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第37話 一緒にいた長さ

「嘘……だろ? そんなこと……。え、えぇ……!?」


 笹から告げられた、茜の異常性。


 一つ一つ丁寧に説明し、それを終えた笹は、心底驚いている大樹に対して頷いた。


「嘘じゃないです。全部本当です」


「で、でも、あの岡城さんだぜ……!? 綺麗で、優しくて、蒼だってそれに魅了されて付き合ってたんだ。なぁ、そうだろ? 蒼?」


「……まぁ」


 そこは否定できない。


 茜の本性がどうであれ、俺の知ってた幼馴染の岡城茜は、品行方正で、どの仕草を取っても愛らしくて、ひたすらに可愛かった。


 だから付き合いたいと願った。そこに嘘は何もない。本当だ。


「だろ? なぁ、凪原さん。こんなこと言うのも何だけどさ、それ、あんたの作り話とかじゃないよな? さすがにそんな風に言われたって、そうなんですか、とはならねぇよ。信じられない」


「け、けど、大樹くん! 笹ちゃんは確かに――」


 天井が笹を庇うように何かを言おうとするが、それを笹本人が止める。


 私が説明する、とばかりに首を横に振った。


「遠藤先輩。私の言ったこと、信じられないって気持ちはすごくわかります。だけど、これは紛れもない真実なんです」


「だからさ、そうやって口で言ったって信じられないんだって! 幼馴染としてずっと傍にいた蒼でさえ、そんな岡城さんの一面を知らなかったんだぞ!? 普通、そんなことあり得ないだろ!?」


「……」


「人間関係であれ、なんであれ、一緒にいた時間が長いほど、人とか物事に対する理解ってのは深まってくもんだと俺は思う! そういう意味で言うと、申し訳ないけど今凪原さんの言ったこと、俺は信じられない。それこそ、ボイスレコーダーで現場を録音したとか、それくらいしてくれてないと」


「録音、ですか」


「ああ。さすがに無いだろ? そんなの――」


 と、大樹が言ったところで、笹は小型の黒い電子機器をポケットから取り出して見せた。


「録音なら全部これにしてあります。茜先輩と話したことのすべてが」


「っ……!? ま、マジかよ……!?」


「マジです。今から流すので、聞きたければ聞いてください。……蒼先輩は……その……」


 こっちを見ながら、遠慮がちに気を遣ってくれる笹。


 俺は「いや」と首を横に振り、


「俺も全部聞く。聞かせてくれ。笹と茜がどんな会話したのか」


「は、はい……」


 堂々と言ったものの、それでも最後まで笹は心配そうにし、俺のことを気にかけてくれてた。


 大丈夫。大丈夫だ。


 これを聞かなきゃ、俺は前に進めない。


 この先、自分がどうしていくべきなのか。本当に大事な決断ができない。


 そんな気がするんだ。






●〇●〇●〇●〇●〇●〇●






「……一応、これが会話のすべてです。どうですか、満足していただけましたか? 遠藤先輩?」


 笹に問われるものの、大樹は唖然とした様子で固まってた。


 奴の中での岡城茜像が崩壊したんだろう。ショックを隠し切れていなかった。


「蒼先輩は……大丈夫でしたか? これ聞いて……」


 やっぱり心配そうな笹。


 俺はそんな彼女に対し、頷いてあげる。


「大丈夫。これは……なんとなく予想できてたことだから」


「なっ……!? そ、そうなのか、蒼!?」


 固まってたはずの大樹が驚愕のまなざしで見てきた。俺は再び頷く。


「うん。実はさ、俺もこの日、笹つながりで知り合った女子と話してさ。そこで茜の気になること、一つ聞いてたんだ」


「な、何なんだよ、その気になることって!」


「SNSだよ」


「え、えすえぬ……えす……?」


「そう。SNSを使って、茜は自分が浮気してる彼氏と付き合い続ける悲劇のヒロインを演じてた」


「ど、どういうことですか、蒼先輩?」


 天井が問うてくる。


 俺は続けた。


「茜が今付き合ってる彼氏、名前を竹崎って言うんだけど、茜以外の誰かと関係を持ってるのにも関わらず、茜はそれを見て見ぬフリしながら付き合ってる」


「は、はぁ……!? 何じゃそれ!」


 大樹が眉間にしわを寄せながら言った。俺もそう思う。何じゃそれだ。


「しかも、だ。質が悪いことに、茜はなぜかそういう状況を楽しんでる。何が理由でそうなったのかはわからない。わからないけど、今こうして俺が言ったことは全部事実なんだ。信じて欲しい」


 三人の目を見つめながら言う。


 大樹、天井、笹。


 それぞれリアクションは三者三様だが、固まるよりも前にすぐ質問をしてきたのは笹だった。


 座ってるところからやや前のめりになって、俺に問うてくる。


「だったら、その、蒼先輩? 茜先輩が蒼先輩のこと、今どう思ってるのかは知って……?」


 やや自嘲気味になりながら、俺は頷く。


「……今日の昼休みだったよ。茜に直接言われた。俺のことは未だに好きだって」


「――!」


「けど、それは告白とか、何か答えが欲しいとか、そういう言い方じゃなかったんだ。あくまでも報告で、俺の考えはどうでもいいみたいな感じ」




 茜、なんか変になってる。俺と付き合ってた時と比べて、明らかにあいつの中で何かが壊れちゃってる。




「……だからさ、俺も……もう茜を好きとか嫌いとか、そういう次元で見てない。……というか、見られない。どうしたんだって、心配な気持ちでいっぱいなんだ」


「……蒼……先輩……」


「さっき大樹が言ってくれた通りだよ。人間だって、長く一緒にいればいる分だけ、その人のことをわかってあげられる。今の茜は、確実にどこかが壊れた茜だ。元からあんな奴じゃなかった。狂ってるのを俺に隠して、演じてとか、そんなことない。絶対にそれだけは違うって断言できる」


「……じゃあよ、蒼……。お前はその壊れた岡城さんを見て、これからどうするんだ……?」


 呆然としながらも問うてくる大樹。


 俺は……。


「――俺は、茜を助けたいと思う。苦しんでるなら、何かあったのなら、それを聞いてあげたい。それは、別れた情けない身であっても」


 力強く言い切った。


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