第三部☆メッシーナ渓谷での死闘 第二章☆ケイ酸塩と氷の土壌
「ロカノン、あなたはどこの出身ですか?」
「平和の使者」の一人が尋ねた。
ロカワ氏は「ロカノン」と名乗り、宇宙服のヘルメット越しにしか見えない顔の輪郭を誤魔化す装置を作動させたまま、メッシーナ渓谷を目指すバギーに同乗していた。
「土星のタイタンです」
しれっと言ってのけたロカノンに、サーファイヤーが疑問をぶつけた。
「土星の第六衛星タイタンと天王星の第三衛星タイタニアの名前が似ているのは、何か理由があるの?」
「タイタニアはチタニアとか呼び方がいくつかあって、元は地球から発見されたときに命名した人が、シェイクスピアの作品の登場人物の名前を天王星の衛星につけたからなんだ」
「Titaniaの読み方の違い?」
「そういうこと」
「シェイクスピアは難しくてあんまり知らないの」
「興味が出たら本を読んだり観劇したりデータ収集してみるといいよ」
「ええ。・・・これから行く所にエメラルドがあるって話だけど、断然『オズの魔法使い』を彷彿とさせるわ」
「エメラルドの都と黄色いレンガの道か?」
ロカノンは楽しげに笑った。幼い頃読んだ記憶があったからだ。
「エメラルドを食べる怪獣もでるわよ」
「それは知らないなぁ」
「続編が一杯出てたからどれに出てきたのか忘れちゃった」
「おいおい」
「タイタニアはケイ酸塩の岩石が豊富ですから、水晶やかんらん石の結晶とかガーネットの谷とかもありますよ」
「平和の使者」が言った。
「ガーネットの谷!ムーミントロールのシリーズでスニフがガーネットを取ろうとしたらガーネット色の目の怪獣がいて、結局一個も取らずに逃げたんだったわ」
「宝石の谷には怪獣がつきものか?」
ロカノンはそれとなくサーファイヤーに欲に目が眩むと危険だと示唆したつもりだったが、サーファイヤーは宝石の類いは見て楽しむだけにしておこうと思っていたので危惧でしかなかった。
氷で地表が覆われていた。気温がかなり低温なだけではなく、大気は希薄で宇宙服がなければ生存できない。
メッシーナ渓谷は広大な渓谷で、地球のグランドキャニオンよりも大きかった。
案内無しでは入れないし、また案内無しでは帰って来れない。
「サーファイヤー。こんな所に置き去りにされたらどうする?」
ロカノンが聞くと、皆、一瞬押し黙った。
「まさか、そんなことするわけないじゃないですか」
「平和の使者」の乾いた笑い声で皆の緊張はとけた。
「さあ、行きましょう」
バギーは谷の最初の傾斜を降り始めた。衝撃を吸収する装置が作動していたが、かなり揺れた。
酔うか?とも思われたが、皆興奮していてそれどころでは無かった。
前に気をとられている一行のだいぶ後から、別のバギーが追跡してきていたが誰もそれに気づかなかった。