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第2話『ただのおまけ』

「もう! 本当に緊張したんですからね!」


 桃瀬さんは膨れっ面になりながら俺の背中をポカポカと叩いてくる。


「すみませんって。昼食も夕飯もご馳走しますから」

「本当ですか⁉ ……って、これ持ってたら全部無料じゃないですか!」


 さっきのポーカーは最終的に桃瀬さんの勝ちになった。

桃瀬さんの手札は『♡9 ♢9 ♧A ♢J ♧Q』。

 相手の手札は『♡7 ♡9 ♧9 ♡J ♧Q』と双方ともに9のワンペア。ただ、Aを持っている桃瀬さんの勝ちになった。

 結果は俺と桃瀬さんに500チップ。最終目標の20万チップはまだまだ遠いが、滑り出しは上々だろう。

 俺の今のランキングは三千人中九位。今は上位に居るが、遊戯をしなければ勿論ランキングは下がっていく。

 早く次の遊戯を探さなければいけない。


「あの、なんで私を指名したんですか?」

「あんな不正をしないとチップを稼げないような奴に、桃瀬さんが負けるとは思えなかったからですかね」

「いやいや、私達今日初めて知り合ったんですよ⁉」

「なんとなくそう思ったんです」

「もう……勝てたから良かったですけど……あ、ルーレットがありますよ」


ルーレットの最高倍率は三十六倍。最低倍率は二倍。

 賭けて負けたら同じ場所に前の二倍のチップを賭ける賭け方、マーチンゲール法が使えるが、今の手持ちチップは二人合わせて2500枚。

 マーチンゲール法は手持ちチップ数が多くなければ得られるチップも少ない。

 仮に最初に百チップを黒に賭けて外れたとして、次に賭けるのは黒に二百。これも負ければ次は四百。これに負ければ俺の手持ちチップは三百枚になる。それに、もし二回目、三回目でも良いが、勝ったとしても得られるチップ数は百枚。この遊戯の合格ラインは十万枚。どれだけ時間を使えば到達できるか……。

 それにこの巨大カジノには普通のルーレットやバカラ、ポーカー以外にも、オリジナル遊戯や、元々ある遊戯のルールを少し変えたものもあるらしい。

 そっちの方がレートが高く一気に稼ぐことができるらしい。


「でも今はとりあえずカフェかどこかで腹ごしらえしましょう」


 お昼真っただ中では飲食店は人が多くなり席が取れないかもしれない。なら少し早く、もしくは遅くして時間短縮した方が良いだろう。

 桃瀬さんもカフェに行きたいらしく直ぐに了承した。


 洒落たカフェには多くの生徒が席を埋めていた。

 やはり、みんな無料という言葉には弱いのか?

 てか、現実に戻らなくても食事はとれるんだな。

 俺と桃瀬さんはアイスコーヒーを購入し、空いている席に座った。


「なぁ、桃瀬さん」


 ここならあれを確認するには丁度いい。


「なんですか?」

「桃瀬さんの持っているスキルを教えてくれ」


 ここでの遊戯において、スキルは勝つのに必須とも言える超重要な要素。

 スキルの使い方で勝敗が決まると言っても過言ではない。

 桃瀬さんの持っているスキルを把握しておきたい理由としては、桃瀬さんの持っているスキルに適した遊戯が何かを考え、見つけるためだ。


「うん。えーっと……はい!」


 桃瀬さんはそう言って俺に端末の画面を見せてくれた。


「ど、どうですか?」

「うん。どれも結構使えるスキルだと思う……」


 どれもかなり使えるスキルだ。

 ていうか、Aランクのスキルが二つ、Bランクスキルが一つはかなりの幸運だな。

 一方俺はAランク、Bランク、Cランクのスキルが一つずつ。


「ねぇ、君が紅羽くん?」


 俺と桃瀬さんのスキルを確認していると、目の前にスーツ姿の女性が立っていた。


「は、はい。そうですけど」

「ここ、いいかな?」

「はい」

「ありがとう」


 そう言って女性は隣の席の椅子を桃瀬さんの横に持ってきて座った。


「早速だけど、紅羽くん。私はこの学校の理事長を務めているの」

「……理事長が俺なんかに何の用ですか?」


 そう聞くと、理事長は俺に向けて一枚の紙を机の上に置いた。


「私はね、紅羽くんにこの学校に入学してほしいの」

「俺を? どうして?」

「紅羽くんは八月に毎年開催される交流戦は知っている?」

「はい、勿論」


 愛知県、大阪府、そしてここ東京都にある三校で行う大型遊戯。

 第一回、第二回とも、ここ東京が勝っている。

 交流戦はネットで生配信され、視聴率も二年連続で相当良い。


「今年の交流戦。生徒は勿論、私も三連覇を狙っているの。だから、紅羽くんの力が必要なの。もし紅羽くんさえ良ければだけど、入学してほしい。ここで頷いてくれれば入試試験は今、即合格よ」


 思いがけない提案だった。


「嬉しいですけど、お断りします」


 俺は目の前に出された紙を理事長に戻してそう言った。


「俺は実力でこの学校に入学しますから」

「そう。じゃあ楽しみにしているわね。また今度」


 そう言って理事長は席を立ち、カフェを出て行った。


「い、良いんですか⁉ せっかくのチャンスなのに」

「別に良いですよ」

「そ、そうですか……あ、私ちょっとお手洗いに行ってきます」

「分かりました」






「り、理事長さん!」


 私はカフェを出た後、理事長さんの所に急いで向かった。

 勿論、お手洗いに行くのは嘘。


「君は、確か……桃瀬さんだったわね。どうかしたのかしら」

「い、良いんですか?」

「良いって何が?」

「紅羽さんの事です。もっと説得しなくても良いのかなって思って」


 紅羽さんが欲しいなら、あんなに直ぐに帰ったりしないと思う。私ならもっと、もっとお願いする。


「良いのよ」

「どうしてですか? 私は紅羽さんの事全然知らないですけど、きっと凄い人なんですよね?」

「ええ、でもね桃瀬さん。チャンスが何度も訪れるって思っちゃダメよ?」


 理事長さんは、人差し指を立ててそう言った。


「遊戯でもそうでしょ? 一度チャンスが来たら遊戯が終わるまでもうこないかもしれない。でも、もう一度くるかもしれない。もしかしたら一度もこないかもしれないわ。既に桃瀬さんにもチャンスが来ているかもしれないわ」

「…………はい」


 理事長さんの言う事は凄く胸に刺さる。私も同じようなことを昔に言われていたから。


「まぁ私は紅羽くんは放っておいても入試試験を合格すると思っているからね」

「じゃあ、なんであの提案を?」


 すると、理事長さんは「ふふ」と笑った。


「あれはただの『おまけ』みたいなものよ」


 おまけ……。


「じゃあ、遊戯を楽しんでね」


 そう言って理事長さんは再び歩き始めた。

 遊戯を楽しむ。それは大事な事。

 あの人は私に良くそう言ってくる。




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