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第55話 最後の提案

 その告白は何の前触れもないものだった。


 月光に晒されながら、目の前に立つ幼馴染をまじまじと見つめる。


 ここにきて茜の本質に気付くことになるとは微塵も思ってなかった。


 どうして俺の幼馴染は酷いことをしてきたのか。


 どうしてこんな風に自傷行為じみたことをするようになったのか。


 そのすべてが俺のせいであったなんてこと、なかなか気付けない。


 言われないと気付けるはずが無かった。


 それもそうだ。


 幼かった俺は精神的に追い詰められてたし、色々な困難を回避する知識も、余裕もなかった。


 元凶は俺。


 茜をおかしくしたのも、こんな状況を招いたのも、すべてが俺のせい。


 そう考え始めると、途端にめまいがする。


 どうしていいのかわからない。


 何をすべきなのか。どう行動していくべきなのか。


 いや、もしかしたらそんなのはもう手遅れなのかもしれない。


 策を施すなんて小手先のことで現状は変えられない。


 だったら俺は――




「蒼先輩……!」




 ぐるぐると淀んだ思考の中にいたところで、横から声を掛けられる。


 ハッとしてすぐにそっちを見やった。


 笹がいる。


 それもそうだ。俺はこれから彼女とコンビニに行こうとしてたんだから。


「大丈夫ですか……!? さっきからふらついて……」


「う、うん……。大丈夫……大丈夫だよ……」


 嘘だ。本当は全然大丈夫なんかじゃない。


 周りにあるもの。ずっと傍にいてくれてる笹でさえも、俺を責め立ててるような、そんな感覚に陥ってる。まともに彼女を見ることができなかった。こんなのは初めてだ。


「ねぇ、蒼? 大丈夫? 私も心配だよ? 何なら、笹ちゃんよりも蒼のこと心配してる」


「適当なこと言わないでください! 茜先輩が今さら蒼先輩にやれることなんて何もないんですから!」


「あるよ? あなたなんかよりもぜーんぜんね。ふふっ」


 言って、茜は俺たちの方へ歩み寄って来た。


「く、来るなっ! 来ないで! もう私たちに関わらないで!」


「あははっ。おもしろーい。私たち、だなんて。どうして笹ちゃんが蒼と一緒にいることになってるのかな? 蒼はずっと前から私のもので、私が一番蒼のこと知ってるのに」


「や、やだっ! お願いだから……来ないでっ……!」


「笹ちゃん。蒼と一緒にいるには、普通じゃダメなんだよ? 普通の人が傍にいるだけじゃ、蒼は満たされない。本当の蒼は、ずっとずっと寂しがり屋なんだもん。何でもしてあげる女の子じゃないと」


 語りながら近付いてきてた茜が俺たちのほんの目の前で立ち止まる。


 そして、不意に笹のことを抱き締めた。


「――っ!?」


 笹は体を硬直させ、最初はその身をよじるも、茜に耳元で何か言われて怯え、静かになった。


「笹ちゃんは小さくて可愛いね。うふふっ。お人形さんみたい」


「や、やめっ……!」


「これなら蒼がちょっとその気になるのも頷けるかも? ふふっ。少し嫉妬しちゃうなぁ」


 そう言った次の瞬間だった。


 唐突に茜は笹の唇に自らの唇を重ね合わせた。


 ――キス。


 そういうほかない。


 俺は体を動かすことができなかった。


 頭の中では笹を助けようとする思考が湧き出るのだが、なぜかそれを行動に移せない。


 体が茜に操られてるみたいだった。


 茜の流し目を見て、金縛りにあった感覚。


 体中から冷や汗だけが浮かび上がる。


「んんっ……はっ……あ、あめっ……!」


「はぅっ……んっ……くふふっ……かわいい……んっ」


 長いキス。


 そのおぞましさと恐怖に笹の心はむしばまれていってる。


 瞳の端からは涙が浮かび、それが頬を伝って流れていた。


 だが、それでも茜はキスをやめない。


 笹が茜に襲われてる。


 その事実を受け、俺の体は次第に動き始めた。


「やめろよ!」


 叫び、思い切り笹から茜を引き剥がす。


 後退し、下をぺろりと出す茜に対し、笹はよろけながら倒れそうになる。俺はとっさに彼女の体を支えた。


「やめろ……やめろよ! なんで笹にこんなことする! 訳のわからないことすんなよ!」


「訳がわからないことはないよ。その子があまりに蒼くん蒼くんって言うから、蒼くん成分を抜き取ってあげようと思ったの。一番あなたを愛してるのは私だから」


「し、知るか! 愛してるとか、そんなこと言われても俺は……」


「責任が取れない?」


 核心を突くように言う茜。


 完全に図星だ。俺は目線を斜め下へやる。


 それを見て、茜は面白げに笑った。思うつぼだ。


「いいよ、そんなの。責任なんて別に感じないでよ蒼。蒼は私をサンドバッグにしてもいいし、ボロ雑巾みたいにヤリ捨ててもいいんだから。今さら何言ってるの」


「っ……。だ、だからそういうのを俺は……」


「やめろ? もうやめてくれ、と?」


「……」


 無言の肯定。頷くに頷けない。


 だが、茜はそれに対して首を横に振った。


「それは無理かな。さすがにやめられない」


「っ……!」


「つまりそれって私が蒼くんの元からいなくなるってことだよね? あははっ。無理無理。それだけは無理だよ。言ったでしょ? 例え何があろうと、私はあなたの傍にいる。ズタズタにされても、殺されても、魂だけになってでも私は蒼くんから離れない」


「そ、そんな……」


「だって私たち、幼馴染だもん。ずっと、ずーーーっと、一緒にいないといけない二人だから」


 もはや返す言葉が無かった。


 俺は……本当にどうしたらいいんだ。


「でもね、蒼くん。それでも蒼くんが私から離れたい。離れて欲しいって言うのなら、一つだけ方法がある」


「ほ、方法……?」


 藁に縋るように疑問符を浮かべるのを見て、茜はニヤッと笑った。そして頷く。


「また今度、いつでもいいから私のおうちへ来て。たった一人でだよ? 笹ちゃんを連れてきたらダメ。絶対ね」


「あ、茜の家……」


「そ。そこで、あることを受け入れてくれたら、私は蒼くんから離れます。簡単でしょ?」


「か、簡単って……! ちょ、ちょっと待って! あることってなんだ! それを聞かないと簡単かどうかなんてわからな――」


「そこはシークレット。でも、簡単なのは簡単だから。ね?」


「っ……!」


「私のおうちに一人で来て。それだけだから」


 そう言って、茜は微笑を浮かべたまま、俺の頬を撫でるのだった。


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