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第51話 笑う茜と変わった二人

 あれから数日経つが、竹崎竜輝は俺の前に現れなかった。


 俺に仕返しするための策を奴なりに練ってるのか、それとも時間が経って俺への怒りが薄れたのか、それとも別の理由なのか、どれかはわからない。


 ただ、一つ言えるのは、彼がこのまま消えることはないだろう、ということだ。


 もう一度、必ず竹崎竜輝は俺の前にやって来る。


 それは恐らく唐突に、だろう。


 それでいい。


 唐突にやって来たところで、俺が本当に見せたかったものを見せてやろうと思う。


 いつだってそうだ。


 クズとクズは惹かれ合うんだから。






●〇●〇●〇●〇●〇●






「おい、蒼。蒼!」


 昼休み。


 一人で窓の外を眺めながらボーっとしてたのだが、肩を揺らされてハッとする。


 大樹だった。


 大樹が俺の肩を揺さぶってきたらしい。


「何だよ? 何か用か?」


「おいおい。用が無きゃ話しかけちゃダメってか、親友?」


「いや、いいけど。できるならタイミングとか考えてくれ。俺は今一人でいたかったから」


 言うと、やれやれ、と首を横に振って呆れる大樹。


 見れば、教室の出入り口には笹の姿がある。


「もしかして、笹が来たってこと伝えに来てくれたとかか?」


「せーかい。けど、それだけじゃねえぜ? 最近お前、なーんか雰囲気変わっちゃったからな。心配だなってところもあって、声掛けちゃった。てへ」


「てへ、じゃないっての。声掛けてくるのは毎日だろ。そりゃありがたいけどさ」


「素直でよろしい。で、雰囲気変わったのは何でだ? 何かあった? 例に漏れず話なら聞くぞ? 前、広報部の部室でも色々あったんだし」


 言われて思い出す。


 色々あったって言っても、会話の中でごたついただけだ。別に俺は今さらどうとも思ってない。


 俺と違って、大樹は大樹なんだから。


「なんか、アレだ。中学の頃……というか、幼馴染と付き合う前のお前に戻ったって感じ。刺々しかったろ? あの時の蒼」


「……そりゃそうもなるんじゃないか? 今は茜と付き合ってないんだし」


「って言っても、人が変わり過ぎだ。親友としては心配になる。今じゃなくてもいいから、色々話してみろ。んで、もっと遊びに誘え。気分転換の相手くらい俺がいくらでも務めてやっから」


「……お前には天井がいるだろ。俺の相手してたら彼女が今度は寂しがるぞ」


「ばっか! そんなの理由は言ったらさっちゃんも許してくれるって! 何だかんだ、あいつも蒼のこと心配してんだし!」


「…………それは、何かを偽って、とかじゃなく?」


「……はい?」


 口をポカンと開け、大樹は疑問符を浮かべる。


 俺は続けた。


「俺と茜が広報部の部室に出入りしてた時、お前と天井も茜とはつるんでだろ? 俺のいない時も。そこで、あいつに変なことを吹き込まれたりしてなかったのか、あるいはそれを吹き込まれたうえで、何かを隠しながら俺のことを心配してる体でいるんじゃないか。そう聞いたんだ。違うのか?」


「は……はぁ?」


 場の空気が冷えだしてるのがわかった。


 ダメだ。やめとこう。今ここで大樹を問い詰めたって仕方ない。そういう空気でもなかったし。


 そう思い、「いや」と話を中断させようとしたのだが、「ちょっと待て」と大樹が止めてくる。


「それどういうことだ? 何で今そんなこと聞くんだよ?」


「別に。大樹には関係ない」


「あるって。岡城さんがいた時のことだろ? 大アリだ。またなんか彼女に言われたのか?」


「違う。いいから離してくれ。笹も来てんだ。待たすわけにはいかない」


「なら俺もお前について行く。別にこんな真昼間からやましいことするわけじゃないだろ? 蒼が事の詳細を話すまで、俺はお前から離れないぞ」


「やめろって。勘弁してくれ」


「いいや。勘弁しない。明らかに今のお前は変だ。ちゃんと話せ」


「いいって! 勘弁してくれって言ってんだろ!」


 気付けば俺は叫んでいた。


 ワイワイと騒がしかった教室内が一気にシンとなる。


 皆、会話を中断させてこっちを見てきている。


 居心地はかなり悪い。


「……っ。大樹、お前には感謝してる。だからこそだ。だからこそ、俺の問題には首を突っ込んで欲しくない。もちろん、天井にも」


「蒼……」


「俺も悪かった。自分から変な疑い掛けたのに。すまない」


 言い残して、俺はそそくさと大樹の前から立ち去る。


 教室の出入り口のところで待機し続けてくれてた笹の手を引き、廊下を歩いた。特に行き先などは決めてなかったけど。






●〇●〇●〇●〇●〇●






「……蒼先輩?」


「……何?」


「その……ごめんなさい」


「いきなりだな。どうかした? 突然謝るって」


「遠藤先輩と言い合いになってたから……私のせいかなって……」


 そう言われて、俺は立ち止まった。笹もそこで立ち止まる。


「笹のせいにはならないだろ。ただ教室に来ただけだし」


「でも、私が行ったから二人が話すことになって、それで……」


 思わずクスッと笑ってしまった。


「大丈夫だよ。そこまで言い出したらキリがない。大樹とは毎日会話してるんだし、ああなったのはたまたま。喧嘩してるってわけでもなかったんだから」


「そうなんですか……? 喧嘩はしてなかったんだ……」


「うん。何? 俺と大樹って喧嘩してると思われてた?」


 問うと、曖昧に頷く笹。


 どうやら前の広報部の部室でのことを言ってるらしい。その程度のものだ。


「全然気にしなくていい。そうじゃなくて、あれはちょっと俺が変なこと聞きすぎた。色々過敏になっちゃってるんだよ、今は」


「過敏に……」


「ほら、近頃は色々あっただろ?」


「………………」


 無言のままに笹は頷いた。


 いつもより元気がなく、俺の様子を探りながら会話してるのもわかる。


 でも、それが何よりの証拠だった。


 俺は……いや、俺たちの周りでは、最近色んな事が目まぐるしく起こってる。


 まあ、それをすべて意図的に起こしてるのは俺なわけだけど。


「……最近……というか、昨日ですか。LIMEがあったんです。佳澄ちゃんから」


「……うん」


「蒼先輩にメッセージを送ってるけど、なかなか既読を付けてくれない。どうしてるんだろうって」


「ブロックしたよ」


「え……?」


「ブロックした。もう会話する必要もないし、これ以上俺が彼女と絡むのも色々問題だと思ったから」


 そう言うと、笹は呆気に取られたような、不安げな表情で俺を見つめてくる。


 そして、気まずそうに目を逸らし、「そうなんですね」と小さな声で言った。


「これから先は、もう笹だけでいいかなと思ったんだよ。LIMEでやり取りするの」


「……へ……?」


「裏切ることがない人とだけメッセージのやり取りをしてたい。LIMEの中でも強がったりするの、疲れたんだよね」


「蒼先輩……」


「案外限界近いみたいなんだ……俺」


「っ……」


 訪れた沈黙と共に、俺は笹の体を抱き寄せた。


 廊下には俺たち以外誰もいない。


 窓の外でサラサラと風で木々が揺れる。


 笹も俺の背に手を回し、ギュッと力を入れてくれてるのがわかった。


 落ち着く。


 こうして、信用できる人とだけずっと一緒にいられれば、俺はそれで――


「……? 笹……?」


 抱き合ってるところだった。


 笹の体がビクッと震え、固まったのがわかった。


 表情は見えなかったけど、様子がおかしくなったのには気付く。


 彼女を体から離し、表情を見るのだが、それはどこか怯えたものになり、向こうの廊下の先を見つめている。


「どうかした、笹?」


「い、いえ……あの……」


「……?」


「さ、さっき……向こうの方で……茜先輩が見てたので……」


 茜……?


 言われて、俺もすぐに笹の指さす方を見るが、そこに岡城茜の姿はなかった。


 笹は怯えた様子で続ける。


「なぜか……笑ってました……。私たちの方を見て……」


「……」


「あ……はは……何でだろ……震え止まらないです」


「笹……?」


「遠藤先輩……言ってましたよね? さっき……教室で……蒼先輩に様子が変だって」


「……うん」


「それ……私もなんです……。私も……兄が先輩に殴られてるの見て……そこからおかしくなって……」


「……」


「でも……決して悪い気持ちは全然なくて……む、むしろ清々しかったんですけど……それで何かが壊れちゃった気もして……」


「笹……」


「ははは……はは……な、何でだろ……ふふふ……思い出したら……笑いも止まらないんです……へ、変ですよね……ふふふふっ……ふふ」


 異様な光景だったのは間違いない。


 口元を抑え、笹は怯えながらも笑ってる。


 どうしてそうなったのかは、なんとなくわかった気がした。


 だからこそ、俺はこう提案したんだ。


「ねぇ、笹?」


「は……はい……。何でしょう……蒼先輩……」


「今日の放課後、俺の家に来てもらうことできるかな?」


「先輩の……家?」


 頷くと、笹は口元を抑えたまま頷き返してくれた。「はい」と。


 何をするのか、何のためか。聞きたさそうにしながらも、それを聞いてはこない。


 なんとなくで、たぶんわかったんじゃないかと思う。


 俺もそれ以上は何も言わなかった。


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