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孤高のリヴァイアサン
ヘロドトスの爪の垢
現代ファンタジー異能バトル
2024年08月27日
公開日
21,698文字
連載中
謀略に弄ばれた少女の描く現代×歴史 異色の異能ファンタジーここに見参!

「未練なく死ぬ者などいない」

それは、歴史に名を残した者たちも同じである。
しかし、人類に大きな影響を残した彼らに、「やり直し」のチャンスが与えられたら?
きっと彼らはその力の限りを尽くしてそれを勝ち取りにいくだろう。

それが現実となる2020年の極東の島国、日本。
そこでは人々の水面下で「ゲーム」と呼ばれる争いが、復活した偉大なる人々の間で繰り広げられていた――。

何事にも興味を持てない女子高生、大和めぐみ。
好奇心や新たな挑戦、更に他人との関わりに対する意欲が薄く、ただこのままでは退屈な人生を送るはずだった彼女。
しかし、そんな彼女の人生は同級生の「本田類」との接触で、争いと、血と、謀略に塗れたものに変わっていく――。

「――世界って、こんなにおもしろいのか!」
自らが閉ざした世界から解き放たれた少女は、何を見て、何を学ぶのか。

読書と歴史が好きなだけの著者が描いた作品ですが、ぜひ見ていってください。

第1話 満足してるから

 あるチェーン店のカフェの端くれ、窓際のカウンター席に、男女が2人。


 男の方は髪にすこし立体感のあるマッシュヘアーのイケメンで、ブレザーの学生服をすこし着崩している。

 もう片方の女……もとい私はブラックブルーでセンターパートのロングヘア、唇には友達に言われて買った薄ピンクのリップを塗ってる。

 制服はきちんと着用しており、少しの乱れも無いと思う。顔だちは良い方らしいけど、自分ではそこまで自信がない。


 端から見れば放課後デートの一場面に見えるかもしれないけど、私達の間には剣呑な雰囲気が漂っている。

 しかも、その2人の間柄は付き合っているものの微妙な関係ときたもんだ。

 そんな2人が何を話しているかなんて……別れ話しか無いよね。


 ドラマや漫画では定番のシーンとしてあるけど、その当人になってみた感想なんて、1つしかないに決まってる。

 うん、今すぐ逃げ出したい!


「あのさ、めぐみって本当に俺のこと好きなの?」

「えっ」


 ちょ、ちょっと待った!

 まさかそんなにいきなり斬り込んでくるなんて思ってなかったし、びっくりしてお冷こぼしちゃったし。

 っとふきんはどこだ……って、もう神谷くんの手が伸びてる。


「あ、ありがとう」

「……いいよ、別にこんぐらい」


 いつもならもっとお客の数が多いはずだけど、今日はその数が少ない。

 その理由が雨だからだと願いたいけど、今私達と神谷くんとの間に漂っている気まずい雰囲気が原因なのだとしたら申し訳ない。


「で、どうなん?」

「わ、私は神谷くんのことちゃんと好きだよ」


 思ってもないことを言っちゃった。

 自分の目線があらぬ方向へ泳いでるのが自分でもわかる。


「……そう」


 素っ気ない態度でそう返された。


「大変お待たせ致しました、ストロベリーフラペチーノとモンブランモカになりまーす!ごゆっくりどうぞ!」

 店員さんはこの雰囲気に似つかわしくないにこやかな笑顔と、クリーミーでなめらかな舌触りが今この瞬間にも思い起こされてくる二杯の飲み物だけが取り残された。


「えっ、これ頼んでないよ?」

「俺の奢りだ」

「そ、そっか。ありがとう」


 にしてもこれ、私が好きなやつだ。小さい頃から飲んでたんだよなー、これ。


「もう1つ質問いいか?」


 私が喜々としてストローを咥えたけど、神谷くんはストローすら挿さずに体ごとこちらを向いてた。

 私もストローから口を外し、神谷くんの方へ首を向けた。


「俺、今いくつか知ってるか?」

「えっ」


 えっと、私達は高校2年生で、今は4月だから、よっぽど……。


「16……だよね?」

「チッ……なんで自信無さそうなんだよ。間違ってるし」

「えっ!?」


 誕生日、いつ過ぎてしまったんだろう。

 ていうか誕生日の存在すら失念してた。


「誕生日を忘れてたことより、俺のことをその程度ぐらいにしか思ってくれてないっていう方ががっかりしたよね」


 神谷くんは私の方へ体を向けると、頬杖をつきながら不貞腐れた顔でそう言った。


「ご、ごめんね……今度から気をつけるから……」

「って言うけどさ、いつまで経っても直んねえじゃん」

「い、いやけど」

「俺の下の名前何回間違えたか分かんないし、キスする雰囲気になった時も俺のこと突き飛ばすしさ。もううんざりだよ」


 何も言い返せない。私達の間には、ただただ気まずいムードが漂う。

 私が当事者じゃないなら今すぐにここから逃げ出したい気分だけど、私がその当事者なのだからそうはいかないな……。


「まあさ、俺も悪かったよ。いきなりキスしようとしたところもあったからさ。けど、あの断り方は無いじゃんか」

「……ごめんね」

「ごめんじゃなくてさ」


 神谷くんは何か言葉を続けようとしたけど、詰まらせた挙げ句大きなため息をついてしまった。

 またしばらくの間沈黙が流れる。

 私が何か言葉を発さなければならないのは分かっていたけど、不思議とその言葉が喉から出てこない。


「もういいわ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 神谷くんが体の向きを変えて立ち上がろうとしているのを、と、止めちゃった。

 私には止める理由がないハズだけど、なんとなく止めなきゃって思った。


「嘘吐くなよ、お前が俺に大して興味無いのは分かってんだよ」

「け、けどさ!」

「お前が周りの女子に言われて付き合ってんのは前々から分かってんの。けど俺はお前のことが本気で好きで、お前に俺のこと好きになってもらえるようにお前の誕生日とか好きなものとか憶えて、デートで頑張ってエスコートしてって努力してんのにさ。俺のことを飾りみたいに思いやがって」


 それは誤解だ。

 さすがの私もそこまでは思ってないよ。

 周りの友達に言われて付き合ってたのは確かだけど、そんな飾りみたいに扱った憶えはない!


「俺さ、もう他に好きなやついてさ。だからもう別れたいんだわ」


 ……ああ、やっぱりそうなっちゃうんだ。

 もうどうにもならないっていう空気感は、さすがの私でも分かる。

 彼へ向けていた目線が、自然と降りた。


「……そっか、頑張ってね」

「……チッ!」


 神谷くんは、椅子を後ろへ倒しながら立ち上がった。

 椅子がガタンと大きな音を立てながら倒れる。


「二度とそのツラ見せるな!」


 席から立ち去る彼の後ろ姿を、倒れた椅子を立てながらただ見つめてた。

 神谷くんは店の外へ出るなり、「言ってやったぜ!」と言わんばかりに大きく口を開けながら伸びをしてた。

 私も肩の荷が降りた気がしたけど、それと同時に言いようのない不快感が心の中にどよめく。


 元々そこまで興味が無かったけれど、周りに言われたから付き合った。

 もしかしたら、私でも他人に興味を持てるかもしれない。

 けれど、現実はそうならずに結局こうやって私が原因で別れることになっちゃった。


 何か有意義なことを考えるでもなくぼーっと頬杖を突きながら虚空を見つめる。


 彼が最後に買ってくれた飲み物が、ただ甘ったるくてぬるい液体になるほどまでに。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「まあまあ大和ちゃん、元気出しなって!」

「そう!男なんて星の数ほどいるんだからー」


 翌日の昼下がり、私はクラスの人から学校で昨日のことをあれこれ聞かれたり、慰められたりしてた。

 けどもう終わったことだし、何人もの人が何回も話を聞きに来るから正直うざったい。

 多分誰かが噂を流したんだろうけど、当事者からしてみれば迷惑極まりない。


 けれどここで追い払ってしまっては3年前の二の舞いになっちゃうから、思っても行動には出さないようにしなきゃね。


「ありがとう」


 そう安っぽい返事をすると、「また新しい男探せばいいのよ」だとか「気にすることないよ」などと無責任な事を言われた

 第一、私はもう彼氏を作るだなんてごめんだね。

 私がこんなだから付き合ったところですぐ別れちゃうのが目に見えてるし、何より新しい人と関わるのは疲れるし楽しくないんだよね。

 私は古い友だちとだけ付き合ってればいいの。


 とりあえず、今は「そうするね、篠木さん、横井さん」とだけ言って、話を聞きに来た2人へ表面上だけでも感謝を示しておかなきゃね。


「えっ!?篠木ちゃんさっき購買行ったはずなんだけどもう戻って……?」

「篠木ちゃん、まだ帰ってきてないよ?」


 あっやば……やっちゃった?

 周りを見回す2人だったけど、しばらくすると私の方へ向き直った。


「もしかしてだけど、ウチのこと?」


 そう言うと、私が篠木さんだと思ってた女子が自らを指さしながら食い気味にそう聞いてきた。


「そ、そうだね……」

「あのねえ、ウチは七木!大和ちゃん何回間違えるの?新学年始まってからもう両手じゃ数え切れないよ?」

「ご、ごめん。私、人の名前覚えるの苦手で……あはは」


 「もーいい加減にしてよ?」と私に言い放ったが、怒っているわけではなさそう。

 よかった、怒られずに済みそうと胸を撫で下ろした。


 けれど最近はだめだ。

 名前を呼ばないように会話してたのに、最近はそのクセが抜けつつあるんだよね……。

 気をつけなくちゃ。


「ってあれ、鈴原ちゃんじゃん!どったの?」


 教室の廊下側、ここへ入ってきた一際明るい茶髪の髪を持つその人は、私の方向へ手提げを持って歩いてきた。


「……香蓮!」


 私がよく知るその人、鈴原香蓮!


「っかれーん!」


 椅子から飛び立ち、香蓮の胸元へ抱きつく。

 さっきまでの退屈な空気から一変、私の頭の中は黄色い歓声に包まれた。


「めぐちゃん、ごめんね。今日午前は歯医者さんだったから学校来るの遅くなっちゃった」

「いいんだよこうやって私に会ってくれるだけ!ってあれ?もしかして矯正終わったの?」

「うん、そうなの」


 おお!高校に上がってからも続けてたからいつ終わるんだろうなって思ってたけど、やっと終わったんだね。

 香蓮のかわいいお顔が台無しだったから、終わって良かった。

 きっと香蓮もそう思ってるに違いない。


「っと七木ちゃん。めぐちゃん貰ってくけど良い?」

「あーいいよいいよ。聞きたいことは聞いたしね。それにしても、相変わらず大和ちゃんは鈴ちゃんにべったりね」

「めぐちゃんは昔からこんな感じだからね。今更どうってことないよ」


 いつまで話しているんだろう。

 早くこの場から立ち去って香蓮と一緒にお弁当を食べたいっていうのに。邪魔だなあ。


「……七木さん、もう行くね」

「あーいいよ、またね!」


 七木さんが自分の席へ戻っていくのを尻目に、私達は教室を後にした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 お昼休憩の最中、私は香蓮と共に中庭でお弁当を食べていた。

 この季節はちょうど桜が散ったぐらいで、今は藤の花が開花を始めている。

 押下していた我が世の春が終わった桜の花びらは排水口の中に溜まっていて、寂しいながらも彼女らの世が確かに存在したことを示してた。


「……って感じでさあ、午前めっちゃ疲れたわー。しかもまた七木さんの名前呼び間違えちゃったし。中二のときみたいにクラスで孤立するのはもうゴメンだからねー。ね、香……蓮……?」


 そんな場所で私は午前のことを香蓮に愚痴ってたんだけど、香蓮の様子がどこかおかしかった。


「……香蓮、どうしたの?」


 彼女の顔を覗いたけど、別に何か暗い顔をしているわけではないみたい。

 どちらかと言えば、何か考え事をしているみたいな感じ。

 「私との話を放って考え事?」とも思ったけど、もしかしたら何か大事なことを考えているのかもしれないからね。


「ねえめぐちゃん」

「どうしたの香蓮!」


 自分でも分かるぐらい喜々として反応したけど、彼女は神妙な面持ちをしていた。

 まるで何か、これから大事なことを諭しだしそうな雰囲気だ。

 こういう時に香蓮が話すようなことは1つしかない。


「ねえめぐちゃん。神谷くんのことなんだけどさ」

「……うん」

「もっと、知ってあげたら良かったんじゃないかな」


 香蓮は、私が人間関係で失敗をするといつもこうやって諭してくる。

 もちろんそれは香蓮が私のことを大切に思ってやってくれていることなのは分かっているけど、私がそう思えない、知ろうと思えないから仕方ないんだよね。


「……香蓮。何回も言うけど、私は他人に興味が持てないって何回言ったら――」

「じゃあなんで私とか若菜ちゃんのことはこんなによく知ってるの?」


 いつものようにこの話を畳もうとしたけど、香蓮はなかなか痛いところを突いてきた。

 というか私自身も認知していないようなこと。


「……分かんないよ。そんなの。第一、友達と仲良く出来てることに理由を求めるのも野暮なんじゃないかな……?」


 苦し紛れにそう言ってみたけど、香蓮の顔は晴れない。

 むしろ、少し眉間のシワが増えてる気が……。


 と思った瞬間、香蓮は「はぁ」と小さなため息をひとつつき、そして前に向き直った。


「ねえめぐちゃん。世の中には面白い人がたくさんいるの。だからさ、もっといろんな人と関わって、色んなことを知らないと勿体ないと思うんだ、わたし」

「け、けどまたそうやって危険な目にあったら……」

「……めぐちゃん。私を気にしてくれるのは分かるけど、私達はもう子供じゃないんだよ。それに、この世界には面白い人がいっぱいいるんだよ?だから――」


 香蓮は私の方へ向き直ると、こちらへその白い歯を見せて笑いかけてきた。

「――もっと、いろんなことを知って、いろんな人と関わってみるべきなんじゃないかな?」

 私も、そんなことは分かってる。  だけど、私はあの時みたいな失敗を犯すわけにはいかないんだ。

「け、けどさ……私、今まで新しい人と関わってこなかったから深い関わりをってなると方法が……って、ん?」


 いろいろ言い訳らしいことを考えてると、目の前に一人の男が立っていた。

 明るいボブで栗色の毛に前髪はパッツン。

 肌は病気を疑うほど白いけど、その顔立ちでヨーロッパ系ということは分かる。

 背も少し低いし、幼い顔つきをしているので一年生かとも思ったけどネクタイの色が二年生の色だ。

 ラフな立ち姿で腕を組みながらこちらを見下ろしていた。

 私達に何か用事かな、と思ったけど私はこんな子知らない。

 多分香蓮の友達か何かだと思う。


「あ、ルイくん。どうかしたの?」


 ほら、香蓮が反応した。

 やっぱり香蓮の友達か。そう思い多少安堵したのも束の間……。


「ごめんね、鈴原さん。今日はそっちに用事があって来たんだ」


 そっち……用事……。

 彼……いや、ルイが指差す方向は、まっすぐこちらを向いてた。


「え、私!?」


 思わず私自身を指さしちゃった。


「そう、大和さんの方だね。今日の放課後、時間あったら……いや、絶対ここに来て欲しい。話したいことがあるんだ」


 彼は指先だけじゃなく目線までもをこちらへ向けていた。

 彼のその様子に恥じらいはなかった。

 きちんと芯を、覚悟と意識を持って私に語りかけていた。


「ちょ、ちょっと待って!私は……!」


 けれど私はまだ彼氏に振られたばっかだし、もっと言えばそういう冒険をするつもりも今のところはない!

 絶対とは言われたけど、どうにかして断らないと……。


「っていうことで、また今日の放課後に」


 彼はそう言うと、体を翻して校舎へ入っていった。


 い、行っちゃった……。

 ていうか声高いなあ。

 声、身長、顔。どれをとっても私より2歳ぐらい下の子と話してるイメージだったな。


「っていうかこれどうしよう……絶対これ告白とかそんなくだりじゃん。どうすんのこれ……」

「めぐちゃんかわいいからね。たまに他の男子から、”大和さんに僕を紹介してくれませんか?”なんて言われることもあるんだよ?そりゃフリーになったら突貫してくる人の1人や2人ぐらいでてくるよ」


 前に男子が私のことを「もっと人付き合いが多ければ」だなんて噂していたのを聞いたことはあった。

 私からすれば香蓮の方が可愛いと思うけど、もしかしたら男子から「大和ならワンチャン」だなんて思われてるんだろうか。

 けど今はそんなことどうでもいい。


 思わず顔を覆って突っ伏した。

 他の人にとっては心躍るイベントなんだろうけど、私からすると面倒なことこの上ないんだよね……。


「まあさ、付き合うとかは別としてさ。まだルイくんとは関わりないんでしょ?ならお友達から、っていう返事の仕方もできるし……」

「……とりあえず行ってみたら、ってこと?」

「そ!」


 香蓮は白い歯をみせながらにへっと私に笑いかけてくれていた。


「……まあそうしてみるよ」


 正直なところ、あんまり乗り気じゃない。

 だって今の私の人生は、お父さんにお母さん、香蓮、若菜の4人だけで満足してるから。

 あの子と関わったからと言って私の人生が何か変わるかのようには思えないし。


 けれど、香蓮は私にそうしてほしいと思ってるし、それが良いことになると思ってるみたいだ。

 なら乗り気じゃなくても行ってあげるべきなのかもしれない、と半ば無理やり納得した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 夕暮れ時の名古屋郊外、目の前には巨大な廃工場跡がそびえ立つ。

 その大半は既に錆びついていて、原材料かなにかを運び、建物同士を接続していたと思わしきベルトコンベアは今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

 当たり前のように屋外には雑草が生い茂っており、人が立ち入らなくなってから久しいことをより一層強調している。

 その工場がそびえ立つ反対側には現役で動く工場が多数群れてるけど、それがより廃工場群の気味悪さを掻き立てている。


「……で、呼び出された場所がここ?」


 思わず、誰に言うでもなくそうつぶやく。


 こういうのって、もっとこう、夕日が見えるテラス席だとか、学校の校舎裏でするもんじゃないの?

 かなり遠い立地だったから本当に場所がここで合っているのか確認したんだけど一字一句違わず住所はここで間違いないっぽい。

 なんでこんな場所に呼び出されたかは分からないけど……。


「よーし、後でルイに問いただしてやろう!」


 そうやって無理やり納得して再び歩みを進めていると、その中に1つ青い点があることに気がついた。


 誰かいる。

 よくよく目を凝らすと、栗色の毛、低い身長、病気を疑うほどの白い肌。

 ああ、あれは多分――。


「大和!こっちだ!」


 本田ルイ。私を呼び出した張本人が、大声で私を呼んでいた。




 立ち並ぶ廃工場のうちの1つに案内される。


「放課後にいきなりこんなところに呼び出してごめんね」


 ルイは私に労いの言葉らしきものをかけた。

 徒歩数分の場所ならまだしも、ここは学校からバスと徒歩で合計40分もかかる場所なんだけど。

 ちょっと遠すぎるとも思ったけど、どうやらそれはルイも認識してたみたい。

 ならもうちょっと近い場所にしても……って思ったけど、それを言うのは不躾ね。


 それにしても、学校が終わってからまだそう時間が経っていないのにルイは私服らしき青色のパーカーに着替えてた。

 私もまっすぐ来たわけじゃないけど、それなりに早く来たつもりだったのに。


 わざわざ持っていったのか……それとも自宅がここに近いのかな。

 ってことはもしかしてここに呼び出したのも家に近いからだなんていう理由じゃ……。

 いやいやいや!まさかそんなはずは!


「……何か考え事かい?」


 ルイはそんなことを考えている私の顔を覗きながらそう聞いてきた。


「い、いや別にそういうわけじゃ……」

「ならいいんだ」


 どこか少し余裕そうに振る舞うルイには、少しの不気味さを感じた。


 ……って、そうだ。ルイに会ったらやらないといけないことがあったんだった。


「そういえばルイくん。上の名前なんていうの?」


 新しい人と自分から関わりにいったことなんて、もう何年前のことだろう?

 ってことで香蓮に「会ったらまず上の名前を聞いてみて。あとはもう私と普段話す感じで全然大丈夫!」って言われたんだった。

 彼は学年では有名人の方だから、私もギリギリ思い出せそうだったけど、私の凝り固まった頭の引き出しから彼の上の名前を引き出すことは出来なかった。


「……!?」


 ってあれ?

 なんか予想外の反応だ。

 最初は「お前、僕の名前を知らないのか」とか言い出すのかと思ったけど、どうやら違ったみたい。

 どちらかと言えば、私の事を何か疑う目で見ている。

 まさか、呼び出すだけ呼び出しておいて私のことは信頼していないだなんてことはないよね……?


「そこまで折り込み済みってことか。ま、知ってるなら話は早い」


 ……?

 な、何を言っているの?


「え、いやだから私は知らな」

「いや、いいんだ。取り繕う必要はない」


 もしかして何か勘違いされるようなことを言っちゃったのかな。

 って、ただ名字聞いただけだけど。

 ていうか結局名字教えてもらえなかったな。

 かといって何回も聞くのは悪いし……。


 なんてことを考えてると、パチっという音と同時に工場内に明かりが灯った。

 若干薄暗くはあるけど、それでも電気は通っているみたい。


 他の建物は中にも草が生い茂っていたりしたけど、ここはきちんと清掃されてるな。

 道具や書類なんかはきちんと整頓されていたし、古いノートパソコンや時計、ゲーム機なんかが箱の中に積まれてる。

 明らかに人の手が入っている様相だ。


「ここは?」

「僕の工房さ。機械をいじるのが楽しくてね。小学生高学年の時に義父さんに建物ごと買ってもらったんだ」


 こ、工場を1個まるごと……。

 土地なんかも含まればさぞ高くついたんだろうね。


「お、お金持ちなんだね……」

「あー、まあそうかもしれないね」


 他人が金持ちだとかどうとかはどうでもいいけど、さすがにここまでやってることのレベルが違うと、そんな私でも感嘆せざるをえない。


「けど今はそんなことどうでもいいんだ。良ければそこに掛けてくれるかな?」


 そうやって1つの椅子を差し出された。

 言われたとおりに座ると同時に、一杯のティーカップを差し出された。


「良かったら、どうぞ」

「ど、どうも……って熱ッ!」

「ご、ごめん。ホットティーは飲み慣れてなかったかな。けど今はそれしかなくて……」


 だなんてルイは言ったけど、お茶は柑橘系のいい匂いがした。

 私でも分かる。良いお茶だ。


 それにルイはさっきまで動揺していたけど、平静さを取り戻したみたいで「コホン」と1つ咳をつくと、ルイも私の向かいの席についてこちらの方へ向き直った。


「さっきは悪かったね。もっと早く熱いって言っておけば良かった」


 そう言うとルイは頭を深々と下げてこちらに謝ってきた。


「いや、私もただ手で触っただけだったし……」


 と形だけは頭を上げるように言ったけど、もっと早く言ってほしかったのはそのとおりだ。


「……じゃ、さっきの質問に答えるとするか」


 さっきの質問というと、上の名前に関してのことか。

 私も聞けと言われただけで別に知りたくもないんだけど、まあ質問したからには聞いておくか。


「結論から言えば、僕は自分の苗字を憶えていないんだ」

「……?」


 な、何を言っているの?

 名字を憶えてない?

 認知症のお爺ちゃんってわけでもないんだし、自分の苗字なんて二歳児でも言えると思うんだけど……。


「ていうのも、僕はこっちに来る前の記憶が無いんだ」


 こっちに来る前?記憶?

 一体何を言ってるの?

 まさかだけど、気が付かないうちに厨二病の遊びに付き合わされるためはるばる数十分かけてここまでやってきたとかないよね……?


「憶えていたのはルイという名前だけ。気がついたときには義父さんがすぐそこにいて、僕に本田と名乗るよう言ったけど……」

「ちょ、ちょっと待った!」


 思わずルイに待ったを掛ける。


「私はルイくんの名字を聞いただけなのに、なんでそんなにいろいろ喋るの!?こっちに来る前だとか、記憶がないだとか、私はあんたの厨二病のごっこ遊びに付き合いに来たわけじゃないんだけど!」


 思わず声を荒げちゃった。

 けれどいきなりこんな意味不明なことを言われて、不愉快に思わない人の方が少ないと思う。

 私が何か変なことを言ったのならまだしも、私はルイくんの名字を聞いただけなのに。


「……もしかしてだけど何も知らないのか?」

「知らないって何を?」

「……まじか」


 ルイくんはその場に頭を突っ伏してしまった。

 ってことは何?

 もしかしてだけどあっちが一方的に勘違いしてたってことなの?


「ご、ごめん……最初に確認すれば良かったな。先走った僕が悪かった」


 顔を上げて謝意を述べたルイくんの顔は、気のせいかほんの少し赤らんでいるような気もした。


「ほ、本題に戻るけどな」

「本題ってなんのこと?」

「今日ここに呼び出した理由だ!」

「あ、な、なるほどね……」


 そんな話をされた憶えがないのに本題と言われても困るけど、まあそれに関してはツッコまないほうが良いかな……。

 っていうか私が昨日振られてフリーになったからてっきり告白でもしてくると思ってたんだけど、それにしてはいろいろ回りくどくない?


「コホン……えーと、本題なんだけど」


 そうやって思慮を巡らす私を置いてルイは語り始めた。


「僕が今日君をここに呼んだのは、大事な話があってのことなんだ。他の誰にも聞かれたくない、ね」


 他の誰にも聞かれたくないこと……?


「だからってちょっとここは遠くない?」

「すまない、先に僕の話を聞いてくれないか?」

「……分かったよ」


 誰にも聞かれたくないにしてもRINEやインリアのメールとかいろいろやり方はあったんじゃとも思ったけど、それは無用の口出しだと思うからやめておいた。


「大事な話っていうのは、お願い事なんだ」


 ルイは目を瞑りながらお茶を一口含んだ。

 多分だけど、私に淹れられたのと同じお茶だと思う。

 私もお茶を一口すすったけどさっぱりとした飲み心地の上に柑橘系の爽やかな香りがしてとても美味しかった。

 紅茶って飲んだことなかったけど、案外美味しいんだな。


「そのお願い事っていうのが、君にしか頼めないことなんだ。」


 ルイは私にそう告げると、体を私の方に向けてくわっとこちらの方を見てきた。

 な、なんだろう。

 さっきまではそんなこと無かったのに、いきなり空気に張り詰めた感じが……。

 映画とかドラマなら、このまま「僕と結婚してください!」とかって言い出しそうな雰囲気だなあ……。


 そしてしばらくの沈黙の後、ルイはこう告げた。


「僕と、一緒に戦ってくれないか?」

「……えっ?」


 あまりに予想外のお願いに、私は目を見開いた。

 確かにいろいろ回りくどかったからなんとなく告白ではないんだろうなってことは感じてたけど、それにしても予想外がすぎる……!


 ルイは、少々姿勢を崩しつつも、私の方へ真剣な視線を送ってきていた。

 さっきまでは厨二病だなんだって笑ってたけど、ルイの目はそんなおちゃらけた雰囲気とは程遠かった。

 ここまで真剣にお願いされると、「僕と一緒に戦ってほしい」というのが冗談でもなんでもない、信じがたい真実であるかのようにも思えてきた。


 想定外のお願い。

 闘いへの誘い。


 そして、彼のこの「戦いへの誘い」が私の人生の分岐点に立っていたことは、そう遠くない未来に分かるのであった。

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