やっぱりこの車だけ異質だ。
自動運転がどれだけ発展しようと、飯塚車だけは唯一って感じがある。
広さとしてはリムジンぐらいあるが、少人数の時は上手い具合にコンパクトになる。
要は、軽自動車から大型自動車へと自由自在になれる感じ。
龍の顔をして6枚羽が付いているのは、かっこいいというか、いかつさがあるというか⋯
風呂も付いて、寝室もAIキッチンも付いてるってのがまたヤバい。
ヒナを連れ、東京ミッドタウン八重洲およびネビュラスホテル東京を後にする。
短い時間だったけど、部屋や食事はマジで良かった。
"あの事件"さえ無ければ⋯
右手にはまだ薄っすら浮かんで見える、"あの血痕"が。
もう血が付着しているわけじゃないのに、いつまでもいつまでも。
「飯原さんには、結局挨拶せずにだったわね」
「あの人なら起きてすぐ気付くよ、あれに」
「今の時代に置き手紙なんて、ビックリしますかね」
「たまにはいいんじゃね! そんなのも! 粋な事すんのな、新崎さんも!」
きっとあの人ならすぐに気付く。
"今回の件"で、より目をこらすようになっただろうし。
流れていく都会のビル群を見ながら、そう思った。
♢
表参道へと入った頃、周囲の雰囲気がガラッと変わるのを感じた。
これを感じたのは俺だけじゃないと思う。
さっきまで広い車内を堪能していたヒナが、ずっと外を見るほどだ。
だって、普通に"大勢の人間が何事も無いかのように"歩き回っている。
「なんか、ここだけおかしくね?」
とうとうシンヤがその一言を放った。
それによって話が広がる。
「まるで日常が戻ったみたいね、ここだけ」
「なんでしょうね、これ⋯」
俺は口を開かなかった。
みんなの思ってる通りだったから。
外に出るまでは"本当の違和感"に気付けそうにない、そうも感じる。
先頭にいたユエさんがこっちへと戻ってきた。
「そろそろ目的地周辺よ。見ての通りみたいだから、各自油断しないようにね」
「もしかして、"竹下通り"なんですか?」
「そう。ちょうど"ここの監視カメラ"に映っていたのよ。それで、あの"赤ビル"の方へ入ったっきりまだ出てきてないの」
「え、"赤ビル"!?」
「えぇ」
原宿の竹下通りにもあるのか?
いつ出来たんだ?
覚えている限り、渋谷と秋葉原しか知らない。
結局この"赤ビルは何をする場所"なんだ?
XTwitterを見ると、昨日できたとあるが、中には入れなかったという情報しかない。
ユエさんは本当にここに行くつもりなのか?
「中には入れなかったっていうのばかりですけど、本当に行くんですか?」
「それがね、"1分間だけ開く時間"を発見したの。昨日一日中監視して、やっと見つけたんだからね」
"1分間の開く時間"?
どういうことだ?
「その1分間は"4回チャンス"があるわ。それが10時、14時、18時、22時の計4回。開く時間はどれも"最初の0分から1分の間"だけよ」
「つまり、10時の場合は10:00から10:01の間ってことですか?」
「そうそう。開く意味はまだ分かってないけどね。それで今の時間を見て。後30分もすれば10時になる」
確認すると、"AM 09:30"とある。
ユエさんの言う事が正しければ、開くタイミングがもうすぐ来る。
と思った瞬間、車は『目的地までの最適な場所に停車しました』と喋り、停車した。
シンヤが真っ先に立ち会がると、
「っしゃぁぁ! んじゃ、裏部さんとやらをさっさと見つけに行こうぜ!」
ユエさんはお腹をさすり始めた。
「ごめんけど、そのー⋯私はもうあまり動けそうにないの。そろそろキテるみたいで⋯それでみんなにお願い、ここからは4人で行って欲しいの」
しんどそうに座るユエさんに、プロトロア2体が駆け寄る。
そうだ、ユエさんは妊娠中。
あまりに平気そうな顔をしていたため、まだまだサポートしてもらえるとばかり。
「今回の作戦は絶対あなたたちなら出来る。これからのためにも、お願いできる?」
正直、来てくれないのは不安だった。
けど、ここで我儘を言える雰囲気じゃない。
裏部さんは"総理へ辿り着くためのカギ"を握る人物。
ここまで来て、返事なんて一つしかない。
「任せてください。必ず、裏部さんを連れてきます」
ヒナはあまり状況分かってないような顔をしていた。
そりゃそうだ、急に一緒になったからな。
説明は追々するから、とにかく今は付いてきて欲しいとだけヒナへ伝えた。
そして俺は車のドアを開けた。
「危ないと思ったらすぐに引き返してくる事、いいわね?」
「「「「はい!」」」」
【タイムリミットまで後28分】