「大丈夫かッ!?」
遅れてシンヤがこの"4528"へとやってきた。
たぶんシンヤも、"幻覚"とやらにやられていたんだ。
これはおそらく、アイツが持っていた"ズノウ"の一つ。
「⋯ここを頼む」
「え、あ、あぁ」
俺はこの場をシンヤへ託し、脇目も振らず走った。
アイツらはまだ近くにいる。
絶対逃しはしない。
きっと、この時の俺は無意識に近い状態だった。
"ユキにあんな事をしたクソ野郎共を消し、理不尽ヲ壊セ"
その衝動だけが、全てを突き動かしていた。
「何かあったのか?!」と、ジムで会った男たちが話しかけてきたが、無視してとにかく走った。
2つあるうちの1つのエレベーターが、"1階"へと向かっている。
これはアイツらが1階から逃げようとしている事を表している。
⋯これなら階段で追いつく
すぐさま階段を走り、1階へと向かう。
「⋯」
言葉にならない怒りがさらに俺を包む。
誰にも邪魔はさせない。
そして俺は追い付いた。
ホテルを出て少し先の角、一人が俺の方を向き、銃を向けてきた。
「人殺しのバケモンがぁッ!! 付いてくんじゃねぇッ!!!」
⋯
コイツは何を言っている?
これは"正当防衛"だ。
ユキが傷つけられた、俺は銃を向けられた。
「気持ちわりぃんだよッ!!! さっさとサツに捕まっとけッ!!!」
良かった、コイツがただのゴミで。
⋯心置きなくやれる
「⋯」
俺は"七色蝶の銃剣"をヤツへと向けた。
「へぇ~、や、やるんだな? バカがッ!! お前とは場数が」
話す途中、ヤツの脳天を一縷の光が通り過ぎた。
七色の蝶の羽根が、風で通り過ぎていく。
コイツだけじゃない。
もう一人を追わないと。
あの"黄色いパーカーの男"。
⋯理不尽ヲ壊セ
♢
どれだけ血眼になって探しても、もう一人を見つける事は出来なかった。
蓄積していく疲労感に、徐々に俺の意識が戻りつつあった時、
「はぁ⋯はぁ⋯やっと⋯見つけたぁ」
影から現れたのはユキだった。
「!? なんで」
「そんなの⋯当然でしょ」
ユキは一呼吸置き、そう言った。
その姿を見て、安堵する気持ちと、もう一緒にいない方がいいという気持ちが交錯した。
俺は目の前で⋯殺したんだ。
そんな俺を、もう受け入れてくれない。
と思った瞬間、
「⋯帰りましょ」
彼女の手が差し出された。
「⋯なんで」
⋯ユキは変わっていなかった
優しい顔で、手を伸ばしてきた。
「⋯もう⋯いない方が⋯いいだろ⋯」
あまりに綺麗な手。
俺は⋯取る事はできない。
こんな汚い手で⋯取る事はできない。
「⋯っ!」
気付くと、ユキが抱き着いていた。
服が血で汚れているのにも関わらず。
俺が必死に離そうとすると、
「いなくなるなら⋯ここで自殺するッ!」
突然彼女は鎌を取り出し、自分の首へと向け始め、
「なにやってるッ!! やめろッ!!」
「なら行かないでッ! 行かないでよ⋯!」
涙を零した。
「んで⋯そこまですんだよ⋯」
「⋯だって⋯」
鎌が仕舞われ、不意に手を握られた。
「⋯こうする事⋯できなく⋯なるんだよ⋯?」
指と指が交差する。
なんの躊躇いも無く、ただそっと。
その言葉が、また俺たちを繋いだ気がした。
消えかかっていたはずなのに。
「帰って暖かいご飯⋯食べよ? ゆっくり⋯しよ?」
「⋯」
「だいじょうぶ⋯みんなわかってるから⋯」
そんなの⋯
⋯帰るしかなくなるだろうが
俺は静かに頷いた。
まだ、いていいんだって。
一緒にいないと、こうする事、できないんだって。
だからこそ許せなかった。
最後まで捕まえられなかった、あの黄色いパーカーの男を。