「蒼先輩のこと……二人で半分こ……?」
まばらに人がいるファミレスの中、私は恐ろしいことを聞いた気がして、つい声を震わせながら茜先輩に問いかける。
彼女はにこりと微笑み、頷いた。
「そ。蒼のことが好きなあなたと、蒼と別れたけど未だに好きかもって想いがある私で、仲良く半分こするの。どうかな?」
……どうかな、じゃない。
この人は本当に何を言ってるんだろう。
そもそも、別れたけど未だに好きって何? 訳がわからない。
「ちょ、ちょっと待ってください。意味がわからないです。蒼先輩と別れたけど、未だに好きってどういうことですか? それに半分こって……」
「言葉通りの意味だよ? 私、蒼と別れたけど、今でも蒼のこと、嫌いじゃないの。あ、半分こにしようっていうのは、体を半分にしてって意味じゃなく、こっそり二人で蒼と一緒にいようってお話ね。勘違いしないで」
言って、冗談っぽくクスクス笑う茜先輩。
ダメだ。これでもダメ。理解できない。
私はこの人の言うこと、一ミリも理解できないし、何よりもしたくなかった。
だっておかしい。こんなのおかしい。蒼先輩はどうしてこんな人と……。
「もっと具体的に説明すると、私ね、蒼と別れた理由は、蒼に不満があるからだった」
「……不満?」
疑問符が浮かぶ。
茜先輩は「うん」と頷いた。
「優しくて真面目で、ユーモアには欠けるところはあるけど、いざって時には必ず助けてくれる幼馴染。それが瀧間蒼って男の子だった」
「……はい」
「笹さんもそう思うでしょ? 蒼のいいところ、簡単にざっくり説明するならこんな感じだって」
「え……」
「蒼に優しくされて、それで好きになったのよね?」
「……っ」
微笑み眼でうがったように聞いてくる茜先輩に対し、私は素直に頷くことができなかった。
「それは……秘密です」
視線を逸らし、小さい声で言う。
なんとなく嫌だったから。この人に自分の内側のことをさらけ出すの。
でも、茜先輩はそんな私を見て、楽しそうに口元を抑えて笑ってる。
そういう反応も込みで、この人はいったいどれだけ私のことを知ってるんだろうと、不気味に思えた。何一つ自分のことは話していないのに。
「まあいっか。そのことは置いておくとして、とにかくね、そんな優しい蒼だけど、付き合い始めた時に色々変わっちゃったんだ。だから、私は彼と別れた。別れて、またどうなるかなって、いったん観察しようって思ったの」
「観察……?」
「ほら、別れてまた付き合ってない状態になったら、瀧間蒼って男の子は、私の好きだった男の子に戻るのかなって、そういう観察」
「……何ですか、それ? 最低じゃないですか……」
ひどすぎる話だと思う。
よくわからないけど、蒼先輩の気持ちとかは完全に無視してる。
この人にフラれて、先輩がどれだけ傷付いたか、私が知る限りでもいいから教えてあげたい衝動に駆られた。ヘラヘラするな、最低のサイコ女。
「ふふふっ。そう? 最低かな? でも、仕方ないよね。恋人関係になった蒼は、私の求めてた蒼じゃなかったから。無理して付き合い続けるのも違うでしょ?」
「……」
上手く言えない。確かに無理をして付き合うのも違うけど、どうにも彼女には同意できない。
「とにかくね、そういう経緯で私は蒼と別れた。観察のため」
「……じゃあ、その、付き合い始めて蒼先輩はどう変わったんですか?」
「私以外の女の子に近付かなくなっちゃった、かな?」
「……は?」
頓狂な声が漏れ出る。
どういうこと?
「付き合い始めた蒼はね、一途で一途で、一途過ぎるくらいに私のことを考えて、尽くしてくれた。だから、他の女の子が話しかけてもどちらかというと素っ気ない対応をするし、不用意に近付かないし、一番が私だってオーラをすごく出すの。それが嫌だった」
「……それって普通喜ぶべきことなんじゃ?」
「ううん。私は喜べない」
言って、茜先輩は私の頬へ手をやった。
ゾッとする。
撫でるような触り方をされて、途端に鳥肌が立った。
「もっとね、付き合ってたとしても他の女の子へドギマギして、意識して、私と別の子との間で揺らいで欲しいの。それで、その別の女の子が蒼へ好意を抱いてくれるようになったら、私的にはすっごく嬉しい状況。ゾクゾクする……。ふふふっ」
「っ……。ほ、ほんっと……意味がわからない……です。それで蒼先輩が他の女の子に取られちゃったら……茜先輩はどうするつもりなんですか……?」
私の問いかけに対し、彼女はクスッと笑う。
そして、そっと耳元へ顔を近付けてき、
「簡単だよ。奪い返せばいいの」
そう言ってきた。
声が、吐息が耳に伝わる。
ぞわぞわして、耐えられない。
身をよじってしまう。
「奪い返して、蒼のこと好きになった私以外の女の子が悲しみに暮れて泣いちゃう。奪って、奪い返されての、そんな関係」
「ぅくっ……!」
「それって……最高でしょ?」
「も、もう……やめてっ!」
脳が茜先輩の声のせいでおかしくなりそう。
我慢できず、私はまとわりつくように傍にいた彼女の体を向こうへ押し返す。
息が荒くなって、肩が震えた。
本当に、本当に、本当に、この人はヤバい人。近付いちゃダメな人。
どうして蒼先輩の幼馴染がこんな人なの……? 蒼先輩は……あんなにもいい人なのに。
「私……帰ります。あなたのこと……よくわかりました」
「そう? でも、帰るのなら送って行くよ?」
「い、いいです! もう……私に近付かないで! 蒼先輩にも!」
心からの訴えだった。
気付かないうちに私の声は大きくなってたらしい。
向こうの席がざわつく。
心臓があり得ないくらいバクバクして、冷静になれない。
それなのに、そんな私を嘲笑うみたいにして、目の前の女は妖しく笑んだ。
「それは無理だよ。蒼が生きてる限り、私はずっと彼の傍にいるから」
「っ……! ふ、ふざけ――」
「ね? だから、笹さん。あなたは最後まで私を楽しませるために踊り続けて? ずっと、ずーっと、……壊れちゃうまで」
その後、私は自分がどうやって家まで帰ったのか覚えていない。
ただ、あの悪魔みたいな女から遠ざかるために、一心不乱に走ってたのは覚えてる。
外は、真っ暗で雨が降ってた。
びしょ濡れになった。
家に辿り着いて、玄関を開けてもそこは真っ暗。
誰もいない。
私はその場で膝から崩れ落ちた。
……蒼先輩。蒼先輩。蒼先輩。
浮かんだ好きな人の裏には、あの女が妖しく笑ってる。
私は……いったいどうしたらいいんだろう。