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悲劇のレンタルDVD
松岡良佑
現実世界現代ドラマ
2024年08月27日
公開日
6,946文字
完結
とあるレンタル店で働く男と来店客の悲劇の物語――

誰もがこんな悲劇に見舞われず、笑顔で過ごせる世界になる事を願って記す――

読めば『必ず』人生の役に立つハズです――
時代は変わってもこの手の問題は常に溢れているのだから――


【前書き】
ネットレンタルが普及した今、レンタル店は減りつつある歴史の転換期の現在――

だが、我々は忘れてはならない――
それは数々の悲劇の上に成り立っている事を――

その悲劇の歴史を忘れぬ為に、後世の戒めとなる様に記す――
これは古の昔、とあるレンタル店で働く男と来店客の悲劇の物語――

誰もがこんな悲劇に見舞われず、笑顔で過ごせる世界になる事を願って記す――

悲劇のレンタルDVD

【プロローグ】


 俺の名は松岡良佑――

 いや、俺の名などどうでも良い――


 今日はかつて経験した悲劇――

 そして――

 悲し過ぎる結末――


 そんな思い出話を語ろうと思う。

 何故そんな事を語るのか?

 この悲劇の内容を教訓として、後世に同じ様な悲劇が起きない事を切に願っているからだ――


 若かりし学生の頃、俺はしがないレンタルDVD店のアルバイトをやっていた。

 勤務態度は良かった方だと思う。

 その忠勤ぶりから初代バイトチーフに抜擢され――いや俺の話はどうでも良い。


 話を戻そう。

 ある日、俺の働くレンタル店で大事件が起こったのだ。



【何年か前の某日】


「いらっしゃいませー!」


 俺はよく通る声、しかし、一部のラーメン屋がやる様な『威勢の良さ』を勘違いしたウルサイ声ではなく、不快に思わせず、かつ、来店客に無反応でも無いギリギリのラインを狙った声で接客する。


「最新作、一泊二日で400円になります。500円お預かりします。100円のお返しになります。ありがとうございましたー!」


 この日は話題の洋画のレンタル解禁日で、朝から引っ切り無しに客がその話題作を求め来店してきており、目の回る忙しさであった。


 そんな中、一組の母子が来店した。


「ママー! 今日は○○と××が見たいー!」


「そうね。マーちゃんはいっぱいお手伝いしてくれたから△△も良いわよ~」


「やったー!」


 ○○はパンの頭を持ち、黴菌ばいきんの化身と戦う戦士の物語で、日本人なら誰でも知っている幼児向けのアニメだ。

 ××は外国製のアニメで、猫と鼠の仁義なき戦いを描いた作品であるが、やや過激でシュールでコミカルな作風は子供から大人まで楽しめる作品だ。

 △△は惑星の名を冠した女戦士がセーラー服に似た戦闘服に変身して戦う話で、子供向けの作品で特に女児向け作品であるが、ごく一部の大人にも絶大な支持を集める人気のアニメだ。


 この母子は女児のお手伝いのご褒美に、上記のアニメを借りに来たらしい。

 そんな母子の微笑ましいやりとりに、俺は心が洗われる気持ちになった。

 何故なら大人気洋画の問い合わせや、タイミング悪く品切れになって借りる事の出来なかった客からの理不尽な苦情に疲れ果てており、心が荒んでいたからだ。


(あの洋画だったら品切れかも知れないけど、アニメなら大丈夫だろうな)


 俺はその母子を目で追った。

 その容姿と佇まいから30前後と思しき母親と、4~5歳の幼子の二人であった。


「……」


 俺は何となく、その親子が記憶に留まった。

 誤解の無い様に書くが、別に母親が好みのタイプでも無いし、女児に興味を持つ変態でも無い。


 ただ、何故か意識の端に引っ掛かった。


 普段なら微笑ましいやり取りが心地よかったとしても、ずっと反芻する程に執着心がある訳でも無い。


 しかし、この日は何故か記憶に引っ掛かり続けた。


 今思えば――

 悲劇の予感を察知していたのだと思う――


 そうこうしている内に、あの母子が目的のDVDを持って俺が担当するレジに並んだ。

 俺はソレに気が付き、何故かザワ付く心に違和感を覚えつつ、マニュアル通りの挨拶を述べる。


「いらっしゃいませー」


 ぶっきら棒ではなく、しかし機械的に媚びた声でも無い、絶妙な挨拶が出来たと思う。


「ほらまーちゃん、お兄さんにDVD渡して? 貸して下さいって言いなさい?」


「おにーさん! 3コかしてくださいー!」


 母親が促し、女児が背伸びしても覗き込む事が出来ないカウンター越しに、腕を精一杯伸ばし俺にDVDを手渡した。

 単位が違うが、それも微笑ましい光景だ。


「はーい、ありがとねー」


 普段使わない、子供に対する声が上手く発せたかどうかは解らない。

 ひょっとしたら、妙な気持ち悪さが出てしまったかも知れない。

 自分で自分の声がウケてしまい、苦笑しつつ母親に聞いた。


「会員証をお持ちですか?」


「あっ、ごめんなさい、えーと、コレだったかしら?」


「はい、コレですね」


 俺は会員証を受け取ると、印刷されているバーコードを読み取り機にかざす。


 すると機械が反応し『ピッ』と音がした。


「旧作ですので――『ピピー』」


 俺の言葉を遮る様にエラー音が鳴る。

 俺は料金とレンタル期間の説明をしようとしたのだが、止む無く説明を中止しモニターを見た。

 勿論、エラーに関する情報を確認する為だ。


 ここで鳴るエラー音は、大別すれば2つしか無い。

 一つは会員証の期限切れ。

 一年に一度更新手続きが必要になるので、それを知らせる警告音の場合だ。


 そして――


(ッ!!)


◆延滞している商品がある為、貸し出しが出来ません◆

・商品1:女子校生ナンパ (卑猥過ぎて、これ以上の記載は不可能)

・商品2:女子校生小悪魔 (下品過ぎて、これ以上の商品名は出せない)

・商品3:女子校生が通学 (18歳未満の方の為に、配慮の必要がある商品名)

◆以上3商品、2日延滞◆


 延滞している場合だ――


 俺は画面を見て母子を見て会員証を見た。


≪有田村 花美子 (仮名)≫


 モニターにも同じ名前と年齢があり『29歳 女』と表示がある。

 この会員証は本人の物で間違い無いだろう。


 当然だが、こんなDVDを借りる様な女性にも見えない。(一応、本当に極めて稀ではあるが、借りる女性もゼロでは無い)


 俺は察した。


 これは――

 旦那が借りて延滞したDVDだと――


「?」


 母親が、挙動不審で苦渋な表情を浮かべる俺に疑問を持つ。

 ただ、顔はにこやかだ。

 これから家に帰って、娘とのDVD視聴を楽しみにしているのだろう。


「ママー、△△(正確には地球の衛星の名を冠した女戦士の名前)楽しみだねー!」


 女児は楽しみを抑え切れないのか、弾んだ声で母親にしがみ付きながら話し掛ける。


「……ッ!!」



 俺は――


 これから――


 この母子に対し、死刑宣告に等しい言葉を発しなければならない――



 この無垢な女児には何も罪は無い。

 母親にも罪は無い。

 恐らくは、旦那が借りて延滞した商品なのだから。


 会員証の貸し借りは、一応本来禁止である。

 ただ、推奨こそしていないが、家族間の場合は大目に見ている。


 しかし、このシステムの甘さが今、最悪最大級最大限の牙を剥いて、俺と客に襲い掛かってきた――


 俺は意を決し、一縷の望みを賭けて尋ねた。


「えー……ご、ご自宅に、未返却の商品は有りませんか?」


「……え?」


 母親は、俺の言っている言葉の意味が解らないと、一目で理解出来る表情をしていた。

 恐らく『鳩が豆鉄砲をくらう』とは、まさにこんな表情なのだろう。


「そ、その未返却の商品が延滞しておりまして、新たに貸し出す事が出来ません……」


「え? 家にはそんな借りっぱなしの物なんて無いですよ? 何かの間違いじゃ無いですか?」


 一縷の望みは断たれた――


(いや、まだ可能性はある!)


 それは、我々の返却処理のミスの場合だ。


 客からDVDを受け取った時に返却処理をするのだが、稀にその作業を忘れてしまい、処理をせずに売り場に商品を戻してしまう場合がある。

 そうすると、システム上は客が借りっぱなしの状態になってしまい、期限を過ぎれば延滞しているかの様に判断されてしまう。

 無論、その場合には延滞料金を請求する事は無いし、ミスはミスとして謝罪する。


 その可能性があるので、俺は母子に一言告げた。


「申し訳ありません、確認をしますので少々お待ち下さい」


 俺は、母子にアダルトコーナーに行った事を悟られない様に店内を素早く移動し、延滞と表示されたDVDのパッケージの元へ向かった。

 もし、そのパッケージに商品が入っているなら、我々のミスであり問題解決なのだから。


 果たしてしかし、無情にもパッケージには商品は入っていなかった。

 3商品ともである。


 一縷の望みが断たれた――


(いや、まだ可能性はある!)


 その可能性とは、キチンと返却を受けたが、まだ返却処理をしておらず、一時保管場所に置いてある場合だ。

 つまり、この母子が来店する前に父親が来店し、返却を行い、カウンター内に商品があるかも知れないのだ。


 今日は話題作のレンタル開始日で凄く忙しい。

 とりあえず返却と延滞料金を受け取って、返却未処理の可能性があるのだ。


 俺は山積みになった返却DVDを一枚一枚チェックしていった。


 しかし――


 2回念入りに確認をしたが、目的のDVDは見つからなかった。

 商品棚にもカウンター内にも、目的の商品は無かった。


 一縷の望みが断たれた――


(いや、まだ可能性はある!)


 限りなく低い可能性ではあるが、うっかり返却処理を忘れ、商品棚に戻してしまい、更にその商品を別の客が取り出して、今、店内を物色中である可能性がある。


 どんな偶然が起きたら、そんな奇跡が起きるのかは分からない。

 しかもその延滞作品は旧作品で、現在は人気のある作品では無い。

 それを3本が3本とも、別の客が持っている可能性はあるのだろうか?


(絶対に無いとは言えない! あるかも知れない! と言うかあってくれ!)


 俺は店内にいる客を片っ端から『申し訳有りません』と謝罪しつつ、今所持しているDVDを確認して回った。

 突然、特に男性客の、己の性癖を心の準備無しに暴かれる屈辱は察するに余りあるが、俺はあの母子にDVDを無事持ち帰って貰いたい一身で、必死に確認して回った。


 この頃には手空きのバイト総動員である。


 しかし、目的のDVDはどこにも無かった。


 全ての可能性が――

 今度こそ一縷の望みが断たれた――


 俺は深く深呼吸をし、意を決して母子に言った。


「……申し訳ありません、やはりご自宅に返却し忘れた物がある筈なのですが……」


「そんなハズはありません!!」


 散々待たされた母親は苛立ちを隠さなかった。

 女児は母親の足にしがみ付き、心配そうに様子を伺っている。


 それも仕方ないと思う。

 もうかれこれ、最初に受付した時から10分以上は経過している。

 更に今日は話題作のレンタル開始日で店内はかなりの賑わいを見せており、レジも当然ながら大忙しだ。


 10分近く母子がレジを一つ占有している状況は、他の客にとっても『何事だ?』と好奇の視線を集めており、また母子もその不穏な空気を察しており苛立つのも無理は無い。

 自分が同じ立場になったら当然苛立つだろう。


 誰だって悪目立ちなどしたくないのだから――


「えーと、た、例えばに会員証を貸していて、が延滞している可能性は……有りませんか?」


 可能性も何も限りなく真実だと俺は思うが、少し――ほんの少しだけ『御主人』に含みを持たせて尋ねた。

 何とか察して欲しい一心で――


「主人が? ……そんなはずありません! 主人が借りる時は私に一声掛けますから!」


「ッ! そ、そうですか……」


 恐らく旦那は、後ろめたい作品では無い、普通の作品を借りたい時は妻に一言断っているのだろう。

 何故なら会員証は妻の名前で登録されており、恐らく妻の財布かバッグにいつも保管してあるのだろうから、借りたい時には一言断っているのだ。

 それ故に妻も現在、家にある貸し出し品の有無は把握出来ているので、自信を持って断言出来るのだ。


 今、我が家にはレンタル品は存在しないと――


 俺はPCを操作し、貸し出し履歴を検索した。


 そこには母子が借りるはずの無い――

 絶対にココに文章として表現してはいけない――

 この全年齢対象小説の限界に挑むかの様な下品なタイトルが、画面いっぱいに多数表示されていた――


 俺はよろめき眩暈を覚えると共に確信した。

 旦那は無断で借りている可能性が極めて高い。


 ついでに――

 履歴から察するに女子校生が大好なのだ――


「と言うかですね! その延滞しているDVDって何ですか!?」


「ッ!?」


 俺は進退窮まった事を察した――


「た、タイトル……ですか?」


 俺に言えと言うのか?

 女児の目の前で?

 隣のレジでは長蛇の列を作っている状況で?

 そんな馬鹿な!?


「えー……タイトルはその……ま、間違いなく御主人が借りているハズなのですが……」


 俺は裏返りそうになる声を必死にコントロールしながら言った。

 仮に悪意のある人が会員証を拾って利用したなら、延滞している場合も理解出来る。

 しかし今、会員証は母子の手にある。

 だからその可能性は無いのだ。

 しかも履歴を見る限り、かなり前から旦那は妻に無断で会員証を拝借している。


 俺は困り果て目を泳がし、頼りになるバイト仲間に目線で助けを求めた。


 だが仲間は非情にも目を背ける――

 こ、こいつら後で殺してやるッ!!


 一方、隣のレジで並んでいる客の中には、明らかに察した顔をしている客がいる。

 その客は無言で、しかし目で明確に語っていた。


(早くタイトルを言っちまえよ)


 俺は『目は口程に物を言う』を、これ程分かりやすく感じた事は無いと断言出来る程、その客と意志疎通が出来た。


 なのに何でこの母親とは、ソレが出来ないのか――

 半ば混乱した頭脳で打開策を考えていると、我慢の限界が来た母親がとうとう怒鳴った。


「だ か ら! そのDVDを教えて下さい!」


 怒鳴ると同時に平手でカウンターを叩く。

 女児は泣きそうだ。

 俺も泣きたくなる思いで、観念して絞り出す様に、呻く様に作品名を言う。


「た、タイトルはじょ……女子こ……う……せ……」


 しかし声は掠れ尻すぼみに小さくなる。

 最近のライトノベル並に長ったらしいタイトルである。


 クソがッ!

 何だ!?

 このフザけたタイトルは!

 読み上げる人間の気持ちを考えろ!

 命名者は親しい人の前で言えるのか!?


 人には恥じらいを感じる心があるのだ!!


 男性読者なら理解出来ると思うが、アダルトDVDのタイトルを声に出す機会なんて、余程深い位置に居る関係者ならともかく、大抵の人は多分一生に一度有れば良い方だと思う。

 レンタルDVD店で働いている俺でさえ、言う必要になる場面に(今を除いて)遭遇した事は無い。


 そもそも借りる人の立場で考えたとしても、別に口に出して復唱して記憶に刻む必要も無ければ、タイトルを覚えている必要すら無い。


 重要なのはパッケージの写真なのだから――


 意味が解らない女性読者は、身近な男性に尋ねてみると良いだろう。

きっとその男性は『確かに』と言うハズだ。


「何ですって!?」


 そんな中、母親が聞こえにくい俺の対応に声を荒げる――「タイトルはですね」


 不意に声がした!?


「タイトルは――

・女子校生ナンパ (ネオページは(多分)R-18小説サイトじゃ無いのでこれ以上表現が出来ない)

・女子校生小悪魔 (TVなら『ピー音』や『バキューン音』のオンパレードになる商品名)

・女子校生が通学 (●●が■■していたので▲▲したら※※が★★したので、そのまま◎◎したら☆☆した。的な商品名)――以上3本、2日延滞しています」


 後方にいたバイトの女の子が、可愛い顔して鶯の様な美しい声でタイトルを読み上げた!


 俺は驚き振り向いた!

 この事態をどう収拾しようかと狼狽していた他のバイトも、並んでいたレジの客も一斉に声の出所の主に視線を向けた!


「こちらが該当タイトルのパッケージです。ご自宅にある筈ですので確認して頂けませんか? 特に御主人に」


 名刀の一閃の如き切れ味ある対応で、バイトの女の子はパッケージをカウンターに並べた。

 幸いにも女児には見えない位置であったが、それ以外の衆目は集めに集めた。


「グッ!?」


「ブフォッ!」


 また、この場にいる全員が、歯を食いしばり腹筋に力を入れた。

 タイトル名も大概酷いが、パッケージの写真も相当にドギツイ、センセーショナルで下品極まりない商品であった。


「ッ!!」


 母親はこれ以上無い位に目を見開いた。



 店に――


 一陣の風が吹き抜けた――


 そんな気がした――



 かくして母親は無言で店を後にした。

 女児は目的のDVDを借りられず『なんで!?』と永遠に答えの来ない抗議をするしかなかった。


 俺の渾身の配慮が無駄になったのか、或いは配慮が裏目にでたのかは解らない。


 今思えば、せめてタイトル名は言わずに『アダルトな作品でして……』と手短に言うか、こっそりとPCのモニターを見せれば良かったかも知れない。


 だが、今日の忙しさと、初めて経験するタイプのトラブルに、俺のバイト経験は全く役に立たなかった。


 今回のこの事件、一体誰が悪いのだろうか?

 会員証の貸し借りをした夫婦?

 緩い店のシステム?

 対応を誤った俺?

 察しの悪い母親?

 延滞をした旦那?

 タイトルを読み上げた女の子?


 或いは、男の本能が悪いのか――


 俺には正しい判断が出来なかった。

 ただ、何か一つでも違えば結果は変わったのだろうか?


 そう思えてならなかった―― 



 俺は1年後バイトを辞めた。

 次のバイトチーフには、あの鶯の声を持つ女の子を推薦しておいた。


 あの事件以来、母子には会わなかった。

 シフトの都合ですれ違ったのか、母子が店に来るのを躊躇ったのかは不明だ。


 だが、俺はあの母子には感謝しなければならない。


 例え家族でも、会員証の貸し借りは駄目だと学べたのだから。


 読者の皆様で家族に会員証を貸している人は、特に男性の方は、普段借りているなら面倒臭がらずに、自分の会員証を作る事をオススメする。


 あの母子の悲劇を繰り返さない為にも――




【エピローグ】


「はい返却大丈夫です。ありがとうございましたー。次の方どうぞー」


「……」


「……? あっ……」


 何故か目尻を負傷した男性客が、幽鬼の如き表情で、2日延滞しているDVDを3本持って来店した。


「さ、3本2日延滞で1800円になります……」


「……」


「2000円お預かりします……。200円のお返しになります……」


「……」


 男は寂しそうに去って行った――

 俺は男の背中を目で追った――


 哀愁を誘い過ぎて思わず目を背けそうになったが、それでも俺は男が見えなくなるまで――


 その姿を目に焼き付けた――

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