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第57話 可愛いアクセサリー

 その日の夕焼けは、いつもより赤黒く見えた。


 綺麗なオレンジじゃなく、禍々しい何かを感じさせるものだ。


 けれど、その赤黒さは初めて見た色というわけじゃない。


 記憶の奥底にある何か。


 茜。


 そうだ。


 今日の夕日の色は、かつて見た茜の血液の色に似ていた。


 俺のせいで流血しても、茜は笑ってる。


 それが怖くて、けれども俺の心は笑う茜のおかげで不必要に軽くなって。


 いつしか無意識に考えてたんだろう。


 茜なら、何をしても許してくれる、と。


 彼女に隠されてる歪な何かを見極めることもせず、ただ怠慢に、自分の抱える寂しさや苦しさに負けながら。どんな時も。






●〇●〇●〇●〇●〇●






 茜の家のインターフォンを鳴らす。


 少し躊躇はしたものの、覚悟は既に決まっていた。


 俺は言う。今日、幼馴染との関係を絶つための言葉を。


「おい。なんでお前が押してんだよ。何度も言うが、今あいつと付き合ってるのは俺だぞ? わかってんのか?」


「……知らねーよ。そんなこと今どうでもいいし、なんでついて来てるんだ。浮気男が」


「るせぇよ! お前が茜の家に行くってんだからついて行くのは当たり前だろが! 別に俺たちゃまだ別れてねぇし、間男が茜の家に行って何するつもりなのか、しっかり確認しなきゃいけねぇからな! 変なことは絶対させねぇ!」


 チンケな独占欲を披露するバカの相手はここまでだ。


 俺は嘆息し、それ以上言葉を何も返さなかった。茜からの返事が無かったので、もう一度インターフォンを鳴らす。


 すると、だ。




『いらっしゃい。蒼』




 やや掠れた声が機械越しに返ってくる。


 茜だ。間違いない。


 俺は咳払いし、約束通り来た旨を伝えようとするのだが、


「おい! 茜! お前、何やってんだ!? 自分のしたことわかってんのか!? 何で別れた元恋人自分んちに呼んでんだよ!? 浮気か、浮気だってのか!?」


 俺を押し退け、インターフォンの機械へ顔を近付けながら叫ぶ竹崎。


 無様なもんだ。結果的にこんなことになるとはな。


『うふふっ。竜輝くんもこんにちは。どうして来たのかな? 呼んでないよね?』


 竹崎の発言をまるで無視し、問いかける茜。


 その様に、奴はうろたえていた。そして、怒気を顔ににじませる。


「どうして来たのかな、じゃねぇよ! 俺の質問に答えろ! 浮気かって聞いてんだ!」


『浮気なんて私してないよ? 何言ってるの?』


 クスクス笑いながら言う茜。


『私と竜輝くんの関係って、元から遊びだったよね? あなたは他の女の子に手を出していたし、私も蒼のことずっと追ってた。そこに恋愛感情なんてどこにもないし、それが本当のところじゃなかったの?』


「っ……! お、お前……!」


『それにね、竜輝くん。私、気付いてたんだよ? あなたが私へ近付いて来た理由』


「な、何だと……!?」


『あなた、私を自分のモノにして、ステータスにしようとしてたんだよね? ほら、岡城茜はすごく可愛いから』


「っ……!!!」


 わかりやす過ぎだ。反応でそれが本当だったとすぐにわかる。


『けど、面白かったよ? 私としても、蒼が昔の蒼へ戻るキッカケを探してたし、そのタイミングであなたが言い寄ってきたからね。あ、ちょーどいいやーって思った。感謝はしてるよ。その目的は達成できたし』


「お、お前……! だったら、俺を利用したって言いたいのか……!?」


『だからそうだって言ってるでしょ? 私、同じことを二回言うのは嫌い。わかったら帰って? 今日は蒼と二人きりで過ごす予定だから』


 厳しすぎる一言だった。


 嗤い交じりに冷たく言い放たれる茜の本音。


 複雑な心境だ。ざまあみろ、と思うものの、それはわずかで、今からこの女を自分が相手にしなければならないと考えると、冷や汗が頬を伝った。


「……っくしょ……」


「……?」


「っくしょ……! ちくしょうが! てめぇ、このビッチ! 今すぐ面見せに来いコラァ! 舐めやがってぇ!」


 ヤケクソと言うほかない。


 壁を殴り、インターフォンの機械へ罵倒文句をでかい声で並べる竹崎。


 明らかに近所迷惑だ。


「おめぇ俺のこと好きだって言ってやがっただろうが! あれは嘘か! このビッチ!」


『あははっ。嘘に決まってるじゃん。ふふふっ』


「死ねよコラ! クソッ! クソッ! クソがぁぁぁっ!」


 ガツン、と鈍い音がした。


 煽るように言う茜の言葉を受け、竹崎は石壁を思い切り殴りつけたのだ。


 拳からは血が流れてる。


 奴は肩で呼吸していた。


『竜輝くん。そんなに悔しい? アクセサリーが手のひらから転げ落ちるの』


「くっ……! くそっ……! くそぉ……!」


『プライドが傷付けられたってやつなのかな? あは』


「……っ!」


 茜はインターフォン越しにため息をつく。


 けれど、そのため息は決して本心から呆れてるものとは言い難く、どこか楽しみながらのため息だった。


『なら、いいよ』


 え……?


『竜輝くんも入ってきなよ。うち』


「――!」


 嘘だろ……? 何でだ。


 顔をうつむかせながら悔しがってた竹崎の目の色が変わる。


 茜は続けた。


『だから、もう大声は出さないで。近所迷惑だし』


 間違いない。


『今から玄関開けるね』


 言って、彼女はインターフォンの電話を切る。


 しばらくして、扉からガチャリと音がした。


 鍵が開けられ、茜が姿を現したのだった。


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