あれから数日経つが、竹崎竜輝は俺の前に現れなかった。
俺に仕返しするための策を奴なりに練ってるのか、それとも時間が経って俺への怒りが薄れたのか、それとも別の理由なのか、どれかはわからない。
ただ、一つ言えるのは、彼がこのまま消えることはないだろう、ということだ。
もう一度、必ず竹崎竜輝は俺の前にやって来る。
それは恐らく唐突に、だろう。
それでいい。
唐突にやって来たところで、俺が本当に見せたかったものを見せてやろうと思う。
いつだってそうだ。
クズとクズは惹かれ合うんだから。
●〇●〇●〇●〇●〇●
「おい、蒼。蒼!」
昼休み。
一人で窓の外を眺めながらボーっとしてたのだが、肩を揺らされてハッとする。
大樹だった。
大樹が俺の肩を揺さぶってきたらしい。
「何だよ? 何か用か?」
「おいおい。用が無きゃ話しかけちゃダメってか、親友?」
「いや、いいけど。できるならタイミングとか考えてくれ。俺は今一人でいたかったから」
言うと、やれやれ、と首を横に振って呆れる大樹。
見れば、教室の出入り口には笹の姿がある。
「もしかして、笹が来たってこと伝えに来てくれたとかか?」
「せーかい。けど、それだけじゃねえぜ? 最近お前、なーんか雰囲気変わっちゃったからな。心配だなってところもあって、声掛けちゃった。てへ」
「てへ、じゃないっての。声掛けてくるのは毎日だろ。そりゃありがたいけどさ」
「素直でよろしい。で、雰囲気変わったのは何でだ? 何かあった? 例に漏れず話なら聞くぞ? 前、広報部の部室でも色々あったんだし」
言われて思い出す。
色々あったって言っても、会話の中でごたついただけだ。別に俺は今さらどうとも思ってない。
俺と違って、大樹は大樹なんだから。
「なんか、アレだ。中学の頃……というか、幼馴染と付き合う前のお前に戻ったって感じ。刺々しかったろ? あの時の蒼」
「……そりゃそうもなるんじゃないか? 今は茜と付き合ってないんだし」
「って言っても、人が変わり過ぎだ。親友としては心配になる。今じゃなくてもいいから、色々話してみろ。んで、もっと遊びに誘え。気分転換の相手くらい俺がいくらでも務めてやっから」
「……お前には天井がいるだろ。俺の相手してたら彼女が今度は寂しがるぞ」
「ばっか! そんなの理由は言ったらさっちゃんも許してくれるって! 何だかんだ、あいつも蒼のこと心配してんだし!」
「…………それは、何かを偽って、とかじゃなく?」
「……はい?」
口をポカンと開け、大樹は疑問符を浮かべる。
俺は続けた。
「俺と茜が広報部の部室に出入りしてた時、お前と天井も茜とはつるんでだろ? 俺のいない時も。そこで、あいつに変なことを吹き込まれたりしてなかったのか、あるいはそれを吹き込まれたうえで、何かを隠しながら俺のことを心配してる体でいるんじゃないか。そう聞いたんだ。違うのか?」
「は……はぁ?」
場の空気が冷えだしてるのがわかった。
ダメだ。やめとこう。今ここで大樹を問い詰めたって仕方ない。そういう空気でもなかったし。
そう思い、「いや」と話を中断させようとしたのだが、「ちょっと待て」と大樹が止めてくる。
「それどういうことだ? 何で今そんなこと聞くんだよ?」
「別に。大樹には関係ない」
「あるって。岡城さんがいた時のことだろ? 大アリだ。またなんか彼女に言われたのか?」
「違う。いいから離してくれ。笹も来てんだ。待たすわけにはいかない」
「なら俺もお前について行く。別にこんな真昼間からやましいことするわけじゃないだろ? 蒼が事の詳細を話すまで、俺はお前から離れないぞ」
「やめろって。勘弁してくれ」
「いいや。勘弁しない。明らかに今のお前は変だ。ちゃんと話せ」
「いいって! 勘弁してくれって言ってんだろ!」
気付けば俺は叫んでいた。
ワイワイと騒がしかった教室内が一気にシンとなる。
皆、会話を中断させてこっちを見てきている。
居心地はかなり悪い。
「……っ。大樹、お前には感謝してる。だからこそだ。だからこそ、俺の問題には首を突っ込んで欲しくない。もちろん、天井にも」
「蒼……」
「俺も悪かった。自分から変な疑い掛けたのに。すまない」
言い残して、俺はそそくさと大樹の前から立ち去る。
教室の出入り口のところで待機し続けてくれてた笹の手を引き、廊下を歩いた。特に行き先などは決めてなかったけど。
●〇●〇●〇●〇●〇●
「……蒼先輩?」
「……何?」
「その……ごめんなさい」
「いきなりだな。どうかした? 突然謝るって」
「遠藤先輩と言い合いになってたから……私のせいかなって……」
そう言われて、俺は立ち止まった。笹もそこで立ち止まる。
「笹のせいにはならないだろ。ただ教室に来ただけだし」
「でも、私が行ったから二人が話すことになって、それで……」
思わずクスッと笑ってしまった。
「大丈夫だよ。そこまで言い出したらキリがない。大樹とは毎日会話してるんだし、ああなったのはたまたま。喧嘩してるってわけでもなかったんだから」
「そうなんですか……? 喧嘩はしてなかったんだ……」
「うん。何? 俺と大樹って喧嘩してると思われてた?」
問うと、曖昧に頷く笹。
どうやら前の広報部の部室でのことを言ってるらしい。その程度のものだ。
「全然気にしなくていい。そうじゃなくて、あれはちょっと俺が変なこと聞きすぎた。色々過敏になっちゃってるんだよ、今は」
「過敏に……」
「ほら、近頃は色々あっただろ?」
「………………」
無言のままに笹は頷いた。
いつもより元気がなく、俺の様子を探りながら会話してるのもわかる。
でも、それが何よりの証拠だった。
俺は……いや、俺たちの周りでは、最近色んな事が目まぐるしく起こってる。
まあ、それをすべて意図的に起こしてるのは俺なわけだけど。
「……最近……というか、昨日ですか。LIMEがあったんです。佳澄ちゃんから」
「……うん」
「蒼先輩にメッセージを送ってるけど、なかなか既読を付けてくれない。どうしてるんだろうって」
「ブロックしたよ」
「え……?」
「ブロックした。もう会話する必要もないし、これ以上俺が彼女と絡むのも色々問題だと思ったから」
そう言うと、笹は呆気に取られたような、不安げな表情で俺を見つめてくる。
そして、気まずそうに目を逸らし、「そうなんですね」と小さな声で言った。
「これから先は、もう笹だけでいいかなと思ったんだよ。LIMEでやり取りするの」
「……へ……?」
「裏切ることがない人とだけメッセージのやり取りをしてたい。LIMEの中でも強がったりするの、疲れたんだよね」
「蒼先輩……」
「案外限界近いみたいなんだ……俺」
「っ……」
訪れた沈黙と共に、俺は笹の体を抱き寄せた。
廊下には俺たち以外誰もいない。
窓の外でサラサラと風で木々が揺れる。
笹も俺の背に手を回し、ギュッと力を入れてくれてるのがわかった。
落ち着く。
こうして、信用できる人とだけずっと一緒にいられれば、俺はそれで――
「……? 笹……?」
抱き合ってるところだった。
笹の体がビクッと震え、固まったのがわかった。
表情は見えなかったけど、様子がおかしくなったのには気付く。
彼女を体から離し、表情を見るのだが、それはどこか怯えたものになり、向こうの廊下の先を見つめている。
「どうかした、笹?」
「い、いえ……あの……」
「……?」
「さ、さっき……向こうの方で……茜先輩が見てたので……」
茜……?
言われて、俺もすぐに笹の指さす方を見るが、そこに岡城茜の姿はなかった。
笹は怯えた様子で続ける。
「なぜか……笑ってました……。私たちの方を見て……」
「……」
「あ……はは……何でだろ……震え止まらないです」
「笹……?」
「遠藤先輩……言ってましたよね? さっき……教室で……蒼先輩に様子が変だって」
「……うん」
「それ……私もなんです……。私も……兄が先輩に殴られてるの見て……そこからおかしくなって……」
「……」
「でも……決して悪い気持ちは全然なくて……む、むしろ清々しかったんですけど……それで何かが壊れちゃった気もして……」
「笹……」
「ははは……はは……な、何でだろ……ふふふ……思い出したら……笑いも止まらないんです……へ、変ですよね……ふふふふっ……ふふ」
異様な光景だったのは間違いない。
口元を抑え、笹は怯えながらも笑ってる。
どうしてそうなったのかは、なんとなくわかった気がした。
だからこそ、俺はこう提案したんだ。
「ねぇ、笹?」
「は……はい……。何でしょう……蒼先輩……」
「今日の放課後、俺の家に来てもらうことできるかな?」
「先輩の……家?」
頷くと、笹は口元を抑えたまま頷き返してくれた。「はい」と。
何をするのか、何のためか。聞きたさそうにしながらも、それを聞いてはこない。
なんとなくで、たぶんわかったんじゃないかと思う。
俺もそれ以上は何も言わなかった。