笹のお父さんと会話し終えた後、俺はすぐに自分の家へ帰ろうと思ったが、それよりも先に、二階の自分の部屋で待機しててくれた笹の元へ足を運んだ。
「笹、ごめん。今、お父さんとの話終わった」
部屋の扉をノックしながら言うと、少しの間の後、笹が姿を見せてくれる。
無理もない話だが、ムスッとして、不服そうな顔をしてた。
「私を除け者にして、二人で何話してたんですか?」
「除け者って訳じゃないと思うんだけど……」
「除け者ですよ。でも、蒼先輩は悪くないですよね。悪いのはパパです。私の前でできないような話って、いったいどんなやましいことを先輩に言ってたんですか。気になるんですけど」
「……(汗)」
俺のことを悪くないって言ってくれるのはありがたいんだが、圧をかけるように顔を近付け、接近してこられたら、気分は悪者みたいなものだ。
俺は口元を引きつらせつつ、やんわりと笹の誤解を解いてあげることにする。
「別にお父さんはやましいことなんて何も言ってないよ。言ってないけど、シンプルに君がいたら恥ずかしかったんだと思う。話してくれた内容ってのも、自分の不甲斐なさに関してと、笹を大事に思ってるってことがわかるものだったから」
「……そんなの……私何も気にしないのに」
「笹が気にしなくても、お父さんは気にするんだよ。それだけのこと。だからさ、そんなご機嫌損ねないで。笑顔プリーズ」
冗談っぽく手をクイクイさせながら言うも、笹は呆れたようにため息をつき、
「……無茶言わないでください。除け者にされた直後に笑顔とか作れないですよ。私、蒼先輩には半端な笑顔とか向けたくないので」
「何そのプロ意識。じゃあ、いつも見せてくれてるのは本気の笑顔なんだ?」
「それはそうです。悔いのないよう、一回一回可愛いって思ってもらえるような笑顔作りに勤しんでます。なかなか大変なんですから」
「それ、聞きたかったような、聞きたくなかったような……」
「そういうことなので。今日は笑顔無し。蒼先輩、今からもう帰っちゃうんでしょ? 私、家まで送っていきます」
「え、家まで? 笹が?」
「はい。何か問題でも?」
「問題なら大アリ。夜も深まってるってのに、いたいけな後輩女子に家まで送ってもらう男子がどこにいるのって話だよ。いいから。笹はこのまま家に居てくれ。玄関まで見送ってくれるだけでいいから」
「ですけど……」
「けども何も無い。お父さんも玄関のとこで待ってくれてる。行こう」
言って、先に歩き出そうとする俺だったが、ふと足を止める。いや、止めざるを得なかった。
「……待ってください」
笹が俺の服の裾を引っ張ってきてたのだ。
俺は彼女の方を見て、首を傾げる。どうかしたのか、と。
すると、笹は懇願するような目で俺を見つめながら、こう言った。
「でしたら、すぐそこの公園まででもいいです。私、蒼先輩ともう少しだけお話がしたい」
「……笹……」
「ファミレスで、会いたくない人と会っちゃったので」
責任を取ってくれ、とも捉えることができる。
まあでも、それもその通りだ。
半ば無理やり笹を竹崎に会わせてしまった。その償いくらいはするべきだろう。仕方ない。
俺は笹のお願いを聞き入れ、二人で玄関まで下りるのだった。
●〇●〇●〇●〇●〇●
「……寒い。秋の夜ってこんなに寒いんですね。ちょっと薄着過ぎたかもです」
「……うん。羽織るもの、何か貸そうか?」
「そんなの持ってるんですか?」
「一応持ってる」
「すごいですね。さすがは蒼先輩です。頼りになります」
クスッと笑いながら言う後輩女子に、俺はカバンから取り出したセーターもどきを渡す。
言っとくが、ちゃんと洗濯して、まだ俺も使ってない綺麗なやつだ。使用済みなんかじゃない。使用済みだとしても、汚いってわけじゃないと信じたいが……。
「じゃん。見てください、だぼだぼ(笑) やっぱりちょっと大きいですね」
「いいじゃん。なんか彼女感あって可愛い」
「え。ほんとです?」
「うん。このまま今夜はお持ち帰りコースある」
「嘘ぉ……? なら、私も今夜は特別に安くしときます。無料でどうぞ」
「言い方よ。しかも無料って」
「先輩だけですよ? きゅるん♡」
「はいはい。ありがとね」
笑みを浮かべながら冗談を言い合う俺たち。
この様子だと、表面だけじゃあ笹はそこまで傷付いたり、落ち込んだりしてるようには見えない。
けど、さっき家を出る前に弱音を吐いてたところを見ると、今のこの感じが強がってるだけのようにも見えるのだ。
一呼吸置き、遊具に座り込んで、夜空を見上げながら俺は彼女へ言葉を投げる。
「ごめん」と。
「いきなりですね。謝罪からですか」
「実際悪いことしたしな。目的のためとはいえ、笹に辛い思いさせた。真っ先に謝るべきだよ。てか、正直遅いくらい」
「まあ、私はそこまで気にしてないですよ? 気分は落ち込みましたけど」
「それって気にしてるってのと同じ括りにしていいと思う。俺が謝ったのは正解っぽい。笹が許してくれるか否かは別として」
「全然許します。というか、許さないなんて選択肢はないので安心してください。私、ほとんど蒼先輩のイエスマンなので」
「だったらなんで公園に呼んだんだ?」
「それは決まってますよ。口直しみたいなものです。嫌な人に会ったら、好きな人と会話して気分を上げるんです。簡単でしょ?」
普通に流れで聞いてくるなぁ、この子は……。
俺は頭を軽く掻きつつ、笹から視線を外す。
「言葉として見たらね。あと、好きな人って……。そういうの、もう隠さないんだな」
「今さら隠しても意味ないので。先輩が了承さえしてくれれば、いつでも付き合えるとこまで準備しとくことにしました。いいですよね?」
「……そ、そう聞かれましても……」
「いいって言って?」
「いい」
即答。なんかもう反射的に答えてしまった。
笹は幸せそうにニマーっとニヤけ、うんうん頷く。
これもう告白なんじゃなかろうか、と思うけど、今はそこのところを深く考えるのはやめておくことにした。それ以上何も言わない。
「でしたら、蒼先輩。私、いつでも待ってますからね? 先輩がその気になった時を」
「……っ」
「どんな形でもいいです。蒼先輩が頼ってきたら、私は必ず受け入れますから」
ハグ待ちみたいに両手を軽く広げて言う笹を俺は見ることができない。
ただ、何度も頷くことによって了解の意を表する。
恥ずかしすぎた。こんな形の男女関係もあるんだな、と自分のことなのに俯瞰的に考えてしまう。
その後も、俺たちはひたすら冗談の混ざったような会話を繰り返した。
実のない内容ではあったが、笹の楽しそうな顔を見て、俺も安堵した。
俺にとっての一番は君だ。
それは言うまでもない。
言うまでもないのだが……ごめん。
心の中で謝りながら、途中、俺はLIMEで杉原へメッセージを送るのだった。
『話がある。明日の放課後、時間取れないか』と。