ダイスを振る順番はダイスの出目で決める。偶数の目が出れば俺達、奇数なら葉月達のペアから時計回りで順にダイスを振っていく。
ペアのどちらから始めるかは自由。
テーブルの中央に置かれたダイスが宙を浮き、回転を始め落下した。
出目は4。偶数だから俺達からか。
「紅羽さんからどうぞ」
「じゃあ遠慮なく」
俺は二つのダイスを握り、テーブルの中央に振った。
出目は4-6。
ゾロ目が出る確率は三十六分の一。そう簡単には出ない。
初手からスキルは使わない。いや、使えない。俺の持っているスキルは初手から使えるようなものじゃない。
それに、この遊戯にはスキルに似た特殊カードが得られる。それを手に入れてからスキルを使った方が良いだろう。だから、スキルを使うのは特殊カードが幾つか手持ちにある時。
ちなみに、端末を通じてペア相手とは連絡ができるようになっている。
対戦相手にバレないようにスキルや特殊カードなど、作戦がバレないようにするためだな。
俺は桃瀬さんに「特殊カードが手持ちに来るまでスキルは使わない方が良い」と伝えた。
「じゃあ次は俺だな」
そう言って葉月はダイスを握った…………だが、振らない。
ダイスを手に握ったままだ。
「君達は初手からスキルは使わないみたいだけど俺は早速スキルを使わせてもらうよ。スキル《運吸収》」
そう宣言してから葉月はダイスを投げた。
出目は4-4。
初手からゾロ目を出してきやがった。点数は10点。
「俺が使用したスキルは名前の通り、相手プレイヤーの運を吸収することができる。俺の運は上昇し、お前らの運は低下する。かなり使えるだろ?」
この遊戯の勝利条件は先に持ち点が50を超えること。
葉月が使用したスキルはこの手の遊戯においてかなり強力だ。
このスキルなら初手に使っても何の問題も無い。むしろ初手から使うのが正しいだろう。
それに、一番厄介なのは効果がこの遊戯の終了まで継続されるという事だ。
ただ唯一の救いもある。それはターン、回数を重ねるごとに効果が徐々に薄れていくということだ。それが無ければ絶望だな。
今の俺と桃瀬さんには対抗できるスキルは持っていない。
「あ~、ゾロ目じゃなかった……」
葉月の次に桃瀬さんがダイスを振ったが、出目は2-6。
ただでさえゾロ目が出る確率は低いのに、葉月のスキルのせいで更に確率は低い状態。
一体どれくらいの確立なんだよ……
続く神藤の出目は2-5。得点はない。
葉月の使用したスキルは神藤には反映されない。そこが唯一の救いと言っても良い。まぁ、現状が不利なのには変わりないけど。
次は俺の番。使えるスキルはあるにはある。ダイスの出目を決められるというスキルが。
だけど今使ってもあまり意味がない。
スキルは一度使ってしまうとクールタイムがある。それに使用回数の上限もあるし、使う時は慎重に使わなければならない。
俺はダイスを振ったが、点数は無し。続く葉月も俺達にとっては運が良く点数はない。
桃瀬さんは両手で大事そうにダイスを持って「えいっ」と言って投げた。
「…………やった! ゾロ目」
桃瀬さんの出目は特殊カードを得られるペアの出目、1-2。
かなり運が良いな。
俺は直ぐに桃瀬さんに何の絵柄のカードを手にしたかを聞いた。
『えーっと《スペード》です』
桃瀬さんが引いた特殊カード《スペード》の効果は、自身のダイスの出目どちらかをプラスマイナス1まで変更することができる。
特殊カードか得点、どちらを優先して得るのが賢明か……。
俺なら迷わず得点を優先する。但し、5-6の時だけ。
でもまぁ、俺達の持ってるスキルを使えば……。
『とりあえずまだそのカードは使わずにとっておいた方が良い』
『はい、分かりました』
これで特殊カードの残りの配分は《スぺ―ド》9枚。《ハート》《ダイヤ》《クラブ》が各10枚。《エース》三枚。《ジョーカー》が一枚。
葉月の手元に《エース》と《ジョーカー》のカードが行く確率が上がった。
葉月の手元に一番行ってほしくないのは間違いなく《ジョーカー》だ。その次に《エース》だろう。
ただでさえ特殊カードを得られる確率が低下している俺達なのに、その特殊カードを打ち消されてしまう。それは絶対に避けなければいけない。
続く神藤と俺は供に得点は無し。
「…………お、外れたか」
葉月の出目は1-3。もう少しで特殊カードが葉月の手元へ行ってしまう所だったが、運がいい。
葉月の使用したスキルは必ず当たるものじゃないし、ターンが増えるごとに効果は薄れていく。まだまだこれからだ。
10ターンが終わったが、俺の手元には特殊カードが二枚。
【紅羽柊斗・25点 特殊カード2枚】
【桃瀬花音・20点 特殊カード2枚】
【葉月海斗・40点 特殊カード2枚】
【神藤碧・20点 特殊カード1枚】
葉月に3以上の出目を出されたら遊戯は終了。俺達の負けになる。
逆に6のゾロ目ならマイナス20となり俺達と似た点数になる。
でも、それは俺の持っている特殊カードが《ハート》《ダイヤ》じゃなければの話しだ。
俺の手元にある特殊カードはその二種類だ。だから例え葉月が3以上のゾロ目を出したとしても一ターンはもう一度チャンスが来る。
だけど、その使い方はしない。もっと別の使い方をする。
普通の勝ち方じゃ得られるチップはせいぜい5000チップくらい。
それじゃあダメだ。もっと、もっと何倍ものチップを稼ぐにはその使い方をしちゃダメだ。
ただ、葉月が《エース》のカードを持っていなければの話だ。もし持っていれば俺が考えている作戦は破綻する。
ただ、一つ確定な事がある。それは、葉月と神藤の手持ち特殊カードにジョーカーは無いという事だ。
何故ならジョーカーを持っているのは俺の目の前に座っている桃瀬さんなのだから。
この遊戯の勝利報酬は賭けチップの五倍。更に相手プレイヤーの一位。つまりペア相手を除いた二位との差が10点以上あれば追加で倍率が上がる。
だからできるだけ差を付けて勝利しなければいけない。
「紅羽さん? どうしたんですか?」
「え? あ、ああ……ごめん」
集中していて自分の番になっていたことに気づかなかった。
俺の出目は4-6。葉月のスキル効果が薄れているとはいえ確率が低い事に変わりは無い。
ただ、俺の持っているスキル【
【賽子操作】は名前の通りにダイスの出目を自由に決めることができる。勿論ダイスに書かれていない数字にすることは不可能だけどな。
今俺のターンで【賽子操作】を使用して出目を6-6にしたとしても俺の合計点数は45点。次に誰かがゾロ目を出した時に特殊カードを使用したとしても、得られるチップは1万枚。
でも、俺が目指しているのは更に上。
『桃瀬さん。そろそろ』
俺は端末を使用して桃瀬さんにそう送った。
『はい、分かりました。任せてください』
よし。これで。
「待て」
俺はダイスを手に取った葉月を止める。
「なんだよ。どうせこの遊戯は俺の勝ちだ」
「いや、まだだ。確かにお前はこれでゾロ目を出したら勝ちだ」
「ああ、だからさっさと終わらせる」
そう言って葉月はダイスを振った。
「ッ……」
ダイスの出目を見た葉月は唇を噛んだ。
「首の皮一枚繋がった……か」
葉月の出目は6-6。これで葉月の持ち点は50点を超えたが、6-6で50を超えたらマイナスとなり、葉月の持ち点は20点となる。
「どうせ、スキルを使ったんだろ? 紅羽」
「ああ」
勿論、俺の持っているスキル【賽子操作】を使用して葉月の出目を6-6にした。
「だけど、それで終わりじゃない。首の皮一枚繋がると良いな。葉月、神藤」
そう言うと同時に、桃瀬さんが一枚のカードを場に出した。
「私はこのカードを使用して葉月さんの得点を二倍にします!」
「なっ!」
桃瀬さんが場に出したカードは特殊カードの中でもかなり強力なカードである《ジョーカー》。
これで葉月の持ち点は20点ではなく0点。遊戯開始時の時へと戻った。
「これで俺とお前の差は25点。それに、お前のスキルの効果はどんどん低下している。今からこの状況をひっくり返せるのか?」
「ッ!」
「無理だろうな。神藤の持っている特殊カードは《クラブ》そして葉月の持っている特殊カードは《クラブ》と《スペード》。そして二人とも、この状況に刺さるスキルも持っていない。だろ?」
「な、なんで……俺のカードを」
「スキルを使っただけだ。俺と桃瀬さんが丁度二人とも持っていたこのスキルをな」
俺と桃瀬さんが使ったスキルは【透視】というスキルだ。相手プレイヤーの手札、スキル等、あらゆる情報を見ることができる。これを使って葉月、神藤共に《エース》カード、そして厄介なスキルが無いかを確認した。
「い、いや。まだだ。俺の点数はお前に近い。まだお前達の勝ちが決まったわけじゃない」
「ああ、確かに今は俺と神藤の点数の差はたったの5点しかないな」
勿論、ここから運ゲーにするつもりは全くない。確実に勝つ。
「だけど、俺と桃瀬さんを合わせたらどうなる?」
「合わせる?」
「はい。私と紅羽さんの点数を合わせたら神藤さんとの点数の差は25点になります」
そう言って桃瀬さんは小さな手でダイスを握り振った。
出目は1-5。点数は無し。
「だから、私はこれを使います【譲渡】。これは自分のカードや数字といったものを指名したプレイヤ―に渡すことができます。だから私の持ち点全てを紅羽さんに渡します」
【紅羽柊斗・45点 特殊カード2枚】
【桃瀬花音・0点 特殊カード1枚】
【葉月海斗・0点 特殊カード2枚】
【神藤碧・20点 特殊カード1枚】
「これで俺とお前の点数の差は25点。さて、追い越せるのか?」
勿論今の神藤にそれは無理だ。透視で神藤の情報はほとんど分かっている。
「まぁ、この時点で俺の勝ちは確定してるんだよ」
俺は桃瀬さんと同じように二枚の特殊カード《ハート》と《ダイヤ》をテーブルに置いた。
「次にこの中の誰かが一度でもゾロ目を出した時点で俺は勝利条件である50を超える。さぁ、振れよ。神藤」
神藤は葉月と同様、唇を噛みダイスを力強く握った。ダイスの角が皮膚にめり込むほど強く。
葉月は全てを察したのか、うつむいたまま動かない。
「どうした? 振れよ」
「………………」
神藤はダイスを振るというより、真下へ落とした。
出目は5-6。
「と、特殊カード」
「あー、言い忘れていたけど、桃瀬さんのもう一つのカードは《スペード》だから」
「ッ……!」
桃瀬さん以外に《スペード》を持っているのは葉月だが、たとえ使ったとしても結局は俺が勝つのだから意味がないからな。
たった一つのスキルだけで勝てるような遊戯ではなかったって事だ。
「はい。神藤さんの出目を5-6から5-5に変更します」
「これで俺は《ダイヤ》を使う。俺の持ち点は60点。50点を超えた俺の勝ちだ」
『遊戯終了。勝者:紅羽柊斗、桃瀬花音。勝利報酬 35000チップ』
遊戯終了の音声が終わると同時にテーブルの上にあるダイスは粒子になって消えていった。
『紅羽柊斗、桃瀬花音。合計チップ35500枚。順位一位』
とりあえずかなりのチップを稼ぐことができたな。
「じゃあ行くか」
俺は椅子から立ち上がり、桃瀬さんに向けてそう言った。
一方葉月と神藤は座った状態から動かない。
「はい」
桃瀬さんも立ち上がり、俺と並んで歩き始めた。
☆
「…………超えた」
私は大きなモニターで遊戯の結果を見てついそう口に出してしまった。
「理事長が推薦しようとしたのはあの生徒ですか?」
「そうよ」
私が推薦した生徒、紅羽柊斗。紅羽くんがさっき行った遊戯を私は見ていた。
結果は紅羽くんと桃瀬さんの勝ち。勝利報酬は35500チップ、大勝利なんてものじゃない。
各三大都市圏でたった今行われている入試試験の内容は全て同じ。行われている遊戯も全て。
そんな入試試験で今までに二時間で獲得したチップの最高記録が12800チップ。
この試験は時間が経てば経つほどチップの増減数が大きくなる。それなのに、たった二時間で今までの最高記録枚数の二倍以上の差を付けて記録を塗り替えた。
「どうして理事長は紅羽くんを推薦しようと?」
「知っている? 彼が遊戯で負けたこと」
「彼……?」
「ええ。私達の、この高校のエースの桃瀬竜二が唯一遊戯で負けた相手、それが彼よ」