『現在、東京全体の停電は私たち政府が強制的に行っております。故障や電力会社の通電失敗等ではございません』
⋯イヤな雰囲気が画面先から漂う
『本日2度目の会見となりますが、ここではこの度発表した"経済対策の詳細"についてお話したいと思います。もう気付かれた方々もいると思いますが、これは"ただの経済政策"ではありません』
これ以上"この会見"を見るのを、どこか拒否しようとする自分がいた。
次の言葉を聞くと、たぶんもう戻れない、今までの生活に。
⋯そんな気がした
『これは"あなた方自身に経済になってもらう新政策"となっております』
2030年9月17日火曜日。
きっと"この日"を忘れる事は無い。
― 予想をはるかに超えた速さで"ブラック・シンギュラリティ"が起きた事を
"ブラック・シンギュラリティ"は、最近近くなってとされるシンギュラリティ、その暗い側面をそう呼ぶようになった。
これが起きるとしても、"5%~10%の確率だろう"と予測されていたが、その確率を凌駕していた。
「私たち自身が⋯経済」
ユキの握る力がより強まっていく。
俺は黙って、手を握り返す事しかできなかった。
シンヤは小さな声で「やっぱり終わってんなコイツ」と。
数秒の間の後、総理は突然"ある場所のカメラ映像"を流し始めた。
その中の1か所に、"見覚えがある場所"があった。
「おい、これ!!」
真っ先にシンヤが叫ぶ。
ここにいる3人が"ついさっきまでいた場所"だった。
『これは"赤い発令"が行われている施設内部の一部となります。先ほど私は"もう気付かれた方々もいる"と発言しましたが、"これら"の存在をその場で実際に見たり、ネット上で見た人もいることでしょう』
総理がそう言うと、"今日何度も俺たちを襲ったアレ"がカメラ映像内でうろついていた。
"赤いヤツ"も数か所で映り、そのうち1体は"陸田先輩の姿をしたアレ"だった。
「陸田⋯先輩⋯」
言葉にならない怒りが上がってくるのを感じた。
唇を強く噛み締める。
その思いを踏みにじる様に、総理は次々と話していく。
『名前は"Next time Living the Things"、意味は"次を生きるモノたち"、私はそれらをネルト(NeLT)と呼んでいます。ネルトは"AI同士で創造された新たな存在"であり、人間の皆様自身を媒体として、これからの次世代を寿命やお金に縛られる事無く、代わりに生きてくれるのです』
さっきからコイツ⋯何を言ってる?
これは本当に現実?
俺はまだ寝ているんじゃ⋯
ネルトとか人間を媒体とか、意味が分からない。
機械が突然。人を食い始めて、大事な人を殺して。
その人に代わって生きる?
⋯ふざけるな
『そして自由になったお金を、私たちAI側で管理して経済に回し、これまで溜まりに溜まった国債へと使っていく、かつてないほど良い政策だと私は考えており、実行に移している所存です。現に、与野党では誰も反対者がおりません。従って、今日は試験的なものとして行いましたが、明日からを"政策の本番"とし、まずは"東京の街中にもネルトを配置"したいと思います』
月明りで照らされたユキの顔は、見た事無いほどに青ざめていた。
「ね、ねぇ⋯アレ⋯アレを⋯"東京の街中"に⋯置くって⋯」
総理が次の話をするまでの間に、彼女が小さく呟いた。
俺は「大丈夫⋯大丈夫だから」と、鼓舞してやるしか出来ない。
そして、最後に総理は、
『最後に一つ。想定を超え、ネルトたちより有能であると判断した場合、それに応じて"相応の金銭支援や生活支援等"を行う予定です。ではまた、次の会見でお会いできる方はお会いしましょう』
そう言うと、L.S.は元の形へと戻っていった。
するとシンヤが、
「なぁ」
と言い、ある一言を放った。
「もう選択肢ないんじゃね? これ」
「⋯どういうこと⋯?」
ユキが不安な顔でシンヤを見る。
「ぶっ壊すんだよ」
「⋯え?」
「俺らが全部ぶっ壊すんだよッ!! ネルトだの総理だの、もうそれしか方法はねぇだろ!!」
「でも⋯私たちなんかで⋯他を頼ったほうが」
俺はユキの手を強く握った。
「⋯ルイ?」
「⋯警察はもうあてにならない。他の人だって、自分たちを守る事で精一杯になる。待ってたって、いつかアイツらに食われて死ぬだけ。それだったら、シンヤの言う通り⋯壊すしかないのかもしれない」
「無理よ⋯こんなの⋯壊す壊すって、こんな"ゲームから出てきたよく分かんない武器"なんかで⋯最悪ネルトはやれても、"赤いの"とか"総理"とか、他にも何かいるかもしれないのよっ!?」
パニックに陥っているユキに俺は⋯
「死んだら⋯こうする事も⋯できないだろ」
握った手を上げる。
これはユキが電車で言った事。
きっと今のユキに、必要な言葉だ。
少しの間、ユキは俺の顔だけをずっと見続けていた。
知ってる、こういう時は頼られてる証拠だ。
「今日も熱いねぇ、ここは」
「う、うっせぇ。なぁユキ?」
「⋯ばーか」
「はぁ!? バカだけどよぉ!?」
いつものやり取り。
いつもの俺たちが帰ってきたんだ。
明日から、"誰がいつ死ぬか分からない日"が、来るかもしれない。
だとしても、俺たちに出来ない事なんて無い。
⋯超えてやる、総理を