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第30話 星五つ中、二つ分くらいの関係

 茜先輩と女子トイレで会話した翌日の放課後。


 私は彼女に言われた通り、駅前のファミレスへ一人で向かった。


 本当なら、今日も放課後は蒼先輩と過ごす予定だった。


 先輩が私の兄とどんな会話をしたのか、じっくりとお家で聞こうと思ってた。


 それなのに、まさかこんなことになるなんて。


 想定外もいいところ。


 私は茜先輩と話すことなんてあまりない。


 ないんだけど……あんなことを言われれば、気にもなった。




――『私が蒼と別れた理由、教えてあげる』




 不気味ではある。


 私と蒼先輩が繋がってることを知ってたのに、それでいてあんなことを話そうとするなんて。


 何が目的なのかわからないけど、茜先輩は、もしかしたら私を通して別れた理由を蒼先輩に伝えたいのかもしれない。


 直接言うのが辛いからとか、蒼先輩を納得させて楽にさせてあげたいとか、そういうことを考えてるのかも。


 でも、果たしてそんなポジティブなことばかり?


 わからない。


 わからないから、とにかく彼女と二人で会ってみる。


 蒼先輩の幼馴染がどんな人で、どんな人なのか。


 そして、蒼先輩は茜先輩のどんなところを好きになったのか。


 そういったことも、個人的には気になってたから。






「いらっしゃいませー! お一人様でしょうかー?」


「あ。いえ、少し人と待ち合わせをしてて」


 ファミレスに入り、すぐに店内を軽く見回す。


 ……いた。茜先輩。


 彼女はもう既に店内にいて、端っこの方の席で待ってくれていた。軽く手を振ってくれる。


店員さんに会釈し、私はすぐに茜先輩のいる席へと歩を進め、挨拶する。ちょっと緊張してた。


「……こんにちは。岡城先輩、早いですね」


「あなたと二人きりでちゃんと話すの、楽しみだったから。帰りのホームルームが終わってから、すぐにここへ向かったの」


 クスッと小さく笑う彼女。


 今はその笑いさえも黒く見える。


 とりあえず座ろう。立ったままっていうのも変だし。


「竹崎……兄から連絡はなかったんですか? 放課後、一緒にどこかへ行こうって」


「……うん。今日はちょっとね。フリーの日。ほとんど毎日一緒にいるし、たまにはってことで」


「そうですか」


 私が返したところで、茜先輩はメニュー表を渡してくれた。


 わざわざ呼んだのは自分だから、と何か一つ奢ってくれるらしい。


 別にそこまでされるつもりもなかった。


 借りを作ってあげた、とも思ってない。


 今日ここに来たのは、あくまでも私の意思ってことにしておいて、奢りは拒否しようとしたんだけど、それでも、と押し切られてしまった。


 初めてこうして一緒になったから、今日くらいは奢らせて欲しい、と。


「……だったら、私ドリンクバーでいいです。別にお腹も空いてないですし」


「そんな悲しいこと言わないで。ほら、このイチゴパフェとかどう? 美味しそうだし、可愛いし、何より映えそう。イムスタとか、笹さんやってるでしょ?」


「……やってますけど……」


 今はそんな写真撮ったりとかする気分じゃない。


 私、真面目な会話しに来たのに。


「じゃあ、これ一つと……私は抹茶パフェにしよ。あ、もちろんドリンクバーも奢りだから大丈夫。気にしないで」


 すっごく気にするんですけど……。


 ここまでされたら、どうにもやりづらい。


 この人、いったい何を考えて私に良くしてくれてるんだろう。


 邪推ばかりが続く。


 茜先輩が店員さんに注文内容を言ってくれてる間、ひたすら私は心の中で頭を抱えてた。


「さてと、それならさっそくドリンクバー行ってくるね。笹さん、何が好きかな? 取って来てあげる」


「へ……?」


「メロンソーダとかいっちゃう? あ。それとも何かと何かを混ぜたいタイプかな? そしたら私、調合とか自信ないんだけど」


「い、いえ、そんな。私、自分で行きます。ドリンクバーでジュース混ぜるの反対派ですけど、自分で行きますよ」


「そう? なら、一緒に行こっか」


「は、はい」


 ……なんか距離も近い気がする。


 ドリンクバーのあるところまで行くのにも、茜先輩はそっと私の手を握ってきた。


 振り払うのも失礼だし、そのまま握られた状態で歩く。


 ほんとにわかんない。


 距離の詰め方がどう考えてもおかしいし、もしかして茜先輩…………ビッチとか?


 男の人にもこういうことよくしてるから、その延長で私にもこういう感じとか……。


 いやいや。けど、さすがにその考え方は飛躍しすぎか。ひたすらにわかんない。


 結局、ジュースを選ぶのも、百合カップルみたいな理由で私はメロンソーダを選ばさせられた。


茜先輩がコーラにして、後で二種類飲めるようにしよう、と。


ドリンクバーなんだし、それならコップ二つ使ってメロンソーダとコーラ持って帰ればいいだけなのに……。


怖い。この人、なんか怖い。


「ふふっ。なんか久しぶりで楽しい。こうして後輩の女の子とファミレスでお喋りするの」


「そ、そうですか……。それは……よかったです」


「うん。少し前まではちょくちょく広報部の子と放課後に行ってたりしたんだけど、最近はめっきり行けてなかったから」


「……へぇ……」


 適当に話を合わせながら、メロンソーダをストローで飲む。


 後で茜先輩もメロンソーダ飲みたいって言ってたから、あえてのストローだ。口は付けたくない。なんとなく。


「ねえ、笹さん?」


「……何ですか?」


「笹さんは私のこと、きっと嫌いよね?」


「…………え?」


「蒼の幼馴染で、元彼女で。なのにあなたの大嫌いなお兄さんの方へ蒼をフリながら行っちゃった。悪い印象しかないでしょ?」


「……そ……そんなこと……」


 ない……ことはない。


 悪い印象しかない。


 蒼先輩に悲しみを招いた張本人。


 そして、未だに彼が未練を残し続けてるほど魅力的で羨ましい、そんな嫌な人。


「ふふふっ。いいの。わかってるから。嘘はつかないで」


「……っ」


「仕方ないことよ。結局、私はどこまで行ってもあなたの中で仲良くなりたいと思える人にはならない。そういう……うーん、これはちょっと表現恥ずかしいんだけど、運命なのかなって。そう思うから」


「……」


「ね、ほんと。仕方ないよね」


 はい。とも言えない。言えるわけがない。


 気まずさ全開で、私は視線を下向き、右往左往させ、メロンソーダを飲み続ける。


 茜先輩も苦笑しながらコーラに口を付けた。ストロー無しで。


「でもね、笹さん。そうは言っても、実は私もあなたと同じなの」


「……同じ……?」


 何がだろう。


 首を傾げると、彼女は薄っすら笑みを浮かべたまま「ええ」と頷く。


「私もあなたにはいい印象を抱いていない。仲良くはなれないと思うし、仲良くなりたいとも思ってないんだ」


 ……え……?


「けれど、敵とまではいかない。どう頑張っても、星五つ中、二つ分くらいの人間関係しか構成できない人種同士。微妙な関係ってことだよね」


 一瞬で悟った。


 この人、ヤバい。


 セリフと行動がまるで合ってない。


 だったら、なんでさっきまでベタベタしてきてたの。


 意味がわかんない。怖さのベクトルが変わった。裏ですっごいこと考えてそう。サイコパスってやつかも……。


「だからね、ほら、こうして……」


「あっ……!」


 ちょうどテーブル上に置いていた私の飲みかけのメロンソーダを手に取る茜先輩。


 鳥肌が立った。


 言いながら、彼女は私の差していたストローにわざわざ口を付け、残っていたメロンソーダを飲み干した。


 ズズズッと、生々しい音がする。


「あなたのメロンソーダも気にせず飲めるの。微妙な関係だから。特に恥ずかしがることなく、ちゃんと口を付けてね」


 こっちを見つめる目が怖い。


 光が失われてて、ジッと離さずに見つめてくる茜先輩の目が。


 ダメだ。マズい。早く。早く帰りたい。


 私、この人と話すことなんて一つもない。関わっちゃいけない人だったんだ。


「ふふっ。どうしたの、笹さん? 少し顔色が悪くなった気がするけれど?」


「い、いえ……。わ、私……その、ちょ、ちょっとトイレに」


「トイレ? だったら私もついて行く」


「は……!? ど、どうして――」


「どうしても何もないよ。そのまま帰られたりとかすると困っちゃうから」


「っ……!」


「私、今日はあなたとお話しに来たんだもん」


 言いながら、茜先輩は立ち上がった。


 立ち上がって、なぜか向かい側の席から、私の真隣に腰を下ろす。


 そして、その妖しくも綺麗な顔をこっちに近付け、耳元でそっと囁いた。


「蒼のこと、二人で半分こにしよってお話」


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