇぇぇッ!!!」


 ついには数人が襲われ、ネルトに脳を食われ始めた。

 大きな悲鳴と助けてという叫び声、怒鳴り声さえも響く。


「くそッ! おい逃げろッ! それしか方法が無いッ!!」

「待って! そんな事したら!?」

「言っとる場合か! こんなところで死にとうない! あっちは負傷者だって抱えとるんやろ!? もう無理やろうがッ!! それにお前も言っとっただろうッ! "無駄死にしとうない"とッ!!」

「それは⋯でも、七色蝶様は言っていたではないですかッ!! お互いを補えとッ!! 今がその時でしょうッ!?」

「バカ言えッ!! その"肝心な七色蝶がいなくなった"んだろうがッ!!」

「くっ⋯!!」


 始めに"掛井キンジのグループ"が引き上げ、それに続くように、他グループも去っていってしまう。

 私たち、無防備な人間を残して。 


 最後に残った"高槻レンナ"も一言「ごめんなさい⋯」と残し、走って行ってしまった。


 襲われた人間を置き去りにして。

 助けてという声を無視して。


 自分が死にたくないから。

 もうどうにもできないから。


 だから、私たちも死に物狂いで逃げるしかなかった。

 逃げる途中、


「シンヤさんは!?」

「アスタ様とカイも!」

「どこに行ったの!?」


 3人とはぐれてしまったようだった。

 探す余裕すら無く、後ろにはまだヤツらが追って来てる⋯!


「今は一旦あのマンションの上へ!!」


 ニイナの示すタワーマンションへと逃げ込み、エレベーターへと駆け込む。

 咄嗟に押したのは最上階の"26F"のボタンだった。 


「はぁ⋯はぁ⋯もう⋯来てませんかね」

「たぶん⋯ですけど」


 エレベーターが開き、辺りを確認する。

 ここはどうにか大丈夫そうね⋯

 謎に開いたままの部屋が一つあり、その中に入る事にした。


「勝手に⋯入っていいんでしょうか?」

「⋯仕方ないでしょ、こんな時は」


 「すみません、お邪魔します」と小声を出してみる。

 誰もいないようで、綺麗に整頓された部屋だけが残されていた。


 ちなみに、さっきから何回もシンヤ君とアスタ君に通話をしているけど、一向に繋がらない。

 メッセージも送っているけど、一つも返ってきていない。


「心配ですね⋯」

「⋯うん」


 ヒナが不安そうな顔を向けてくる。

 見ると、余計に心配になってしまう。

 大丈夫よね⋯きっと⋯


 私はベランダへと向かった。

 下をのぞくと、


「⋯いるわね、まだ。当分ここからは出られそうにないわ」


 ニイナが「弓があれば⋯」と小さく呟いた。

 彼女が使っていた弓も、6時間拘束されてしまっている。


 ― こうして私たち女子3人での行動が始まった 

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