気のせいではないと思う。
最近、俺の放課後はずっと何かしらの用事で埋まってる。
誰かと会話したり、誰かの家に行ったり、誰かに夕飯を御馳走してもらったり。
言うまでもなく、すべて傍には笹がいる。
笹と出会ってから、何かと日々が慌ただしくなったんだ。
ただ、それが鬱陶しいとか、面倒だとかは思わない。
ジッとして、暇をしてたら、今はそれこそ考えなくてもいいことを考えてしまいそうで。
そんな状況から逃してくれる笹には感謝してる。
色々、やりたいこと、やらないといけないこととか、あいつにはあいつの思惑があるんだろうけどな。
でも、今はこれでいいんだ。これで。
「お待たせ! ごめん、遅くなっちゃった!」
「――!」
駅前。誰だかわからない銅像のすぐ傍で待ってた俺に、一人の派手目な女の子が声を掛けてきた。
「い、いやいや別に。全然待ってないよ。五分ほど前に来たとこ」
「ほ、ほんと? 大丈夫だったかな?」
俺は頷き、冗談っぽく続ける。
「何なら知り合って間もない女子と会うのに心の準備する時間欲しかったくらいだし、この五分がちょうどよかったまである。ありがた五分だった」
「あははっ。何それ。緊張してくれたの? 私と会うのに」
「そりゃまあ……今日は笹もいなくて二人きりですし……」
「あぁー、笹ちゃんね。あの子もあの子で、誰かと会うんだっけ?」
「うん。誰と会うのかは言ってくれなかったけど」
「まあ、そこはね。笹ちゃんも笹ちゃんで色々あるだろうし。ていうか、その言い方だと、今まで結構秘密とか話してもらってた風じゃない? そんなに心許されてるんだ、瀧間くん」
問われて考える。
俺、笹に心許されてるんだろうか?
家には行ったし、家庭環境のこととか、話してくれはしたけど。
「自惚れとかじゃなく、どちらかと言えば許されてる……のかも」
「えっ。すごいよそれ。笹ちゃん、割と口堅くて人に弱みとか見せないタイプだし」
「そうなのか……?」
「そうだよ、そうだよ。信頼されてるんだね、瀧間くん」
「……っ。よ、よくはわからないけど」
感心しながら「へぇー」と言われると、どうにも照れてしまう。
笹とは一緒に居るようになってまだ日が浅いし、個人的にはそこまで信頼される何かがあるとは思い難い。
心当たりがあるとすれば、笹の言ってたオープンキャンパスでのことくらいだが、あれくらいのことで全面信用とは普通ならないだろう。
総合的に考えるとよくわからない。そこまで笹に信頼されてる理由が。
「ま、いっか。ここで立ち話するのもなんだし、どこかに入ろ?」
「了解」
言って、俺たちは並んで歩き出した。
女の子と二人で歩くのは初めてではないけど、ギャルめな子と一緒なのは経験が無い。
傍から見れば、きっと俺、釣り合ってないんだろうなぁと思う。
杉原、ただでさえ可愛いから……。
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「さて、と。ではでは、ここでくつろぎながら色々お話ししますか」
「お、おぉ……」
やって来たのは漫画喫茶だった。
てっきり前と似たようなファミレスなのかと思ったが、違った。
カップルルームで、確かに彼女の言う通りくつろげはするけど、そのだだっ広さが妙なことを考えさせてくれる、そんな空間だ。
恋人同士でもない俺たちがこんなとこ……いいのか?
「ん? どしたどした? なんかさっきより顔赤い気がするけど?」
「だっ! あ、い、いやっ! 別に何でも!」
急接近され、思わずすごい勢いで後退してしまった。ち、近いよ! 杉原さん!
「あっはは。さすがにカップルでもない二人がここはーって感じかな? ドキドキさせちゃってる?」
「っ……! な、情けないお話ながら……」
「っふふ。正直だね、君。前会った時も思ってたけど(笑)」
「ぐっ……」
クスクス笑いながら、杉原はその場に体育座りした。
一瞬中が見えかけたものの、すぐさま別の方へ視線をやる。
ダメだ。今ここでそれを見てしまえば、もっとヤバいことになる。冷静でいられなくなる。落ち着け。落ち着いて、会話にだけ集中しよう。何の話するのかまったくわからんが。
「まあ、でもさ。今日は仕方なくこの部屋取ったんだよね。誰にも聞かれたくないなって思ったから」
「誰にも……聞かれたくない……?」
「そ。ほら、壁に耳あり障子に目ありって言うでしょ? 静かで、かつ簡単に二人きりになれるの、私の考えだとここくらいしか浮かばなくてさ。ごめんね」
「い、いや」
カラオケとかだとまだ多少ドキドキせずに済んだのでは? と思ったけど、あそこは静かにはできないか。自分たちが歌わなくても、他の部屋の人たちが歌ってたりするし。
「一応電話でも話せないことはなかったけど……、私はこの話、君と面と向かってしたかったから、そこはお許し願います」
「なるほど。そんなに大事な話ってわけか」
「うん。割とね。笹ちゃんがいるとできない話も今日はしたいなと思って」
そう言われて、つい生唾を飲み込んでしまう。
彼女はそんな俺を見ると、なぜかクスッと笑った。
「でも、緊張はしなくていいからね。あくまでも自然体でお願い。かしこまられると、こっちもこっちで話しづらいから(笑)」
「あ。そ、そうだよね。ごめん。気を付けます」
謝ると、入れていたコーラを飲むよう促される。
杉原もアイスティーに軽く口を付け、再び喋り出した。
「ん。じゃあ、まず最初なんだけど、単刀直入に言うね」
「はいはい」
「もしかしたら竜輝くん、君の幼馴染以外に付き合ってる女の子がいるかも」
「え……」
いきなり飛ばしてこられた。
俺は一瞬で頭の中が白くなる。
「最近ね、あの人の住んでるアパートの部屋に、茜さん以外の子がよく出入りしてるんだ。変に距離が近くて、不自然な感じ」
「ほ、本当に?」
「ほんとほんと。正直最初は目を疑ったんだけどね。見てたらそれっぽいし、あの人ならまぁ、って思っちゃった。実際、私と付き合ってた時も別の女の子と仲良くしてたし」
「ま、マジかよ……」
「うん。あ、けど、なんで竜輝くんの部屋に女の子が入ってるとこ見たんだって疑問には一応真っ当に答えられるからね!? 私、ストーカーでも何でもないし、たまたま家帰る時に近くを寄らないといけない用事があって、それで見ちゃっただけだから! ストーカーしてるわけじゃないので! ご安心ください!」
「わ、わかった。大丈夫」
「別れた人の家いつまでも見張るとか、そんな趣味無いから!」
「わかったって」
早口で言う杉原を落ち着かせ、俺は一つ息を吐く。
複雑な心境だった。
茜が不幸になってしまうやるせなさと、別れの原因になるかもしれない種を見つけた微妙な嬉しさ。
そして、フラれた事実を完全に忘れ、少しばかり心の中で舞い上がってた自分の情けなさ。
すべてがない交ぜになって、灰色をした汚いものになってる。
まさに複雑と表現する以外にない。
「でもさ、瀧間くん。君はこの話を聞いて、嬉しいって思ったかな?」
「え。い、いや、そんなことは……」
嘘だ。思い切り嘘をついた。
嬉しさは少しばかり感じてるくせに。
「嬉しいって思ってないなら、そのまま話の続き聞いて欲しい。だけど、もし嬉しいって思ったのなら、ここから話すことは、君にとってショックかもしれない」
「ショック……?」
「うん。どうかな? 話しても大丈夫?」
問われ、俺は一瞬戸惑ったものの、背を押されるかのように頷いた。
茜が竹崎に浮気をされてて、嬉しくないと言った手前だ。頷く以外に無かった。
杉原は続けてくれる。
「実はね、そうした竜輝くんの浮気なんだけど、茜さんは知ってるみたいなの。自分以外の女の子と仲良くされてること」
「……は……?」
ど、どういうことだ……?
「それを知ってて、あえて竜輝くんのこと、泳がせてる。これ、見て欲しいんだ」
「……?」
杉原にスマホの画面を見せられ、俺はそっちの方へ目をやる。
画面には、一枚の写真が映ってた。
茜と……顔を編集で隠されてる竹崎らしき人物のツーショット。
頭上に疑問符が浮かんでしまう。
これはいったい、どういう意味を指す?
「これ、茜さんのツヒッター裏垢に上げられてた写真。こうしたら、もっとわかりやすいかな?」
言って、杉原は画面を軽くタップした。
写真と一緒に呟いてる文字がそこに浮かび上がる。
「……浮気彼氏と……優しい……私……?」
「あくまで推測に過ぎない。だけどこの書き方、茜さん、竜輝くんが浮気してること知ってるんじゃないかと思うんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
訳が分からない状態で話が進みすぎてる。
俺は一旦待ったをかけた。
「茜の裏垢ってどういうこと? 杉原さん、どうやってこの裏垢を探し当てたんだ?」
「……それは……」
「茜と仲が良かったりするのか? 面識があるとか? だったら――」
「ううん。それは違う。面識なんて私たちにはない。ただ、こっちが一方的に近付いて彼女のアカウントをフォローしただけだよ」
「それでフォロー返されたのか? 面識が無くて、茜は鍵までかけてる裏垢使ってるのに」
「……」
責めるつもりはない。
ないけど、つらつらと言葉を並べたのが責めてるみたいになったのかもしれない。
杉原は少しばかりうつむいてしまった。
「そこに関しては、私も同じなんだ」
「え?」
「私も鍵かけた裏垢使ってるの。あんまり言いたくなかったんだけど。そのアカウントで、茜さんのことフォローした」
「杉原さんも裏垢を……?」
「うん。裏垢同士だからかな。茜さん、警戒心なく私のことフォローしてくれたの」
「ま、マジか……」
「そしたらこういう呟き見つけて……たまたま……」
「……っ」
話の大筋はわかった。
それでも、だ。疑問は残る。
「なら、なんで茜……竹崎と付き合い続けて……?」
「……わからない。わからないけど……」
「……?」
「原因は瀧間くんに……あったりとか、しないかな?」
「…………え…………?」
どういうことだ……?
「茜さんと別れた時、色々複雑なことがあって、それで彼女は今もそれを引きずってる。そういうことなんじゃないかな、とか……考えたり……」
「そ、そんな……こと……」
否定はしきれない。
そもそも、俺はどうしてフラれたのか、未だにわかっていないのだから。
「で、でも、私の言うことも何もかも推測だからね。ごめん。そんなこと言っても仕方ないか。瀧間くんにも……その、失礼でしかないし……」
「………………」
グルグルと、謎が頭の中を巡っている。
茜……どうしてなんだ。
わからない……何も。俺には……。
「……ごめんね。本当に、瀧間くん……」
「……いや……別に……」
「わからない……わからない、よね? 頭、こんがらがせちゃったよね?」
「……っ」
刹那、だった。
杉原が傍から俺を抱き締めてきた。
頭の中がぐちゃぐちゃになってたのに、そのせいでさらに脳をかき回されたような感覚だった。
「す、杉原さっ……!?」
「ジッと……しててくれる?」
漫画喫茶のカップルルーム。
誰にも邪魔されない個室の中、俺は杉原に訳も分からずそのまま押し倒されるのだった。
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「――それで、今日は何なんですか? 二人きりで話って」
「……うん。少し、ね」