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第50話 ブロックと次へ

 杉原佳澄。


 彼女にとっての幸せは何なんだろう。


 竹崎の幼馴染をしていて、奴と恋人同士になったのはいいものの、結局浮気をされて別れた。


 愛情が憎しみに変わってもおかしくない出来事だと思う。


 信じていたのに裏切られたのだから。


 でも、杉原さんは、結局のところ、竹崎に刃のような憎しみを抱き切ることができなかった。


 中途半端に落ち込み、中途半端に悩み、そして中途半端なまま俺に協力してくれた。


 ――『まだアタシは竜輝のことが好きなんだと思う』


 今の彼女の姿を見てると、俺にそう言ってきてくれてるようだ。


 傷付いた竹崎を介抱してあげてるその姿を。


「ぐっ……く……! おまえ……だけは……絶対許さねぇ……! 絶対……絶対に……!」


 杉原さんに起き上がるのを手伝ってもらいながら、俺を睨み付けてそう言ってくる竹崎。


 もう殴ったりする気は起きない。


 俺は鼻で笑い、興味なく奴の方を見ながら返した。


「……勝手にしろよ。ていうか、まだ喋れるんだな。虫の息のくせに」


「陰で……! 陰でネチネチやりやがって……! 俺は……お前みたいな奴が……死ぬほど嫌いなんだよ……! 覚悟……しとけ……! 今度……お前の不意を突いて……ぶっ殺してやるからな……!」


「ははっ。陰湿なやり方する俺が嫌いなくせに、自分も陰湿なやり方で返すのか。お笑いのつもりか? だとしたら結構面白いんだけど」


 笑いながら言ってやると、よろよろなまま俺に突っかかってこようとする竹崎。


 が、傷付いてるので当然それも叶わない。


 その場でまたバタッと倒れ、杉原さんが心配そうにして、もう一度起き上がらせてあげてる。


 救われないよ、ほんと。この人も。


「いいよ。竹崎竜輝。俺が憎いなら、いつでもどんなやり方でもいいからかかってくるといい。けど、そのたびにあんたは後悔することになるし、たぶん二回目以降は喧嘩を売ろうとも思わなくなるはずだ」


「それは……また暴力で返り討ちにするからってこと……?」


 竹崎の代わりとばかりに杉原さんが問うてくる。


 俺は「いや」と否定した。


「そんなことはもうしない。そうじゃなくて、こっちも色々考えてんだ。攻撃してくるなら、俺はその隠してることをやってくよって言ってる。それはたぶん、竹崎にとってグーで殴られるよりもきついはずだよ」


「どういうこと……? きついことって、それはいったい――」


「これ以上は言わない。あんまりペラペラ話すのも違うし。ただ、楽しみだってんならまた今度殴り込みにおいでよ。その時に教えてあげるからさ。竹崎竜輝」


 笑み交じりに言うと、竹崎は心底悔しそうに、しかし何か俺へ言葉を掛けるわけでもなく睨み続けてきた。


 まあ、こいつにはこれくらいでいいだろう。


 元より興味も大してない。


 ほんめいが待ってる。早くあいつのところに行かないと。


「じゃあ、そういうわけだ。色々楽しかったよ。これで俺も多少はすっきりした。ずっと殴ってやろうとは思ってたから」


「っ……! ま、待てやぁ……!」


「恨み節ならもう聞かないよ。飽きたし、わかったろ? 俺に何言っても無駄だって」


「お前じゃねぇ……! お前は……もう……ぶっ殺すって決めた……! そうじゃなくて……笹……お前だよ……!」


 名指しされ、笹は竹崎を冷ややかな目で見つめながら首を傾げた。


「何?」と冷たく一言放って。


「何、じゃねぇよ……! 裏切りモンのバカ妹が……! そんな男について行ったって……ろくなことがねぇぞ……! わかってんのか、お前はよ……!」


「そんなの、ろくでもないあんたから言われたくないんだけど」


 笹が返すと、くっくっ、と竹崎はボロボロなままで笑う。


「ぜってぇ……オヤジは悲しむだろうなぁ……! お前が……そんな男とつるんでるって知ったら……! 不幸になること……間違いないからなぁ……!」


「蒼先輩。もう行きませんか? 私、もうこの人と会話したくないです」


 ハッキリと言って、笹は俺の腕を抱いてくる。


 まあ、だろうな。


 笹のお父さんがどうとか、一緒に住んでない竹崎がどうこう言ってくるのも腹立たしいだけだろう。


 これ以上は特に用もない。


 杉原さんにしろ、お役御免だ。そろそろ行こう。


「わかった。なら、そういうことだから。俺たちはここで」


「あっ……! た、瀧間く――」


「杉原さんも。色々ありがと。ここから先はもう大丈夫」


「え……?」


「これ以上は俺と一緒にいない方がいい。こっちもやろうとしてることを止められたくないし、杉原さんにも悪いと思うから。だから、ここまでだよ」


 君はそこにいて欲しい。


 邪魔だとは言わない。


 けど、ついて来てもらっても困る。


 そういう意味を込めて俺は言った。


 彼女もそれを察したのか、踵を返す俺のことを呼び止めたりはしてこない。


 ただ、何か言いたげな杉原さんの表情を見て、後日LIMEで一言だけメッセージを送った。


 本当にありがとう、と。


 それから、俺は彼女のことをブロックした。


 もう関わる気はない。その意思を示したのだった。

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