翌日の朝。
目を覚まし、眠気眼のままスマホを手に取って画面を見ると、LIMEの通知が何件か入っていた。
笹と、それから杉原さんからだ。
笹の方はいつも通り『おはようございます』っていう挨拶とスタンプなのだが、杉原さんの方は、少しばかりの長文を送ってきてる。
送信時間は深夜の二時半か。その時間はもう寝てた。申し訳ない。
杉原さんとのチャットルームを開き、内容を確認する。
【遅い時間にごめん。突然なんだけど、今日のこと、やっぱり無かったことにした方がいいかな? 瀧間くんが笹ちゃんと仲良くしてるのはアタシもよく知ってるし、笹ちゃんが瀧間くんのこと好きなのも理解してる。それなのにあんなことしたのがバレたら、アタシもだけど、瀧間くんだってマズい……はずだよね?】
【大丈夫。瀧間くんが昨日アタシにお願いしてきたことに関しては、きっちりやり遂げてみせるから】
【何だかんだ言っても、アタシはあなたのこと好きだし】
メッセージはこんな感じだった。
上体だけを起こしてたところから、俺はまた仰向けになって再び寝転がる。
そして、天井を見上げながら一つ息をついた。
「………………」
少しして、画面をタップし、文字を打ち込む。
【マズいよ】
……違うな。
消して、また別の文字を打ち込む。
【大丈夫】
これも違うか。
再度消して、結局俺が送ったのは、何かに思案するキャラクターの描かれたスタンプ一つだった。
今はこれでしか彼女に自分の考えを伝えられない。
杉原さんに対して浮かぶ感情は、すべて本当で、すべて嘘のような気がしたから。
●〇●〇●〇●〇●〇●
その日の昼休み、俺は教室を抜け出て、中庭の一角で笹と一緒に昼食を摂っていた。
互いに当たり障りのない会話を繰り広げ、核心に触れないような、本音から逃げたつまらないやり取りが続く。
けれど、それも最初のみで、徐々に世間話に花を咲かせ、竹崎や茜のことなど忘れかけて笑い合ってた。
駅前のあの店には最近新作のスイーツが出て、それでも笹は少しばかり体重が気になってて、それは俺もなんだ、というそんな話。
いいダイエット方法がないか、スマホで調べ、笹に見せてあげようとしてた時だった。
ふと、スマホにLIMEの通知が届く。
杉原さんからだ。
「……? LIMEですか? 蒼先輩?」
「……うん。親からだ。今日は早めに帰って来て欲しいだと。やってもらいたいことがあるからって」
「えぇぇ~。せっかく駅前のお店に新作スイーツ食べに行きましょうって話してたのに~」
「はは。そうじゃなく、今してたのはいいダイエット方法がないか探してたんだろ? 食べちゃダメだ。俺も食べたいけど」
「ちぇ~」
ムスッとする笹。
俺は苦笑し、チラッとスマホの画面を見やる。
また長文だが、序文を見てつまらない内容じゃないことはわかった。
さっそくやってくれたみたいだ。彼女。
「ちょっと笹、俺トイレに行ってくる。すぐ戻るから、ここで待ってて」
「え。なら、私もついていきます」
「いやいや、男子トイレには入れないから。すぐ戻るって。ここに居て」
さらにムスッとする笹をなんとか置いて行き、俺はトイレへ向かった。
尿意も便意もないが、とりあえずそこで杉原さんへメッセージを返す。そうしよう。
急いでトイレに辿り着き、個室へ入る。で、すぐさまスマホを開いた。杉原さんからのメッセージ内容を確認する。
【竜輝くんが今付き合ってる女の子の人数は、茜さんを除外すると全部で三人。その三人ともと連絡が取れる状態になった。同じ学校だったから、割と簡単だったよ】
さすがの一言に尽きる。
俺は【ありがとう】と感謝のメッセージを送り、さらに要求した。
【ごめん。次々言って申し訳ないけど、彼女らの詳細がわかったら、また連絡して欲しい。俺のこともしっかり三人に伝えて】
【うん。わかった。わかったんだけど、瀧間くん】
【どうかした?】
【お礼が欲しいです。要求するのも卑しいけど】
間髪入れず、何も感情を挟まずに俺はメッセージを返した。
【色々言っときながら、結局求めるんだね?】
【ごめんなさい】
【いいよ。なら、また今日の放課後会おう】
【笹ちゃんはいいの?】
【余計な心配はしなくて大丈夫。とにかく、放課後ね】
言って、了解のメッセージを確認したところで、俺は財布の中身を確認。
一番端の小さなポケット。ここに以前からずっとコンドームを隠し持ってた。
一、二、三枚ほどある。なら、これで足りるか。
ゴムの量を確認し、俺は笹のところへ戻った。
すべては計画を完了させるために必要なことだ。
そのためなら、手段を選んでられない。鬼にでも、何でもなってやる。