「いやぁ、それにしても急な話で悪かった。その、本当に大丈夫かい? 親御さんに連絡したとはいえ」
「大丈夫です。夕飯も食べて帰るとは元々言ってましたし、俺自身、笹さんのお父さんとは一度お話ししたいと思ってたので」
ファミレスから出て、今いるのは笹の家のリビング。前、夕飯をごちそうになったテーブル席にて、笹のお父さんと二人きりで向かい合って座る。
笹は二階の自分の部屋へ行った。
待ってて欲しい。瀧間君と二人で話がしたいから、とお父さんに言われ、彼女は素直に従った形だ。
「それでその……お話というのは?」
「うん。正直、僕も君へ何から話していいのかはわからない。ただ、最初にこれだけは言っておきたいんだ」
「……?」
「笹のこと、色々とありがとう。話は聞いてたよ」
「……え。話、ですか?」
「ああ。楽しそうに、瀧間蒼という先輩によくしてもらってる、とね。男だと聞いて、最初は『何だと?』って思ったんだけど、娘から話を聞くにつれ、いい子なんだろうな、と考えを改めてた。今日は会えて嬉しいよ」
「い、いえ、そんな……。よくしてもらってるのはむしろ俺の方です。いつも娘さんには元気をもらってて」
「……そうか。なら、よかったよ。うん」
言って、マグカップに入れていた湯気の立つコーヒーを口にする笹のお父さん。
俺は彼から少しばかり視線を外し、苦笑した。
「申し訳ない。勝手ながら、君が苦労してるって話は既に娘から聞いてるんだ。大変な思いをしてるところ、娘は君を助けたいという思いから近付いたらしい。それは……聞いてるかい?」
「……いえ。ただ、そうなんだろうな、というのは娘さんの言葉の節々から感じられますので、そこは察せられるところではあります。こっちから何かしたのかって言われると、大したことは何一つしてなくて、一年くらい前、高校のオープンキャンパスの時、娘さんに俺が何気なくかけてあげた言葉が良かったみたいで」
「へぇ。そういうことがあったんだね」
「はい。ただ、俺は本当に何気なく話しただけのつもりだったので、そこまで娘さんの心に響く何かを与えようとしたとか、そういうのは一切なかったんです。結果として、それが色々良かったというだけの話で」
「はは。そうか。そうだったんだ」
「すみません。適当に手を出した、みたいな言い方になってしまって……」
申し訳なく言うと、笹のお父さんは「いやいや」と手を軽く横に振ってみせる。
「そういうのとは違うってわかってるよ。気にしないでくれ」
「い、いえ……」
「恐らく、僕が君の立場であっても同じような謝り方をしてたと思う。何かとそっち方面では、君と似たような境遇だからね、僕も」
自虐的に笑いを作りながら言うお父さんだが、それに関してはなんて返せばいいのかわからなかった。
俺も苦笑いで濁しながら返すが、本当のところどうにも笑えない。ただただ苦しいってのが本音だ。
「至らない父親だ。僕のせいであの子にはかなり苦労をさせてる。別居してる息子にも同じことが言えるんだ。環境のせいで、息子は大きく変わってしまった。すべては妻との仲を維持できなかった僕のせいでしかない」
「息子さん……ですか」
「ああ。君たち、ファミレスにいる時、三人で話していたね。店外から見てたんだ」
「え……」
そうだったのか。登場の仕方といい、どことなくそんな気はしてたが。
「すまない。本当にありがとう。心の底から感謝してる。息子と娘がまた対面して会話をする日が来るなんて思ってもなかった。これも全部君のおかげだ。君がいなければ、こんなことにはならなかったはずだよ。ありがとう。本当にありがとう」
「え。あ、いや、俺は別に……」
「どういう経緯でそうなったのかはまるでわからないが、何か礼をさせて欲しい。感謝の言葉だけでは足りないから。……本当に……嬉しかったんだ」
「……」
「本当に……本当に……」
かけていたメガネを外し、顔を手で覆いながら肩を震わせるお父さん。
この人が大変な思いをしてきたというのは、笹から聞いた話からでも伺える。
実際に相対して会話するのは始めてだったが、それを如実に感じることができた。胸が痛むような思いに強く駆られる。
「……礼なんて俺には結構なんです。そんな大したこと、今までもしてきたつもりはないので」
「そんなことはないよ。そんなことはない。何でも言ってくれて構わない。それくらい、僕にとっては嬉しかったんだ。恩人と言っても過言じゃないくらいに」
それはどう考えても言い過ぎだ。
俺が笹を連れて竹崎と会ったのだって、二人の関係性をハッキリと把握しておきたかったからでしかない。
笹には辛い思いをさせるかもしれないが、考えてる報復がどれだけの効果を発揮させるのか、そこのところを知りたかったんだ。
結果として、俺はそこでしっかりと情報を得ることができた。
竹崎が笹に向ける好感度と、それから茜に向けてる好感度。
概ね必要な情報と、さらなる情報収集のツテはそろった。
俺の心づもりもできてる。
「まあ、でもそうだよな。礼がしたいと言っても、いくら何でも急だったね。悪い。僕にできることの範囲だけど、思い付いたら何でも言って欲しい。それまでは僕も全然待つから」
ごめんなさいお父さん。
俺、本当にそんな大層な人間じゃないんです。
「すみません、お父さん。して欲しいこと、言ってもいいですか?」
「ん。ああ、もちろん。何か思いついたかい?」
「これから先、娘さん……笹さんと一緒にいてもいい権利、いただけませんか?」