第四部☆異なる時空で 第四章☆無かったことになる
「私・・・」
ミリーは気づくとダガーを両手で握りしめて立っていた。
「気がそれましたな」
白い顎髭をたくわえた将軍が言った。
「アップティン!」
懐かしい名前を呼んだ。
火星の王宮に連れてこられて間もない頃、剣術の指南をしてくれた男だった。
「今日の稽古はこのくらいにして、明日に備えてお休みください」
きびすを返して行ってしまおうとする彼を、ミリーは懸命に追いかけた。
「待って!」
「?」
近づいてみると、ミリーの身長はアップティンの半分に満たなかった。
「これは・・・過去?」
自分の手足を見ても幼さが残り、そんなひ弱なミリーを、アップティンは軽々と抱えあげて肩車した。
「アップティン!アップティン!」
彼の頭にしがみつき、泣きじゃくる。
「おやおやどうされました?そんなに稽古がきつかったですか?」
「違う。違う」
どう説明すれば良いのだろう?ミリー自身今の状況がのみ込めない。
「アップティン、お願い約束して」
「何をですか?」
「死なないで」
すると、アップティンは朗らかに笑った。
「誰でもいつかは死ぬのですぞ?」
「それでも、約束して!死なないって」
「今日は本当にどうかされたのですか?」
「私、タイムスリップしてここに来たのよ!」
「そいつは面白い」
アップティンはミリーが話す未来の出来事を夜通し聞いてくれた。
「あの一瞬気がそれた時にそれだけのことを体験して来られたのか。不思議なこともありますな」
「私、リラシナっていう人と革命を起こすの」
「十三月革命?」
「そう」
「しかし・・・、今あなたがここで私に話をしていること事態運命を多少変えてしまうことになりはしないですか」
「えっ!」
ミリーはぞっとして身震いした。
「タイムスリップにはタイムパラドックスがつきものです。時空の枝分かれしている岐路から無限に未来がのびていて、そのどれ一つとして同じものはありえない」
「じゃあ、リラシナとも会えないかもしれないし、革命自体起こらない未来もありうるの?」
「いかにも」
「私は・・・」
ふっと意識が遠のくのがわかった。アップティンがしとねに幼いミリーを寝かしつける。
私は、どこに向かっているの?
誰ともなく疑問を投げ掛けると、精神体の男がミリーの横にいるのがわかった。
「もとの時空に戻っても、君は消滅するしかない。ここか、ほかの時空線に紛れて生きるかい?」
「それは・・・」
ミリーにはどうして良いかわからなかった。