竹崎と付き合っている女子三人は、非常に物わかりのいい子たちだった。
ファミレスで俺と別れた後、すぐさま竹崎を問い詰めるような内容のLIMEメッセージを送ってくれ、しっかりとその証拠を俺に提示してきた。
思った通り竹崎は動揺し、状況に困惑。
三人の中で一番気の強かった茶木とは見るに堪えない暴言メッセージの応酬を繰り返し、しっかり者の相崎とは短いやり取りで最終的に未読無視、気の弱い上川とはそもそもやり取りをせず、既読だけ付けて逃げた形だった。わかりやすい奴だ。
そうして、そんなわかりやすい奴が次にとる行動なんてどんなものかは想像ができる。
「おい! ちょっと待てお前らァ!」
放課後の時間を使い、笹と杉原さんを引き連れながら、あえて芝野井高校周辺の公園で会話をしていたタイミング。
背後からけたたましい声を掛けられる。
俺は思わず笑いそうになりながらもそれをこらえ、奴――竹崎の方へと振り返った。
「ん? あぁ、久しぶりだな」
とぼけながら軽く挨拶をする俺だったが、竹崎は歯ぎしりし、鬼のような形相でつかつかとこちらへ歩み寄り、何も言わずに胸ぐらを掴んできた。
傍にいた笹は敵意の視線を奴へ向けながらも怯えており、杉原も自分のしたことを自覚してるからか、かなりキョドっていた。
大丈夫だ。何も心配いらない。
「久しぶり、じゃねえんだよ……! てめぇだろ……!? 俺の女共にめんどくせぇこと吹き込みやがったの……!」
「女共? はは、何だよ? もしかして浮気でもしてたのか?」
「どこから仕入れやがったその情報……! 吐け……! 吐かねぇと半殺しにするだけじゃ済まさねぇぞてめぇ……!」
「吐くも何も、あんたが欲しがってるモノなんて俺は吐けないよ。残念ながら」
「うるせぇ! さっさと吐けっつってんだ! くだらねぇことばっかべらべら喋りやがって! 幼馴染の女俺に寝取られたダサ男がよ! 気色悪ぃんだよ! いつまでも粘着しやがって!」
「も、もうやめなよ竜輝! 喧嘩なんかしたって何も――」
「お前は黙ってろ! 裏切りモンが口挟んでくんじゃねぇ!」
止めようとしてくれた杉原さんを一喝し、また俺の方へ睨みを利かせてくる竹崎。
「全部知ってんだよ……! この女とお前がつるみだしたのも、全部俺を出し抜こうとしてるからだろ……!? 俺を陥れようとしてるからだろ……!?」
「杉原さんのことは今関係ない」
「関係ないとかじゃねえ! 生意気なんだよてめぇは!」
言って、掴んでいる俺の襟元を引っ張り上げてくる竹崎。
癪だ。
俺もやられっぱなしは気が済まない。
奴の腕を掴み、力を込めて握り返す。
「そうやってお前は今までも力任せに色んな人を傷付けたり、好き放題してきたんだろうな。手に取るようにわかるよ」
「あぁ!? ――……っ!」
さらに力を込めて握り返す。
竹崎の顔が次第に苦々しいものへと変わっていき始める。
「あんた、さっき俺のことを半殺しにしたいって言ってたよな?」
「それが何なんだってんだ……!」
「半殺しにしたいってことは、自分が半殺しにされる覚悟もあるってことだ。やるんなら徹底的にやろう」
「んだと……!?」
「はっ。何だよその顔? まさか、自分にだけ殴る権利があると思ってたわけじゃないよな? だったらそれは勘違いだぞ?」
竹崎が喧嘩をしようと言うのなら、断りもしないし逃げもしない。
むしろこのタイミングを待ってた。
ひたすらに事実を並べ、奴を絶望させてやろうと思ってたけど、それだけじゃやっぱり飽き足らない。
笹と杉原さんには申し訳ない。
喧嘩するところまでは見せようと思ってなかったんだ。
ただ、俺は精神的に竹崎が死んでいく様を見せてあげたかった。
だから今日は一緒に三人でいたんだけど……まあいいか。
ごめん。
●〇●〇●〇●〇●〇●
「ぅぐ……がっ……」
「……ほら、どうしたよ。もう終わりか?」
「お、おま……く、くそが……」
「終わりかって言ってんだよ。なぁ」
馬乗りになった状態で言って、瀕死の竹崎に力の入った拳をもう一度叩き込む。
そのタイミングで、血相を変えた杉原さんが悲鳴を上げながら俺の体に覆いかぶさるようにして止めてきた。
うしろの方にいた笹は、怯えながらただただ俺と竹崎のことを見つめている。
こんな時でもあの子は俺から目を逸らさないでいてくれるらしい。
それは憎かった兄を断罪してくれている最中だからだろうか。
それとも、こんな俺でもずっと傍にいてくれるっていう意思表示?
あるいは――
「どうしたの、瀧間くん! こんなの瀧間くんらしくないよ! やめてよ、もう!」
訴える杉原さんは涙ながらにそう言った。
そこで俺は初めて自分がやり過ぎたのかもしれないという思いに至った。
申し訳なくなる。
でも、それと同時に情けなく顔を腫らせて転がってる
これでいい。だって、前からこいつにはこうしてやりたかったんだろ?
心の中でもう一人の自分が囁いた気がした。
「…………そうだね……」
「……わ、わかってくれた……?」
「……? あぁ……うん。わかった。大丈夫だよ。ちょっと今までの積み重ねのせいで熱くなっただけ。もうこんなことしない」
俺がそう言うと、杉原さんは一瞬だけ安堵し、次は倒れている竹崎の心配をしてあげてた。
この人は本当に優しい。
だからこうして彼氏色に染まるし、色々と尽くしてくれるんだろう。
……けど、杉原さん。そんなことじゃ、いつまで経っても自分の幸せを逃すだけだよ。
「………………」
ねぇ、笹? 君もそう思うだろ?
見つめる先にいた笹は、微かに怯えたまま、それでも俺を……俺だけを肯定してくれるみたいにして、頬を若干染めた顔で眺めてくれていた。
今までに見たことが無いほど、病的なまでに濁ったその瞳で。