旅行の計画を立てた段階では、もう少し高級そうなレストランでの食事も視野に入れていた。しかし食べ盛りの高校生の二人旅ということもあり、質より量を取った結果がファミリーレストランだ。
「あー食った食った!」
「美味しかったね。もうなにも入らないや」
燿と蒼波は駅まで戻りコインロッカーに立ち寄って荷物を取り出し、これまたリーズナブルだからという理由で選んだビジネスホテルへと向かった。料金の面を考えてツインルームを選択したのも燿である。しかしツインルームに宿泊することがなにを意味するのか、燿がどこまで意識的に行っているのか、蒼波には解りかねた。同じ部屋に泊まったりすれば、蒼波はそれだけであおられてしまう。
そこまで考えて、昼間海にいたときに脳裏によぎったことを思い出してしまい、蒼波はまた淋しい気持ちになった。
チェックインの手続きをしている燿の後ろ姿を見つめながら、どうして蒼波が触れることをそんなにいやがるのかと考える。蒼波と燿の関係は、ほとんど蒼波の勢いに任せて始まったようなものだ。実は燿の方はそんなに気持ちがよくないのかもしれない。本来受け入れるべきではないところに受け入れさせているのだし。
蒼波はどうにかしてこの問題をはっきりさせたいと思った。話し合いをすることはもちろんだが、燿は素直に自分の思っていることを打ち明けてくれないところがある。蒼波との関係においてはことさらそれが目立つように感じられた。長い間幼馴染みという枠に収まっており、蒼波の面倒を見るばかりだった燿は、蒼波には滅多に弱ったところを見せない。
「どうしたらいいんだろう」
「なにを?」
「わ! なんでもないよ。独り言」
いつの間にか目の前に来ていた燿に声をかけられて、蒼波は声を上ずらせた。燿はいぶかしげに蒼波を見上げてきたが、バックパックを背負い直すとルームキーをひらひらさせながらエレベーターの方へ歩いていく。
「行くぞ」
「うん」
二人はコンビニエンスストアで飲み物や夜食を買い込んできていたので、部屋に着くとまず冷蔵庫にそれらを入れた。それからバスルームを覗いてみたり、窓の外を眺めたり、アメニティをチェックしたりとひと通り部屋を堪能する。
「安いわりにきれいな部屋だね」
「だな。いろいろそろってるし」
「燿ちゃん、先にお風呂入ってきていいよ」
蒼波は窓際のベッドに陣取って荷物を広げ始めた燿に声をかけた。燿は寝間着を持ってきていないのか、部屋に備え付けられているナイトウエアを片手にバスルームへと消えていく。
「……燿ちゃん、無防備すぎ」
このホテルのナイトウエアは男女兼用のワンピースタイプだ。つまり一般的なパジャマとは異なりズボンがついていない。蒼波は頭を抱える思いだった。それでもそもそも蒼波はその気ではいるため、自分のベッドの枕の下にローションとコンドームを忍ばせてしまう。
いやがられているのは解っていても、こんなシチュエーションでは我慢などできない。ただ、今夜はちゃんとなにがそんなにいやなのかを燿に訊こうとは思っていた。
しばらくするとシャワーを浴び終えた燿が戻ってくる。濡れた黒髪をタオルで拭きながら蒼波にも入るようにとバスルームを指差した。
「泳いでなくても潮風のせいでベタベタだったぜ」
「ずっと海にいたから仕方ないよね」
ワンピースタイプのナイトウエアを着た燿はとてもかわいらしい。蒼波は身長の関係で恐らくサイズが合わないだろうと思ってスウェットを持ってきていたので、それを持ってバスルームに向かった。
今日は念願の海に来られただけでなく、燿と一緒に一泊することができて蒼波は満足している。目的の色のシーグラスは見つからなかったけれど、その代わり燿からきれいな石をプレゼントしてもらえた。あとは蒼波の疑問が解消さえすれば言うことはない。
髪と体を洗って、少しの間気持ちを落ち着かせようとシャワーに打たれる。
「よし。ちゃんと燿ちゃんに訊こう」
両の頬をぱしんと叩き気合を入れて、蒼波はバスルームから燿のいる部屋へ行った。
そこにはベッドにうつ伏せて足をぱたぱたとさせながらテレビを見ている燿がいる。ナイトウエアの裾が膝の上までめくれていて、蒼波はたまらずうなった。
「おー、遅かったな」
「燿ちゃん、わざと?」
「なにが?」
「こういうの、わざとしてるんでしょ?」
燿のそばまで行った蒼波はベッドに腰かけると、むき出しになっている燿のふくらはぎをなでる。とたんに「うひゃあ」と色気のない声を上げて、燿が逃げようとした。蒼波はとっさに燿の足首をつかんで阻止する。
「は、放せ」
「いや? 燿ちゃんがいやならしない」
「……蒼波?」
うつ伏せたまま顔をこちらに向けている燿の体勢がつらそうに思えたので、蒼波は一度燿の足を放した。くるりと寝返りを打って仰向けになった燿が、怪訝な表情を浮かべて蒼波の様子をうかがってくる。
「今のはびっくりしただけだぞ?」
「でも燿ちゃん、俺が触るのいやがるし」
「それは」
「えっちのときだって『いや』とか『だめ』ばっかりで、俺……」
もう少し順序立てて話すつもりだったのに、結局蒼波は思いつくままを言葉にしてしまった。燿が大きくため息を吐き出して起き上がる。それすら蒼波は怖かった。
「あのなあ、蒼波」
「うん?」
燿の手が伸びてきて、蒼波のまだ湿った色の濃い茶色の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
「幼馴染みとそんな簡単に、さらっとエロいことできるわけねーだろ!?」
「え? それでなんでいやがるの?」
蒼波の言葉を聞いた燿ががっくりとうなだれた。
「燿ちゃん?」
「前も言ったけど! 恥ずかしいんだよ!」
「それだと『いや』とか『だめ』になるの?」
「あーもう! それは気持ちよすぎるから……って、なに言わせんだ!」
白状した燿の姿を見て、蒼波は安堵のあまり脱力してしまう。体中の力が抜けたついでに涙腺も緩んでしまったようだ。視界がぼやけていくのを止められなかった。
「え、ちょっ、なに泣いてんだよ」
「だって、燿ちゃん本当にいやなのかと思ってたから」
「本当にいやだったら最後までするか、バカ」
「よかった」
慌てふためいてなだめようとしてくる燿を、ぎゅっと抱きしめる。燿が伸び上がるようにして蒼波の頭をなでてくれるのが心地よかった。
「今日は今までで一番気持ちよくするね」
「は? お前、まさか」
泣きながら笑う蒼波を見た燿が距離を取ろうとじたばたともがき始める。そんな燿をしっかりと抱いたまま、蒼波はベッドへ転がった。やがて燿は諦めたように、照れ隠しをするかのように、蒼波の背中に手を回してくる。
二人が恋人同士になってから初めての旅行は、例にもれず甘いものとなった。