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第59話 君の元に

 パニックと困惑と恐怖で、俺の意識は朦朧としていた。


 視界がグルグルと回ってるような感覚と、止まらない発汗に、荒い呼吸。


 おおよそ他人から見れば、俺はまごうことなき狂人なんだろうと思う。


 制服のブレザーを着たまま、雨も何も降っていないのにずぶ濡れ状態でもある。


 返り血を洗い流すために、何も脱がずにシャワーを被ったのだ。


 幸い血液は紺色に隠れ、その赤を表さずにいる。


 だったら、そもそもシャワーなんて浴びなくてもよかったのに。


 そう思ったものの、思考と体の運動が今は連動しておらず、俺はただ呆然としながら、思いついたことを思いついたままに行動として移していた。そこに正気の合理性などは皆無だ。


 そんな状態で、茜の家から出る。


 笹。


 浮かぶのは、記憶の中で一ページだけ記された一人の女の子。


 何だかんだ、俺は茜のことが好きだった。


 でも、茜は動かなくなった。


 喋ることもできない。


 だから無理。


 今は誰かと会話しないと気が狂いそう。


 もう狂ってるけど、もっと狂いそう。


 おかしくなりそう。


 立ってられないくらいに。


 意識が体の中で弾けそうなくらいに。


「笹」


 夜闇の漂い始めた世界の中で、ぽつりとその子の名前を呼ぶ。


 すると、だ。


「何ですか、蒼先輩?」


 背後から、聞き慣れた声がする。


 俺はすぐにそっちの方へ振り返った。


「笹……」


「聞こえてますよ。何度も呼ばなくたって」


 彼女は優しく微笑みながら、こちらへ歩み寄り、


「ちょっと散歩しましょう」


 そう言って、俺の手を引いてくるのだった。


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