「⋯⋯? え? 僕ですか?」
一瞬、この人が何を言ってるのかよく分からなかった。
「あなた以外誰がいるの。まずその眼、それはあなたにしかない"イーリスメラニン"。その作用によって、黒と七色が入り混じって見えるの」
「っ!?」
「自分でおかしいと思わなかった?」
「い、いや⋯痣みたいなもんかと⋯眼下の先生にもそう言われていたので⋯」
「なら君たちは? 誰も気付かなかったの?」
するとユキは、
「そんな特徴があるだなんて、一つも聞いた事無かったので⋯」
「あー、学校ではそこまでは教わらないのかぁ。他にも記憶力や運動能力、様々な能力が明らかに違ったはずよ」
「た、たしかに」
ユキが"俺の眼"を間近でじろじろと見始めた。
いや近すぎだろ。
かと思えば、俺の身体を隅々まで弄り始めた。
腹を触って「お~腹筋だぁ~」とか言ってるんだが。
何やってんだコイツ。
「なんか今までの事、全部納得した気がする」
「納得って、なにが」
「だって、何やっても凄いなーって」
「んだそりゃ」
その直後、次はシンヤが肩を掴む。
「はは! そりゃ俺が何やっても勝てねえわけだよなぁ!? 他のヤツには勝てるのによぉ!」
「お前、ほんとは根に持ってるだろ」
「んなわけねぇだろ!? いい練習相手がいるってことだ!」
この二人は信じ切ってるようだけど⋯
これが何を表してるのか、ちゃんと分かってるのか⋯?
"イーリス・マザー構想"は、俺たちが中学生ぐらいの頃から聞いてきた話だ。
教科書にずっと載るくらいの内容で、テストでもよく出たのを覚えている。
ある施設によって、変異体の受精卵が作られた後、そこへ世界初の"虹の成分"を加えるという禁忌人体実験。
でも、調査に入られた時には"もぬけの殻状態で、失敗の跡だけがあった"って、授業で聞いたのはそこまでだ。
ちなみにテストで出たのは、【もしこの実験が成功していたら、どんな人が生まれたか考えよ】という、子供の想像の無限大さを利用したものだった。
これにずっと興味持ってるヤツもいたのを覚えている。
「本当に僕なんですか? あれは失敗で終わったはずじゃ」
「そこまでが学校で習った内容?」
「⋯はい」
ここからユエさんのぶっ飛んだ話が始まった。
「そんなの前座も前座よ、もっと続きがあるわ。"虹の成分"だけだと何度やっても失敗する事が分かった一団は、あなたを小型衛星に入れて"月の裏側"に飛ばしたのよ」
「は!? "月の裏側"!?」
「そう。当時のAIも使って導かれた理論では、"61億年に1度だけ月の裏側で行える調和"しか、成功は無いと証明されたの。それがブラックホールを生成するとされる素粒子の一部と、その対と考えられるホワイトホールの素粒子の一部による"絶対不可能調和"。それがあなたの体内で最後に行われた事」
「⋯???」
「今は意味を理解しなくていい。奇跡を超えた超奇跡、これが"本当のイーリス・マザー構想"なのよ」
なんでこの人はこんな得意そうなんだ?
この話が好きなんだろうか⋯?
ここからの話もまた飛んだ内容だった。
ユエさんの母親が、"イーリス・マザー構想一団の一人"だった事、俺の親も"その一団のはず"だ、と。
ある日赤ちゃんだった俺を、今の両親が盗み、それ以来消息が分からなかったという。
ただ、眼の様子は動画で残しており、教えられていたユエさんが今回すぐ気付いたそうだ。
⋯何も知らなかった
それほど普通の生活をしてきたから。
多量すぎる不可解な話に、俺は一呼吸を置いた。
これが事実だとして、まだ理解できそうにない。
「あなたが落ち着くまで、一旦話題を変えましょうか。ロアの事とか気にならない? テレビにいたのに、なんでここにいるのか、とかね」
「そう⋯ですね」
「でしょ。あれは"テレビとは別のロア"なのよ」
「?」
一瞬意味不明だったが、周りを見て意味が分かった。
"ロアはいろんな種類がいる"、という事に。
「さっきいたのはロアツー、ここにいるのはプロトロア。そしてテレビのあれは一番高性能なの、充電機能を除いたら」
「ほぇ~、アイツが一番なのかぁ~、よく喋るよなアイツ」
シンヤがケーキを貪りながら呟いた。
お前どんだけ食うんだよ。
「ロアはね、尖った研究者を募って試験的に開発されたものなんだけど、ビッグデータからの未来予測精度が極めて高くてね。ただその分、維持費がバカにならなかったわ。だから限界が来て、あれを売ったのよ。きっとこれが、"AI総理の始まり"になってしまったの」
「"AI総理の始まり"? なぜですか?」
「⋯政府に売ったからさ」
俺の質問に答えたのは、アオさんだった。
「その時、研究者と議員を兼任していた僕が提案してしまったんだ、"これを政府に売ってみるのはどうだろうか?"って。一番金に融通の利く国に、管理してもらうのがいいって思ったんだ。これが意外にもスムーズに話が進んで、提示されたのは1兆円だった」
「「1兆円!?」」
ユキとシンヤが声を上げる。
「驚くよね、僕もほんとにびっくりしたよ、ここまで上手くいくなんて思っても無かったから。この収益で、ロアが示してくれた次の道、"人手不足限界地のAI最適化"をやって、僕たちで覇権を取ってやろうって考えてた⋯"アレ"が出てくるまでは」
「⋯"アレ"? それが、"AI総理"ですか?」
アオさんは静かに頷いた。
「異常だった。頭角を現した瞬間、一瞬で何もかもをありえない速度で先にAI化して⋯僕はそんな話、一度も聞いていなかったのに」
アオさんは一度水を飲むと、
「僕たちが一部として参加した"R.E.D.紅生秘計画"。これを君たちにも知っておいて欲しい」
俺たちに真っ赤な資料を差し出した。
【※これは関係者以外に必ず渡してはならない】って書いてある、これ読んでいいのか⋯?
「僕たちが"アレ"と関わったのは、簡単な設計図の確認だけ。後は、ロアを参考として作られた新型未来予測AIによる新規開発、それがAI総理。いや、R.E.D.こと、"Remake the Eerth for Developmentの正体"だ」
アオさんが指でさした資料の先。
そこには、【Remake the Earth for Developmentの誕生について】とあった。
⋯AI総理の正体
それは"新型未来予測AIによって生まれたAI"という事だった。
外核に新型未来予測AI、内核には"総理を形成するコアAI"があるという。
隣の二人も、見た事無い資料に目が釘付けになってる。
俺もそうだけど。
⋯なんだか話が複雑になってきたな
要は、AIがAIを作って悪さをしている、そんな感じだと思う。
でもこれだと、よく考えるとおかしな点があった。
このAIは何を学習してこうなったのか、なぜこのおかしさに政府は気付かずに反対もなかったのか、という事。
次にこれらを聞いてみるか。
こんな聞けるチャンスは滅多にない。
「なんかよく分かんなくなってきたなぁ、ルイと新崎さんは分かるのかよ?」
「まぁな。また後で説明してやるよ」
「おぉ~! さんきゅー!!」
「あのー!」
急にユキが口を開く。
「ここに【イーリス・マザー構想の一部機械導入済】とあるんですけど、これはなんですか?」
「あー、これね」
次はユエさんが資料を開き、その疑問の書いてある部分を示した。
「ここを見て。変異体の受精卵を作った特殊生成器、それもAI総理形成の一部として入っているみたいなの。つまり、"彼の元を作った一部"も⋯総理の中にいる」