気分が悪い。
もう何も考えたくない。
その二つの言葉が頭の中で漂い、支配してる。
笹と夜を過ごし、茜と対峙したあの日から数日。
俺は自分がどういった選択を取ればいいのかわからず、笹に守られるような形で毎日を送っていた。
絶対に一人で茜の家に行くべきじゃない。大人に言えばどうにかしてくれる。誰か力になってくれそうな人に相談しよう。
そうやって笹は言ってくれるのだが、俺には気軽に話せる親もいないし、赤の他人に相談したところで本気になって解決まで導いてくれるとは思えない。
それに、相手はあの茜だ。
相談した大人がアイツに狙われでもしたら危険すぎるし、俺はその責任を取り切れない。
大樹なら、とも思ったが、友達を危険にさらすことなんてできるはずもなかった。
だから、この問題を大きくすることは絶対的に悪手だ。俺一人でどうにかしないといけない。
いけないのだが……。
「笹……」
俺の膝の上に頭を乗せ、目元を腫らしたまま眠る女の子の名前をポツリと呟く。
ここは笹の家で、笹の部屋の中。
学校が終わって、すぐここへ帰った。
俺の家は頻繁に行けない。隣に茜がいるから。やっぱり危険だって前のことで改めて思った。
「……ごめん、笹……」
笹の髪の毛を撫でながら、俺はまた一人で呟く。
さっきまで、俺たちは少し言い合いをしてた。
この状況をどうにかするには、やっぱり俺が茜の家に行くしかない。
そう告げると、笹はそれに対して猛反対。
――絶対に何かされる。何かされた後じゃ遅い。俺が傷付く姿はもう見たくない。
そうやって言い、俺も、だったらどうするのか、と反論して堂々巡りだった。
バカだな、と我ながら思う。
笹が涙ながらに止めてくれてたのに、俺はどうしてああ意固地になったんだろう。
いや、理由はわかってるか。
俺はもう、笹と正式な恋人になりたいんだ。
だから、そのために茜と完全に縁を切る必要がある。
私の方が恋人に相応しいだの、絶対に離れないだの言う茜と縁を切るには、アイツの言うことを飲んでやったうえで関係を解消するしかない。
じゃないとどんなことをしてくるのかわからない。
それで俺は笹と喧嘩してまでも自分の意見を通そうとした。
……なら、もうくよくよしてる暇はないんじゃないか?
早いところすべてを終わらせた方がいい。
笹が眠ってるこの隙に。
「……ごめん、笹……」
もう一度、さっきと同じように謝った俺は、好きな女の子を抱きかかえ、ベッドに寝かせてあげた。
そして、簡単な置手紙をする。
この内容を見た時、笹はどんな反応を示し、どんな応えをくれるだろう。
わからない。わかるようで、わからない。
でも、不思議とスカッとした。
やれることはすべてやった。
彼女の元へ帰ってきた時、俺はきっと笑えてるはずだ。
そう考えると、笑みがこぼれた。
しっかりとすべてを終わらせて返って来るよ、笹。
心の中で告げ、俺は一人で部屋を出た。
●〇●〇●〇●〇●〇●
「おい。ちょっと待てよ」
もう少しで茜の家へ辿り着く。
そんなタイミングで、ふと背後から声を掛けられる。
振り返ると、そこには見慣れた奴が一人で立ってた。
竹崎だ。
「……何だ、お前か。また来るだろうとは思ってたけど、あいにく今は急いでる。相手してやれそうにないんだが」
「てめぇの都合なんて知るかよ。もっかいタイマン張らせろ」
「……じゃあな」
「おい、待てや! 逃げてんじゃねえぞ、クソ!」
くだらない挑発にも乗らず、俺はそそくさとまた歩き出す。
が、竹崎は足音を鳴らし、こちらへ走って来た。
で、俺の背中を殴りつけてくる。
「っ……!」
わかってはいた。攻撃されるだろう、と。わかっていながら、俺は奴に背を見せて歩き出したんだ。
息を荒くさせ、やってやった感を出しながら笑う竹崎。
俺はよろけながら、奴の方へ振り返った。
そして一言投げてやる。
「満足したか?」
「っ……! あぁ!? 何だと!?」
「満足したかって聞いてんだよ。前、俺にボコられた仕返しがしたかったんだろ? どうだよ? 気は晴れたか?」
「て、てめぇ……! バカにしてんのか!?」
「バカになんてしてない。どうでもいいだけだ。お前のことなんて」
「なっ……!」
「それよりも、俺は今から大事な用がある。茜の家で」
「あ、茜の家……だと!?」
「そうだよ。真剣なやり取りだ。だからもう、今はもう俺に構うな。相手なら後でいくらでもしてやるから」
言って、俺は竹崎の返答を待たずして歩き出した。
本当だったら、また来た時に茜の本性を知らせてやろうかと思ってたんだが、もはやそんなことに意味はない。
やらないといけないことはこの先。茜の家の中にある。
「ちょっと待て」
歩き出した矢先で、懲りずにまた俺を呼び止めてくる竹崎。しつこすぎるだろ、こいつ。
俺は足を止めず、返事もしない。そうすると、奴の方から俺へ駆け寄り、言ってきた。
「お前が行くのなら、俺も行く」
「……は? 茜の家へ、か?」
「そうだ。あいつと今付き合ってるのは俺だ。だから見過ごせるわけもねぇ」
「やめとけ。お前はもう茜の中で何でもない存在なんだ」
「るせぇよ! てめぇに何がわかんだ!」
「最近あんまり相手されてないんだろ? 茜に」
「お前が他の女に手出してること暴露しやがったからな!」
「いや、相手されない理由はそれじゃないよ。最初から茜はお前に興味がなかったんだ」
「あ……!?」
「……まあ、この話はもうしなくていい。とにかく急ぐ。ついて来ても、たぶん竹崎は家の中入れないよ」
「どういうことだよ、それ! さっき言ったことも意味不明だしよぉ!」
「知らない方がいいこともあるからな。言わないでおいてやる。お前は平和に生きとけ」
「あっ! おい、ちょっと待てっつってんだろが!」
ついてくる竹崎を振り切るかのように、俺は先を急いだ。