初めて会う女子と面と向かって会話する。
そんなこと、以前までの俺ならきっとできなかったはずだ。
いや、たぶん中身の何もないようなうすら寒い世間話ならギリギリできたか。
相手の機嫌を逆撫でするような強引な会話は少なくともできなかったと思う。
俺が今からしようとしてるのは、そういうことだ。
三人の女子に対して、それを行う。
竹崎竜輝に浮気されてるとも知らず、自分だけが奴のことを全部知ってると思い込んでる哀れな女子たちに。
「……あんたが……瀧間蒼……?」
ファミレスの隅っこの席で窓の方を眺めながらコーヒーを飲んでると、ウェーブのかかった髪の毛を伸ばす派手めな女の子に声を掛けられた。
まずは一人来た。こいつの名前は確か……
「ああ。俺だ。瀧間蒼。今日は悪い。初対面だろうに、人を挟んで呼び出したりして」
俺がサラッと言うと、茶木は座る前に血相を変え、テーブルを叩きながら俺へ主張してきた。
「ほんと、どういうことなの!? 杉原さん……だっけ!? あんたあの女と繋がってるんでしょ!? あいつ、何なの!? 瀧間蒼、あんたに会わないと竜くんに過去の遍歴とか全部バラすって脅されて、それで仕方なく来たけどさぁ!」
声が大きい。辺りの客が怪訝そうにこっちを見てるのがわかる。
俺は一呼吸置き、冷静にジッと彼女の目を見据えた。
「どういうことなのかは今から全部話す。それよりも、そんな大声で人の名前を出すな。後々自分の首を絞めることになるぞ」
「は……!? 何それ、どういう――」
「あ、あの……」
茶木が話してるタイミングで、二人の女子が不安そうな顔をしながら声を掛けてきた。
まさか二人一緒に来てくれるとは。
「何、あんたら?」
俺へ向けてた攻撃的な視線のまま、声を掛けてきた二人を睨み付ける茶木。
上川は怯えるようなリアクションをし、相崎は一瞬怯みながらも、しっかりと茶木を睨み返しながら応戦した。
「何って、ウチたちこの瀧間蒼って人に呼ばれて来ただけなんですけど?」
「は? あんたも!?」
「だから声が大きいってさっきから言ってる」
「ちょ、待って!? うしろのあんたも!? 何、どういうことなのかホント早く説明しろよ!」
まるで俺の話を聞かず、でかい声で追及してくる茶木。
場所を変えるべきだったかもしれない。彼女らの細かい性格なんてものまでは、杉原さんから教えてもらえない。このまま騒がれても面倒だ。
「話ならする。けど、お前が静かに聞けないってのなら黙っておくよ。声もでかいって言い続けてる」
「お、お前……!」
「今から俺のしようとしてる話は、少々衝撃的なことだからな。一々でかい声で反応されてたら敵わないよ。ここまで来たのが無駄足になってもいいなら、それはそれで構わないけどな」
「っ……!」
言うと、茶木は悔しそうに俺を睨み、大人しく席に着いた。
「わかったよ……! 静かにする。静かにするから、さっさと話せ。私、今日は竜くんと一緒に帰るのとか断ってまでここへ来たんだから」
「え……?」「竜くん……?」
茶木の放ったセリフに、立ったままの相崎と上川が反応してた。
それもそうだろう。この二人だって竹崎と付き合ってるのだから。
「オーケー。なら、二人も早いところ座ってくれ。大事な話をする」
「う、うん」「はい……」
頷き、相崎と上川は席へと腰掛けた。
よし。舞台は整ったな。
「相崎さんと上川さんにも、一応茶木さんと同じことだけ言っとく。今日は初対面の俺のところへ来てくれてありがとう」
茶木以外の二人は何か言いたげながら、また頷いてくれた。
俺は続ける。
「面倒な前置きはこれくらいにして、さっそくだけど、今日俺が人を介しながら君たち三人と会った理由を話すよ」
「早く話せって」
茶木が口を挟むが、無視してさらに続けた。
「単刀直入に言う。君たち三人は、今付き合ってる男から浮気されてる」
場がわかりやすく凍り付いた。三人の表情も呆気に取られたようなそれに変わり果てる。
「竹崎竜輝。彼と今付き合ってるのは、茶木さん、相崎さん、上川さん。そして、ここにはいないもう一人の女。岡城茜って奴だ」
「……ちょ、ちょっと……ちょっと待って……?」
相崎さんがすぐさま俺に言ってくる。
「どういうこと……? 話が唐突過ぎて……ウチ今パニックになってる……。竜輝と付き合ってるのが……ウチと茶木さんと上川さんと……岡城さんって人……? 何……? 何のことなのか、訳が……」
「だとは思う。いきなりそんなことを言われても、脳の処理が追い付かないってのはわかる。でも、本当のことなんだ。君たち三人が付き合ってる竹崎竜輝って男は、君たちと岡城茜を加えた四人と同時に交際してる。いわゆるクズ男なんだよ」
「そ……そんなこと……そんなことないと思います……。りぃ君が浮気してるだなんて、そんなの私、信じられない……」
「上川さん。残念だけど真実だよ。その証拠に、ほらこれ」
言って、俺は杉原からもらった三枚の写真を三人に見せてやった。
一気に彼女らの顔から血の気が引いて行く。見せたのは、竹崎がそれぞれの女の子と歩いてるところ。すべて杉原が撮影したものだ。
「編集とか、加工なんてのもしてない。正真正銘の浮気現場。これで理解してくれただろ? 俺が嘘なんてついてないってこと」
「お前……でもこれ……どうやって撮影したんだよ……!? それに、そもそもどうやってアタシたちが竜くんと付き合ってるだなんてこと知って――」
言いかけて、ハッとする茶木。
まさか、と口元を震わせながら呟いた。俺は頷く。
「そう。そのまさか。君らを脅してここへ来させた杉原さんっていたろ? 彼女は元々竹崎と付き合ってたからね。彼の情報収集に関してはもはやプロ並みと言っていい。逃げられるはずないんだよ。竹崎くんはさ」
「そ、そんな……」
相崎が絶望しきったような顔で呟き、場は完全に沈黙と化した。
そして、十秒ほど経った後、俺は口を開く。
「腹が立たない? 君たち、浮気されて、騙されてて」
三人が一斉にうつむかせてた顔を俺の方へと向ける。
「三人の気持ち、痛いほどわかるんだ。元々、俺は竹崎に付き合ってた彼女を奪われた。さっき言った、岡城茜って子だったんだけどね」
「なっ……! そ、そうだったのか……!?」
傷心の中、茶木は俺に哀れみの目を向けながら心配するように言ってくれた。
俺は頷き、あくまでも微笑を浮かべたまま続ける。
「幼馴染だったんだ。茜は。けど、とある理由から、俺は彼女を竹崎に寝取られた。本当にあるんだよ、寝取られって。ずっとフィクションか何かかと思ってたのにさ」
「……なるほどな。だったら……わかるよ。初対面のアタシらを呼び出して……こういうこと教えてくれる理由……」
「そっか。わかってくれたか」
「あ、ああ。あんたも復讐したいんだな。竜輝に」
茶木の言葉を受け、俺は一瞬疑問符を浮かべる。
それから、いやいや、と手を横に振った。
「そういうわけじゃない。俺はあんなのに対して復讐したいわけじゃないんだ」
「「え……?」」
相崎と上川の声が重なる。
俺は軽くクスッと笑い、
「俺が復讐したいのは、茜だよ。岡城茜。俺にとってはすべての元凶なんてあいつなんだ。竹崎なんて奴はどうでもいい」
言って、「あ」と呟く。これだけは伝えとかないと。
「でも、そんな虫けらも気に食わない。色々俺の中にゴタゴタを起こしてくれた存在として、最低限苦しんで欲しいんだ。あと、もう一つは君たち三人に対して同情してるって思いもある。協力はするよ。竹崎を吊るし上げることに関しては」