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第26話 寝取り男との会話

 竹崎が離席か何かして、茜から離れる。


 それは、俺にとってトイレでの離席がベストだった。


 トイレだと周囲の人たちの目も無いし、ある程度心置きなく話せる。


 それ以外のドリンクバーを取りに行ってる時とかだと、いかんせん周囲の人たちの目もあるし、声のボリュームも気にしなきゃだし、何より茜に話してることがバレてしまいそうで、少々気が引けるわけだ。


 ――が、奴はなかなか自分の席から離れようとする気配がない。


 どうしたもんだろう。


 頭を悩ませ、前進しそうにない状況へ焦りを募らせてる時だった。


 ふと、一緒に竹崎の状況観察をしてた笹がこそっと耳打ちしてくれた。


「蒼先輩。私、ちょっとあの人を外まで移動させてきましょうか?」


「え……?」


 外まで……? しかも、移動させるって……。


「どういうこと? もしかして笹、わざわざあの二人のとこへ行って外に出てくれとか言うつもりなのか?」


 軽く動揺しながら問うと、笹は「そんなことするわけないじゃないですか」と首を横に振った。


「そうじゃなくて……これです」


 言いながら、スマホの画面を見せてくれる。


 そこには、『兄』と書かれた名前と、電話番号が表示されてた。


「今から私がトイレにでも行ってあの人に電話してきます。大事な話があるから、人のいなさそうな場所へ移動してくれって」


「なっ……!」


「あの人もまさか今さら私から電話が掛かって来るとも思ってないでしょうし、もしかしたら無視される可能性だって全然ありますけど、やってみないよりはマシです。このままずっと待ってて、時間が無駄になるのだけは勘弁なので」


「で、でも、笹……。それって君は……」


 すごく嫌な思いだったり、トラウマをよみがえらせてしまったり、そういうことがあるんじゃないか。


 そう思うものの、彼女はキョトンとした顔で小首を傾げる。


「私? 私が、どうかしましたか?」


「いや……。その……、ずっと竹崎……お兄さんとは仲悪くしてたんだろ? それなのに大丈夫なのかなって……」


 ぎこちなく言うと、笹は少しの沈黙の後、クスッと笑った。


 それから続ける。


「蒼先輩、そんなこと心配しないでください。たかだか電話ですし、それは面と向かって会うとなるとヤですけど、大丈夫です」


「……本当に……なのか?」


「はいっ。本当です。凪原笹は嘘を付きませんから」


 笑顔で言う笹。


 そんな彼女を見て、俺は少し安堵した気持ちになった。


 本当に安堵しても大丈夫なのか、という一抹の不安も感じつつ、ではあるが。


「それに、です。こういうのは言ってしまえば、イタズラ電話掛けるみたいなものなんですよ」


「へ……? い、イタズラ電話……?」


「大事な話があるーとか言っときながら、先輩と合流したとわかればすぐに通話切りますんで。その辺はご心配なく、です」


 澄んだ笑顔だったのが小悪魔っぽい意地悪な笑顔に早変わり。


 ほんとこの子は……。


「じゃ、そういうことなので行ってきますね。先輩は……そうだなぁ、女子トイレの前で待っててください。あの人が外へ出たら『行ってください!』のサイン出すので」


「う、うん。わかった。了解」


 とりあえず、そういうことになった。


 遂にあの竹崎と一対一で話すことができる。


 そう考えると、改めて心臓が跳ね出した。


 ……しっかりしないと。






●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●






 それから、少しして笹は本当に竹崎と話す状況を作り出してくれた。




 ――今、たぶん外に出てると思います。蒼先輩、行ってください。




 俺は拳を握り締め、腹をくくって店の外へと出る。


 外に出ると、まずあるのは道路で、向かい側の歩道のところに自動販売機が置いてある。


 そこで竹崎は自身のスマートフォンを眺めながら立っていた。


 金色に染まった髪の毛と、着崩された制服。


 時折辺りを気にするようにチラッと右を向いたりするのは、笹がいつ来るのかと気になってるからだろうか。こっちにはまるで気付いていない。


「……電話の無視はしなかったんだな……」


 俺はボソッと小さく独り言を呟き、歩き出した。


 徐々に縮まっていく竹崎との距離。


 そして、その距離が縮まっていくにつれ、向こうも俺の気配に気付く。


「……! お、お前……!」


「初めまして。……になるのかはわからないけど、とにかくこうして面と向かって喋るのは初めてだと思う。初めまして」


 なんて声を掛けていいのかまずわからなかった。


 敵意をむき出しにするのも少し違う気がするし、言った通り話すの初めてなんだ。


 とりあえず無難な挨拶から始めた。


 名前も、この様子だと特に言わなくてよさそうだ。


 奴は明らかに俺のことを知ってる素振りだった。


「誰か待ってるのか? 放課後はいつも茜と一緒だって風の噂で耳にしたことがあるけど」


「っ……! は……ははっ! 何だ、知ってんのか。茜の元彼氏のくせに」


 こっちは敵意を出すつもりなんてあまりなかったのだが、竹崎の方がこんな感じだった。


 込み上げるものがあったけど、それをグッと我慢。


 ムカつくが、奴の言ってることに間違いはない。それが事実だった。


「しっかし、何だ? こうして会えたの、偶然か? お前もよく俺に声掛けられたな。存在すら認知されたくないってのが普通じゃないか? なぁ、よぉ?」


「……まあ、だろうな。それが普通だと思う。俺も、まさか自分からこうして声掛けることがあるだなんて思ってなかったし」


 笹のことが無かったらな。


「だっははっ! 何だそれ! 意味わかんねーな! ほんと、さすがは彼女奪われた男って感じ? しかも、昔から仲のいい幼馴染ちゃんだもんな。よっぽどだよ、瀧間クン。まじ、意味わかんねー(笑)」


 くそ……。茜、なんでお前はこんな男に……。


 俺が嫌だったのなら、せめてもう少しマシな奴と付き合って欲しかった。


 だけど、そう思っても、そんなことは俺の勝手な願望でしかない。


 頭を抱えたくなる。ただそれだけだった。


「……なんでさっきからそんな喧嘩腰なんだよ。別に俺、喧嘩がしたくて話しかけたわけじゃないんだけど」


「あ?」


「もっと言えば、お前、なんか落ち着かない感じだな。何だよ? 付き合ってる彼女の元彼氏がいきなり出てきて、動揺してるってところか?」


「はぁ?」


 露骨に眉をひそめ、距離を縮めて来た。


 なんか……思い切り不良じゃないか、こいつ。


「そりゃ何だ、俺がお前にビビってるって言いてぇのか?」


「そう捉えられてもおかしくないほど騒いでる。冷静に会話がしたくて、俺はあんたに話しかけた」


「あぁ、そうかよ」


 刹那のことだった。


 何か話を続けるのかと思っていると、唐突に竹崎が俺の胸ぐらを掴み上げてくる。


 俺はついよろけてしまい、転びはしないものの、前にいる竹崎の方へ体重を預けてしまいそうになった。


「なら、何も知らんお前に教えといてやる。俺はお前なんかにビビってねぇし、今からこっち来るっつぅ奴を待ってたんだよ。暇じゃねんだ」


「……誰……待ってるんだ……?」


「んなのお前に言って何になるんだよ、クソッ!」


 言って、竹崎は俺をうしろへ突き飛ばした。


 俺と奴の体格はほとんど変わらない。


 そこまで尻もちをつくってほどでもなかったが、それでも転びそうになりながら後退した。ネクタイ回りもぐしゃぐしゃになってた。


「失せろな。どういう理由でたまたま会った俺に話しかけてきたか知らんけど、普通に気味ワリーし」


「失礼だな。気味悪いって」


「気味ワリーだろ! さっきも言ったけどなぁ、普通幼馴染の彼女取られた男がその彼氏にたまたま会って話しかけるか!? あり得ねーんだよ! 何考えてんだ! キメェ! 死ね! 消えろっつってんの!」


「………………」


「……つか、本音言やぁこっちだって……」


「……?」


「っ……! あぁ、クソッ! どけっ! 帰れっ!」


「ぐっ!」


 右肩を思い切り押され、これ以上居座るようなら容赦しない、とでも言いたげな顔をする竹崎。


 これは……どうやら退散した方がよさそうだ。意地張ってると、本当にバイオレンスな展開になってしまう。それだけはダメだ。


「……わかった。消えるよ」


 言うと、奴は少しばかり安堵したような表情を覗かせる。


 けれど、俺はそのまま続けた。


「ただ、最後に一つ。これだけ答えて欲しいんだ」


「あぁ? 何だよ?」


「お前といる時、茜、楽しそうにしてるかな?」


「……は?」


「あいつ、何かと人に気遣いしすぎるところあるんだ。竹崎、あんたといて、茜はちゃんと心の底から楽しそうにできてるか?」


「っ……」


「聞きたかったのはそれだけだ。どうかな?」


 少しばかりの沈黙が訪れる。


 もしかして、できてないのか?


 そう思った矢先だ。


 竹崎は「ふっ」と鼻で笑い、


「ばーか。んなのできてるに決まってんだろ。元彼氏がくだらねーこと聞いてんじゃねーよ。女々しい質問だな、ほんと」


「……はは。ならよかった」


 言って、俺は「じゃあ」と踵を返し、歩き出した。


 すぐにはカフェへ戻れない。少し遠回りして、こっそりと店の中へ帰るのだった。


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