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第38話 一番大切なのは君

 広報部の部室内にて。四人で会話をした後、俺は笹と二人きりで帰り道を歩いてた。


 辺りにはもう夜闇が本格的に降り立とうとしていて、隣を歩いてる笹の顔もあと三十分ほど経てば見えなくなってるだろうと思える。


 なのに……俺たちの間ではどことなく会話がいつもより少なかった。


 笹が茜と二人きりで会った時、自分はどこで何をしてたか。反対に笹は茜とこれからどうなっていけそうなのか。


 色々と聞くも、どれも濁したような回答ばかりで、彼女の本心が伝わってこなかった。


 顔もうつむかせていて、まるで自分自身を俺から隠そうとしてるみたいだ。


 本当は、俺とも一緒に帰りたくなかったのかもしれない。


 一緒に帰ろう、と誘った時も、一瞬少し戸惑って、それからぎこちなく頷いてた。


 明らかに茜と二人きりで会ってからおかしいのだ。


 歩きながら、核心を突くかどうか迷った。


 聞きづらいことではある。


 でも、俺は……もう……。


「あ、あのさ……笹……」


「……何でしょう?」


「その……これ……すごく聞きづらくはあるんだけど……聞いてもいい?」


「……どうぞ」


「……茜と二人きりで会って……なんかあった?」


「……え……」


「二人の会話内容、ボイスレコーダーに収めてあったところは聞いた。でも、録音してないところも当然あったよね? そこでその……何かあったのかなー……と」


 黙り込む笹。


 機嫌を損ねさせてしまったかと思ったが、間を開けた後に開口してくれた。


「どうして……そんなことを聞くんですか?」


「どうしてって……それは……」


「重要なのは録音したところだけだったし、私もそれを判断してさっき遠藤先輩や天井さんたちのいるところで聞かせたんです。他のところなんて、全然気にしなくてもいいのに」


 彼女の言葉に、俺は「いや」とし、続ける。


「そうじゃない。俺が今聞きたいのは、笹についてだ。なんか元気ないし、それは茜と会ってからっぽいから」


「……別に……そんなことはないです」


「そんなことあるよ。明らかだ。茜になんか言われたんじゃないかって心配になる。心配してる」


「で、でも、そんなこと今の蒼先輩には関係ないじゃないですか。あなたにとって大事なのは茜先輩のことで、ヨリを戻せるなら茜先輩の方がいいと思ってらっしゃってて、だから私なんて――」


「違う。そんなことないよ」


 立ち止まりながら言って、ハッとした。


 つい大きな声を出してしまった。


 辺りを歩いてた人たちにもジロジロと見られてる。いかん。


「……そんなこと……ないんだ」


「……なんで……どうしてですか……?」


「……」


「どうして……そんなことが言えるんです? 先輩にとって大事なのは茜先輩じゃないですか。優先順位だって茜先輩の方が上で、私はただの知り合い程度の先輩後輩関係の人間でしかなくて、一緒にいた時間も短くて、蒼先輩の好き嫌いもハッキリと把握しきれてなくて……それに……それに……」


「……笹……」


 声を震わせ、顔をうつむかせたままの笹。


 夜闇のせいでしっかり見えなくとも、彼女が泣いてたのはわかった。


 安心させたい。


 とにかく最大限の行動で示して、泣き止ませてあげたい。


 想いが零れ落ちそうになって、笹の華奢な体を抱き締めそうになる。


 手を伸ばしかけて、それを止める。


 恋人でも何でもない俺に、気安く彼女へ触れる資格なんてない。


 だから。だからこそ、やれる精一杯のことをしてあげようと思った。


 意を決する。


「そんなのは全部関係ないよ」


「……え……?」


「一緒にいた時間の長さとか、好き嫌いを把握してないとか、一切関係ない」


「……で、でも、それだと……」


「何なら、今の優先順位で言うと、俺の一番は笹だ」


 綺麗な目が見開かれた。


 それは夜闇の中でもわかった。


「俺たちはさ、色々と面倒で難しい状況に立ってる。だから、思い悩むのも無理ないと思うんだ」


「……っ」


「だけど、そんな中でも、俺の中で君はとっくの昔に一番守りたい存在になってる。嘘偽りない本当だ」


「う……嘘……」


 彼女の見開かれた瞳から一筋。


 涙が伝ったのが見えた。


 それを隠すかのようにうつむき、笹は言う。


 俺は首を横に振った。


「嘘じゃないよ。言った通り本当。俺、嘘ついたまま誰かと一緒に居続けられるほど器用じゃないから」


「……それも嘘。蒼先輩、すごく器用だよ。不器用で、人に上手く優しくできる人なんて、私見たことない」


「すごい偏見じゃん、それ」


「偏見でもいいし。蒼先輩の……ばか」


 ハンカチで目元を拭って、俺の方にゆっくりと歩み寄って来る笹。


 彼女は俺の目の前まで来て、やがて身をこちらに預けてきた。


「……だったら、証明してください。私のこと……抱き締めて?」


「……い、いいのか? そんなことして」


「いい。先輩今フリーだし、私がいいって言ったらいいんです。私の体だから」


 言われて、そーっと腕を回し、優しく力を入れる。


 華奢な体はほのかに暖かくて、でも思い切り抱き締めてしまえば壊れてしまいそうな気がして、幸せな気持ちになる。


 好きだ。笹。


 思わず口にしかけて、思いとどまる。


 この言葉は、すべてが終わってから彼女へ伝えたい。


 そう思い、なんとかこらえたのだった。

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