「……あ? 茜が浮気してるだと?」
オウム返しするように聞いてくる竹崎に対し、俺は奴の目をジッと見据えながら頷く。
竹崎の表情からは、ふざけた薄笑いが消えていた。睨むように俺を見つめてくる。
「突然何を言い出しやがる。あいつが俺に対して浮気って。証拠は? 証拠はどこにあるってんだ?」
「スイッター。知ってるだろ? 簡単に呟きができる、便利なSNSだ。あれで、茜は主要なアカウントとは別に、裏のアカウントを持ってる。そこで浮気に関することを言っててな」
「裏アカウント……? 茜が……?」
信じられないといった様子の竹崎。
ただ、その反応も無理はなかった。
岡城茜は、基本的にSNSを駆使して他人を罵倒したり、小汚いインターネットの誹謗中傷、承認欲求を満たすための行動をしない無垢なタイプだ。
彼女の裏を知るまでは、見た目や雰囲気、言動などから純粋な女の子であると信じて疑わない奴が大半だろう。
俺もついこの間まではそうだった。それこそ、竹崎に寝取られてしまうまでは。
「これだよ。茜の裏垢」
「……っ!」
鍵のかかった茜の裏アカウントを見せてやる。
そこに彼女の浮気がわかる詳細な呟きは表示されていない。鍵がかかって見ることができないんだから当然だ。
俺は、続いてLIMEを開き、杉原とのトーク画面を表示させた。
「杉原佳澄って女子の名前、当然お前は知ってるよな?」
「なっ……! 杉原……佳澄……だと? どうしてお前があいつのこと……!」
「なんで俺が彼女のことを知ってるかは今どうでもいい。お前の幼馴染で、元彼女みたいじゃないか。杉原さんからも俺は色々情報提供してもらってる」
「あ、あいつ……!」
「彼女は茜の裏垢と繋がってるらしくてね。知り合いの中で唯一この裏垢呟きを見れる人間でもある。で、彼女が送ってくれた茜の呟きがこれだよ」
「――!?」
表示させた画面を竹崎に見せる。
そこには、竹崎以外の男と撮ったラブホテルでの写真が映ってる。
さすがの奴も、これには動揺を隠せないようだった。
顔色を変えた後、強がるように笑みを浮かべる。
「っふ……。ふふ……。ははは……。面白れぇ……。面白れぇじゃんよ、あいつ」
「で、こんな一枚もある」
続けて見せたのは、例の『浮気彼氏と優しい私』のツイートだ。
「聞けば、お前も浮気してるらしいな。まさに同じ穴のムジナだ」
「っはははは! 笑っちまうよ! マジか! 俺、そこバレてたんか! はははははっ!」
なんとも軽く笑う竹崎に対し、俺の隣にいた笹が机を叩きながら奴を睨み付ける。
「何笑ってるの……? あんた、やってること最低じゃん。そんなんで、何が可笑しいっての?」
「いや、可笑しいだろ(笑) 茜も俺も浮気してて、俺の方はバレてるって爆笑。やっぱあいつ優しいんだな。それで俺と別れないんだ。魅力があんだろ。どっかの誰かさんとは違ってよ(笑)」
「……! もう、ほんと黙りなよ。どんだけ人のことバカにしたら済むの? 最低。母親に似て、最低で最悪な人間だよ!」
怒りをにじませながら言う笹だが、竹崎はそれでも鼻で笑い、妹からの罵倒をスルーする。
「そこはしゃーねえじゃん? 言ったっておふくろと血が繋がってるのは事実なんだし(笑) お前もゆくゆくはそうなんだって。俺やおふくろに似て、浮気したくなんだよ(笑) オヤジには誰一人似ない。それもそうだ。ワンチャン、あのおふくろのことだ。オヤジ以外からの子どもって可能性あるぜ、俺たち(笑)」
「……! ……う、うるさい……! うるさいうるさいうるさいうるさい!」
机を本格的に叩き、前のめりになって竹崎へ殴り掛かろうとする笹。
「笹!」
俺はそんな彼女を隣からなんとか抑え込み、落ち着かせるよう努める。
笹は俺に抑えられてからも、肩で呼吸し、涙を浮かべながら竹崎をこれでもかというほど睨んでいた。
向かい合ってる奴はそれでも変わらず薄笑いを浮かべるばかり。何を言っても無駄だった。
「パパだけは……! パパだけはバカにしないで……! あんたがバカにしないで!」
「はいはい。ごめんね、笹ちゃん。お兄ちゃんが悪かったって(笑)」
「っ~……!」
悔しがりながらも、笹の瞳からは涙がポロポロ零れ落ちる。
きっと、この子は家族のことで苦しい思いをし続けてきたんだろう。
それがこの涙に詰まってる気がした。
笹の手を優しく握ってあげる。
「へっ。てかよ、なんかシラけたな。別に俺、妹泣かす気とか一切なかったんだけど。もう帰っていいか?」
「……」
「話もそれだけだろ? しょーもねぇ。おい、寝取られ野郎。お前の予想は外れたな。茜が浮気してるってこと言って、俺にショックを与えたかったみたいだが、全然だ。浮気しようが何しようが、あいつが俺の傍に居るんだったら、俺はあいつを使い続けるだけよ。もちろん、オ●ホとしてだけどな(笑)」
ギャハハ、と笑い、席を立つ竹崎。
「あとだ。気ィ付けとけ? 今度俺に半端に絡んできやがったら、縛り付けて目の前で茜とヤってやる。お前の精神破壊してやっからな。覚えとけ?」
そう言って去ろうとする竹崎だが、俺は奴を呼び止めた。
待てよ、と。
「言っとくが、俺は今日お前にショックを与えようとか、そういうつもりで会話しに来たわけじゃない」
「あぁ? んだ? だったら何だってんだよ?」
「宣戦布告だよ。色々吹っ切れたし、近いうちにお前らには目にモノ見せてやる。その報告をわざわざしに来たんだ」
力強く、静かに言うと、竹崎はそんな俺をジッと見つめ、やがていつも通り鼻で笑い、去って行った。
気持ち悪い。
そう言い残して。
●〇●〇●〇●〇●〇●
竹崎が去って行った後、しばらく笹が落ち着くまで俺たちはファミレスに居続けた。
「ごめんなさい。蒼先輩。ごめんなさい」
笹は必要のない謝罪を俺に対して繰り返し、泣き続ける。
俺はそんな彼女の頭を撫でてあげ、何度も謝らなくてもいいことを繰り返した。
笹と竹崎。
不透明なところのあった二人の関係性が、今日で大方わかった。
やっぱり、二人の間にはどうしたって埋められない溝がある。
両親に関してもそうだ。
お父さんとお母さん。
一方的に裏切りを働いたのはお母さんの方らしい。
それもハッキリした。
辛いことだ。お父さんだけじゃなく、それは子どもである笹にもダメージがあったはず。
かけて上げられそうな言葉が簡単に浮かばなかった。ただ、頭を撫でてあげることしかできない。
そうして、二人で隣り合って座り続けてる時だった。
ふと、見知らぬ男性から声を掛けられる。
「ちょっと……いいかい?」
「……? はい、何でしょう?」
その顔はどこか誰かに似てる。
美形で、歳を取ってるが、若い時はかなりのイケメンだったと想像できる容姿。
スーツに身を包み、仕事帰りのような雰囲気を感じさせてくれた。
「君の隣にいるその子……」
「え?」
俺が疑問符を浮かべると、隣に座る笹が顔を上げ、目を丸くさせた。
「あ……。ぱ、パパ……」
「え……!?」
そこにいたのは、笹のお父さんらしかった。
俺は思わず頓狂な声を上げ、そのイケメンを見やるのだった。