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第33話 でも、もう少しな関係

 杉原と会った翌日。昼休み。


 大樹たちと教室で弁当を食べてた俺だが、連絡も無く笹がやって来て、急遽二人で屋上まで足を運ぶことになった。


 移動してる最中、いったいどうしたのか、と聞いてみも、笹は「質問に答えるのは屋上に着いてから」と言うばかりだ。


 声のトーンもどこか冷たく、顔色も優れない。


 何かに怯えるかのように、道中キョロキョロと周りを気にしたりもしてた。


 こんなこと、一昨日まではなかった。何かあったとするならば、昨日。誰かと会いに行く。そう言ってからだ。


「笹、とりあえず屋上に着いた。何があった? 聞かせてくれ。顔色とか、すごく悪いけど――」


 階段を上がって、扉を開けた先にあるフェンス張りの屋上。


 その屋上のコンクリート部分に足を踏み入れるや否や、俺は不意を突かれるかのように笹に抱き着かれた。


「せんぱい…………あお……せんぱい……」


「……? ……さ……笹……?」


 か細い声と、震える彼女の体。


 笹に身を寄せられた時、俺は決まって彼女の体を抱き返すことをこれまであまりしてこなかった。


 だけど、今ばかりはそうも言ってられない。


 こうなった理由はまだ一つも聞いてなかったけど、それでも俺は笹が心配でたまらなかった。


 そっと、彼女の背に手を回す。


「どうか……した? 今日の笹……なんか変だ。いつもと違う」


「………………」


「推測でごめん。もしかして……昨日何かあったとか? 誰かさんと会って……そこで何か……」


 身を案じるように質問するが、笹はすぐには言葉を返してくれなかった。


 鼻をすする音。


 泣いてるのか。


「……名前は…………言えないんです。何があったのかも……」


「……名前が言えない?」


 語り出してくれた詩緒に対し、俺はオウム返しのように問う。


「会ってた人の名前は……今のところ言えません。言えない前提で……私の質問に……答えて欲しいです」


「…………うん。わかった」


 小さく頷いて、とりあえず俺たちはハグを解いた。


 解いて、その場に座り込む。立って話し続けるのも少し大変だ。


「何でも聞いて。俺も気になることはあるけど、まずは笹の質問、しっかり答えるよ」


「……ごめんなさい……」


 うつむきながら謝る笹は、いつもより小さく見えた。


 シュンとする彼女の姿を横から見て、今度は自分から彼女を抱擁したいという思いが湧いてくる。


 少しでも気持ちを楽にさせてあげたい。


「蒼先輩は……茜先輩のどういったところが好き……なんですか?」


「茜……?」


「はい……。今でも……まだ茜先輩に気持ちが残ってるのは……知ってます。具体的に……どういうところが好きなのかな……って」


 突然なんで茜が出てくるのか、正直疑問に思える。


 けれど、今はそういう詮索とか、面倒なことは無しだ。


 ありのまま、思ったことを口にするようにした。


「……顔が可愛いとか、具体的に細かく挙げて欲しいって言われたら、それは回答に困ることになる」


「……はい……」


「でも、一つ確かに言えることがあるとするならば、茜が幼馴染だからなんだと思う」


「幼馴染だから……ですか?」


 俺は頷き、続けた。


「やっぱり、どうしたって茜とは積み上げてきた思い出がある。楽しいことも、悲しいことも、寂しいことだって一緒に乗り越えた経験があるから……なんて言うか、それを俺は無かったものにしきれないんだ。……たとえ、恋人としてフラれようとも」


「だ、だったら……! ……だったら、仮にその幼馴染が……私だったとしたら……蒼先輩は……何があっても私を想い続けてくれた……ってことですか?」


「それに回答するのは難しいけどね。幼馴染なら誰でもよかったのかっていうニュアンスの質問だったら、それは……単純だけどイエスだ。積み上げた人との思い出なんて、簡単には消せないよ」


「消せる方法があったとしたら……どうですか?」


「それだと……状況によるかも。茜のことがどうでもよくなるくらいの何かがあって、誰かを心の底から好きになれる権利があるとするならっていう何重もの条件が重なって、だけど」


「だ、だったらそれは……!」


「……?」


 小さくて、元気のなかった笹の声が、この一瞬だけは大きくなった。


 自分の足元に落としていた視線も、俺の方へと向けてくる。


 俺も、そんな彼女の瞳をしっかりと見つめた。


 見つめたけど、目が合って、すぐに笹はまた視線を逸らした。


「それは……」と、声もまた小さくなる。俺と目、合わせなかった方がよかったのかもしれない。


「……やっぱり、何でもないです。今は……」


「今は? その言おうとしてくれてたこと、今話せない理由とかがあるんだ?」


「………………」


 頷くこともせず、無反応を装いつつ、唇を噛む笹。


 何かを言いたげにしてるのは伝わってくる。


 俺も、その「何か」を聞き出したい。だけど、そういう強引なことを今するべきじゃない気もした。だから、はてなマークはそこで押し留めておく。笹にぶつけはしない。


「……一つだけ……ぶっちゃけてもいいですか?」


「うん。全然」


「私…………茜先輩、大嫌いです」


「…………それは……なんで?」


「幼馴染ってだけで……蒼先輩のこと独り占めしてるから」


 そのセリフには、「そっか」とも返すことができない。返せるわけがない。


 ほとんど告白だ。いや、ほとんどじゃない。正真正銘、告白だ。


 俺は……どう言葉を選んで返せばいいのか、まるでわからなかった。


 何か一つ安易に言葉を選べば、それだけで笹との関係が終わってしまう。


 そんなことにだけはしたくなかったから。


 だから――


「…………何か言ってくださいよ」


 ひたすらに無言を貫いた。


 会話のキャッチボールなんてものを無視した、暴挙的決断。


 やがて、その無言の意味を色々と察してくれたのか、笹が体を傾け、俺の肩に身を預けてきた。


 そして一言。


「私もズルいですけど、蒼先輩も大概ズルいですね」


 と言って、小さく笑ってくれたのだった。


「でも、もう少しな気もしてます」とさらに言葉を付け足して。






●〇●〇●〇●〇●〇●〇●






 昼休み終了の十分ほど前になって、俺たちは屋上を後にした。


 笹を一年の教室群まで送り届け、俺も二年の教室群まで戻る。


 今日の放課後は、また笹の家に行くことになった。


 お父さん、今日も遅いらしい。ギリギリまで居て欲しいとのことだ。


 断る理由なんてない。


 俺は笹を……。いや、今はまだその時じゃないか。


 ともかく、足早に自分のクラスの教室まで戻って、次の授業の準備をしようと思った。


 その矢先だ。


「蒼」


 ふと、教室の入口辺りで、背後から声を掛けられる。


 振り返ると、そこには――


「……茜」


 幼馴染の姿があるのだった。


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