パニックと困惑と恐怖で、俺の意識は朦朧としていた。
視界がグルグルと回ってるような感覚と、止まらない発汗に、荒い呼吸。
おおよそ他人から見れば、俺はまごうことなき狂人なんだろうと思う。
制服のブレザーを着たまま、雨も何も降っていないのにずぶ濡れ状態でもある。
返り血を洗い流すために、何も脱がずにシャワーを被ったのだ。
幸い血液は紺色に隠れ、その赤を表さずにいる。
だったら、そもそもシャワーなんて浴びなくてもよかったのに。
そう思ったものの、思考と体の運動が今は連動しておらず、俺はただ呆然としながら、思いついたことを思いついたままに行動として移していた。そこに正気の合理性などは皆無だ。
そんな状態で、茜の家から出る。
笹。
浮かぶのは、記憶の中で一ページだけ記された一人の女の子。
何だかんだ、俺は茜のことが好きだった。
でも、茜は動かなくなった。
喋ることもできない。
だから無理。
今は誰かと会話しないと気が狂いそう。
もう狂ってるけど、もっと狂いそう。
おかしくなりそう。
立ってられないくらいに。
意識が体の中で弾けそうなくらいに。
「笹」
夜闇の漂い始めた世界の中で、ぽつりとその子の名前を呼ぶ。
すると、だ。
「何ですか、蒼先輩?」
背後から、聞き慣れた声がする。
俺はすぐにそっちの方へ振り返った。
「笹……」
「聞こえてますよ。何度も呼ばなくたって」
彼女は優しく微笑みながら、こちらへ歩み寄り、
「ちょっと散歩しましょう」
そう言って、俺の手を引いてくるのだった。