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第13話 決意

『現在、東京全体の停電は私たち政府が強制的に行っております。故障や電力会社の通電失敗等ではございません』


 ⋯イヤな雰囲気が画面先から漂う


『本日2度目の会見となりますが、ここではこの度発表した"経済対策の詳細"についてお話したいと思います。もう気付かれた方々もいると思いますが、これは"ただの経済政策"ではありません』


 これ以上"この会見"を見るのを、どこか拒否しようとする自分がいた。

 次の言葉を聞くと、たぶんもう戻れない、今までの生活に。

 ⋯そんな気がした


『これは"あなた方自身に経済になってもらう新政策"となっております』


 2030年9月17日火曜日。

 きっと"この日"を忘れる事は無い。


 ― 予想をはるかに超えた速さで"ブラック・シンギュラリティ"が起きた事を


 "ブラック・シンギュラリティ"は、最近近くなってとされるシンギュラリティ、その暗い側面をそう呼ぶようになった。

 これが起きるとしても、"5%~10%の確率だろう"と予測されていたが、その確率を凌駕していた。


「私たち自身が⋯経済」


 ユキの握る力がより強まっていく。

 俺は黙って、手を握り返す事しかできなかった。

 シンヤは小さな声で「やっぱり終わってんなコイツ」と。


 数秒の間の後、総理は突然"ある場所のカメラ映像"を流し始めた。

 その中の1か所に、"見覚えがある場所"があった。


「おい、これ!!」


 真っ先にシンヤが叫ぶ。

 ここにいる3人が"ついさっきまでいた場所"だった。


『これは"赤い発令"が行われている施設内部の一部となります。先ほど私は"もう気付かれた方々もいる"と発言しましたが、"これら"の存在をその場で実際に見たり、ネット上で見た人もいることでしょう』


 総理がそう言うと、"今日何度も俺たちを襲ったアレ"がカメラ映像内でうろついていた。

 "赤いヤツ"も数か所で映り、そのうち1体は"陸田先輩の姿をしたアレ"だった。


「陸田⋯先輩⋯」


 言葉にならない怒りが上がってくるのを感じた。

 唇を強く噛み締める。

 その思いを踏みにじる様に、総理は次々と話していく。


『名前は"Next time Living the Things"、意味は"次を生きるモノたち"、私はそれらをネルト(NeLT)と呼んでいます。ネルトは"AI同士で創造された新たな存在"であり、人間の皆様自身を媒体として、これからの次世代を寿命やお金に縛られる事無く、代わりに生きてくれるのです』


 さっきからコイツ⋯何を言ってる?

 これは本当に現実?

 俺はまだ寝ているんじゃ⋯


 ネルトとか人間を媒体とか、意味が分からない。

 機械が突然。人を食い始めて、大事な人を殺して。

 その人に代わって生きる?


 ⋯ふざけるな


『そして自由になったお金を、私たちAI側で管理して経済に回し、これまで溜まりに溜まった国債へと使っていく、かつてないほど良い政策だと私は考えており、実行に移している所存です。現に、与野党では誰も反対者がおりません。従って、今日は試験的なものとして行いましたが、明日からを"政策の本番"とし、まずは"東京の街中にもネルトを配置"したいと思います』


 月明りで照らされたユキの顔は、見た事無いほどに青ざめていた。


「ね、ねぇ⋯アレ⋯アレを⋯"東京の街中"に⋯置くって⋯」


 総理が次の話をするまでの間に、彼女が小さく呟いた。

 俺は「大丈夫⋯大丈夫だから」と、鼓舞してやるしか出来ない。

 そして、最後に総理は、


『最後に一つ。想定を超え、ネルトたちより有能であると判断した場合、それに応じて"相応の金銭支援や生活支援等"を行う予定です。ではまた、次の会見でお会いできる方はお会いしましょう』


 そう言うと、L.S.は元の形へと戻っていった。

 するとシンヤが、


「なぁ」


 と言い、ある一言を放った。


「もう選択肢ないんじゃね? これ」

「⋯どういうこと⋯?」


 ユキが不安な顔でシンヤを見る。


「ぶっ壊すんだよ」

「⋯え?」

「俺らが全部ぶっ壊すんだよッ!! ネルトだの総理だの、もうそれしか方法はねぇだろ!!」

「でも⋯私たちなんかで⋯他を頼ったほうが」


 俺はユキの手を強く握った。


「⋯ルイ?」

「⋯警察はもうあてにならない。他の人だって、自分たちを守る事で精一杯になる。待ってたって、いつかアイツらに食われて死ぬだけ。それだったら、シンヤの言う通り⋯壊すしかないのかもしれない」

「無理よ⋯こんなの⋯壊す壊すって、こんな"ゲームから出てきたよく分かんない武器"なんかで⋯最悪ネルトはやれても、"赤いの"とか"総理"とか、他にも何かいるかもしれないのよっ!?」


 パニックに陥っているユキに俺は⋯


「死んだら⋯こうする事も⋯できないだろ」


 握った手を上げる。

 これはユキが電車で言った事。

 きっと今のユキに、必要な言葉だ。


 少しの間、ユキは俺の顔だけをずっと見続けていた。

 知ってる、こういう時は頼られてる証拠だ。


「今日も熱いねぇ、ここは」

「う、うっせぇ。なぁユキ?」

「⋯ばーか」

「はぁ!? バカだけどよぉ!?」


 いつものやり取り。

 いつもの俺たちが帰ってきたんだ。 


 明日から、"誰がいつ死ぬか分からない日"が、来るかもしれない。

 だとしても、俺たちに出来ない事なんて無い。


 ⋯超えてやる、総理を

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