「おいあんちゃん! すげぇなぁさっきから! 細いのによぉ!」
「うっ⋯はぁ⋯まだまだ⋯ですよ」
「頑張ってるところわるいけどよ、ずっといる"あの子"はあんちゃんの彼女か?」
「⋯ちがい⋯ます⋯よ!」
「ほぉ~、ずっとあんちゃんの事見てるけどなぁ」
一瞬視線を向けると、確かに俺の方だけをずっと見ていた。
そして周りを見ると、男全員が"あの子"に目を取られている。
そりゃこんな男臭いフィットネスジムに、"あんな格好の女の子"がいるなんて異様だぞ。
いつもより気合い入れて、見てもらおうとしてるヤツも何人もいる。
俺はレッグプレスのトレーニングを一旦やめ、"みんなが見ているあの子"へと近寄る。
「なぁ、目立ってるぞ」
「はい、知ってます」
ツインテールの女子は上目遣いで言ってくる。
「こんなとこに座ってたって暇じゃないか? "あの時間"まで他のところいたっていいんだぞ」
「それもいいんですけど、今はルイさんの傍にいたいと言いますか⋯その⋯」
急に頬を赤くした彼女を見て、周りがざわつく。
正直この顔は反則なほど可愛い。
でもそのせいで、さらに目立ってるんですけど。
と思っていると、ジムの入り口が開き、ある人物が入って来た。
次はその人物へと全員の視線が移る。
「おい、あの子もめちゃくちゃ可愛いぞ」「誰の知り合いなんだ?」と一段騒がしくなる。
「こんなとこにいた! トイレじゃなかったの、ルイ」
「気付くの早すぎだろ⋯」
「そりゃね。位置共有してるでしょ、私たち」
「はは⋯」
やっぱユキには一瞬でバレるか。
でも、そんな怒ってなさそうな顔をしてる。
どちらかというと、心配しているような表情。
「それで、これは一体どういう状況?」
ツインテ女子と俺を見比べながらユキは言う。
「すみません、私がルイさんに助けてって言ったんです」
「"ルイさん"? ふーん」
おいおい、一瞬で怒った顔になったんだけど!?
なんでこうなる!?
「ちょ、ちょっと待って。俺が説明するから、落ち着けってユキ」
仕方なく俺は、契約や小柴の件について全てをユキに話した。
後、空いた時間でトレーニングをしたかった事も。
「まぁルイの事だから、そんな感じだろうとは思ったわ。ずっと考えてる顔してたんだもの」
「んだよ、それもバレてんのかよ」
「また勝手に首を突っ込んじゃって⋯それより、昨日は動けなくなるほど疲れてたのよ? 今日はゆっくりしないとダメじゃない」
「いいんだって俺は。ゆっくりするより今は動いていたいんだ」
「(⋯後でもゆっくりできるからって言ってたくせに)」
ユキが拗ねた顔で何か呟いているが、なんて言ってるかは聞き取れなかった。
気になっていると、さっき話しかけてきたガタイの良い男がまた来た。
「ちょいとさ、あんちゃん。一旦外で話してきたらどうだ? ほら」
ガタイの良い男が「周りを見ろ」と言わんばかりに主張する。
どう見ても邪魔になっていた。
はぁ⋯なんでこうなんだよ。
周りに謝りながらジムを出た俺たち。
ちなみにフィットネスジムは20F丸々全部がそうなってる。
場を変え、今度は"21FのオフィスルームC"へとやって来た。
このツインテ女子の"町田ヒナ"とユキが、お互いの自己紹介を軽く行った。
ヒナとはジム行く途中に色々話し合っていたのもあって、お互い既に知っている仲だ。
まさかの同い年で、アイドルグループ"ないんほーすっ!"の一人でありつつ、配信者"ひなひー"らしい。
しかし事態が事態なため、どちらも今は休止中との事だそう。
俺にはちょうど興味が無い分野だったので、有名らしいが、どれを聞いても全くピンとこなかった。
「だからビックリされなかったんですね」
「アイドル系のヤツ、特に興味無くてな」
「"ユキちゃん"も?」
「"ユキちゃん"? 私?」
「はい、"ユキちゃん"です」
「呼び慣れなさ過ぎて、全く実感が無かったわ⋯」
「そうなんですか? 今度から"ユキちゃん"でもいいですか?」
「いいけど⋯私はなんて呼んだらいい?」
「ヒナでもひなひーでもひなたんでも、何でもいいですよ」
「呼び名多いわね⋯じゃあヒナで」
こんな感じの会話が数分続いた後、突然オフィスのドアが開き、
「うーっす。何やってんのこんな⋯おぉっ!?」
「?」
「ひ、ひ、ひなひーいるじゃん!! お前ら仲良かったのかよ!?」
「たまたまさっき知り合っただけだ」
「えッ!? マジッ!? すげぇなッ!! 本物だよなッ!?」
一番うるさいヤツが来てしまった。
ってか、アイドル興味あったんだなコイツ。
急に来たシンヤは、ヒナに握手を求めている。
ヒナは快く握手をすると、
「普段は結構こうなる事が多いんですけど」
「へぇ~、らしいぞ」
「ふ~ん」
俺の反応に、ユキが以心伝心のように返してくる。
長年の老夫婦じゃねえんだぞ、俺たち。
「ってかちょうどいいな。シンヤも来たなら、ここで作戦会議しよう」
「んぁ? どうしたんだよ急に」
「これから全部話すから、その握手を一旦終わって座れ」
「え~! もう終わりぃ!?」
「あはは⋯」
ヒナも苦笑いしてんだろ。
そんなこんなで、今日の夜に起ころうとしている事について話し合う事にした。
ヒナは「他にも何人か"4528"に呼ばれていると思います」と言う。
その"4528の部屋"が小柴の部屋として使われてるそうだ。
最上階のクソ良い部屋か、相当良い御身分なようで。
その時間になったら"元締めの飯原さん"もきっと来る、この時の俺はそう読んでいた。
♢
時刻はもうすぐ23時になろうとしている。
作戦通り、ヒナには一旦囮になって"4528"に行ってもらう。
正直なところ、ヒナを連れてこのホテルを出てしまってもいいけど、他の人たちを見過ごすのはさすがに後味が悪い。
こんなふざけた契約は、元から壊しといた方が絶対いい。
今、俺たち3人は44階の"Special Rest Room"にいる。
45階にいると、もし小柴たちにバレたら面倒だからだ。
ヒナと連絡先を交換したが、あえて通話とかもしない、一発勝負でいく。
「⋯ふぅ」
一つ深呼吸をした。
たぶんただのいがみ合いでは終わらない。
なんたって、アイツはELの一人。
「大丈夫よ、きっと上手くいく」
「⋯そうだな」
「ひなひーにちょっかい出すなんて、ぶっ飛ばしてやろうぜ!」
「まぁどこまでやるか分かんな」
『りりりりりりりりりり』
話す途中、突然警報が鳴った。
部屋が急に真っ赤になっていく。
「なんなの!?」
『センサーにて緊急アラートが作動しました、1階へ危険なモノの侵入確認。センサーにて緊急アラートが発生しました、1階へ危険なモノの侵入確認。施設内の方は直ちに非常口から退避をお願いします。繰り返します』
この時、誰も予想出来なかったはずだ。
アイツのしわざで"死人が出るほどの大事"が、このホテル内で起こるなんて⋯