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第25話 私のために

「では、お客様二名様ですね~。こちらの席へどうぞ~」


 俺とは対称的なほどに明るい店員さんの声が店内に響き渡る。


 新たにやって来た二名の客。


 それは茜と、あの竹崎竜輝だった。


「せ、先輩……。あれ……」


「あ、ああ……」


 蚊の鳴くような声で言ってくる笹に対し、俺は小さく頷く。


 二人は俺たちに気付くことなく、奥の方の席へと案内されていった。


「ま、まさか本当に来るなんて……。私たちが来た時点で居なかったから、他の場所で探すのがベストかなって思ってたのに……」


「……そうだね。俺も……びっくりした」


 びっくりしたから、体の震えが止まらない。


 そうだ。これはびっくりしたからだ。びっくりしたから、俺は今怯えるように震えてるんだ。そうに決まってる。


「……蒼先輩……。その……ほ、ほんとに大丈夫ですか……?」


「え……? な、何が……?」


「何がって。あの二人のことに決まってるじゃないですか。まだ精神的にも立ち直れてないのに、こうして出会っちゃって……」


 顔をうつむかせ、申し訳なさそうに言う笹。


 悔しいけど、その通りだ。俺はまだ茜のことに関して、まったくと言っていいほど立ち直れていない。


 ……けど。けど、だ。


「……大丈夫」


「……へ……!?」


 笹の手に、俺は自らの手をそっと重ねる。


 その手は震えてるのが明らかだってのに。


「……今日は、なんだかんだ……あいつらに会うためにここまで来たんだ。それなのに……ビビってるからって何もしないのは……意味がわからない。俺は……大丈夫だから」


「……あ、蒼……先輩……」


 きっと笹から見て、今の俺は随分とダサく映ってるんだろう。


 こんなセリフを吐いても、強がってるのはバレバレだ。


 だけど、いくらダサかろうが、やらないといけないことはある。


 俺は今日、しっかりこの目に二人の光景を焼き付けるんだ。


 と、そんなことを考えてる矢先のことだった。


「っ……」


「……!?」


 不意を突いたかのように、笹が隣から身を寄せて来た。


 戸惑い、体の熱が一気に上がる。


「さ、笹……?」


「…………ごめんなさい。ほんとに、ほんとに……」


「え……?」


 どういうことだ。何がごめんなさいなんだ。


 反射的にそう問おうと思ったけど、なんとなくその謝罪の意味がわかって、俺は何も返すことができなかった。


 そうか。俺は……そうだった。


 そのまま、身を寄せて来た笹を受け入れ、ジッとする。


 それから、一分ほど経ったくらいだろうか。俺はおもむろに切り出した。


「……あいつらのとこ、行ってみようと思う。俺」


「……へ……!?」


 驚いたからか、俺に身を預けていた笹は、飛び起きるかのように少し距離を取り、こっちを見てくる。


 信じられない、とでも言うような目だった。


「もちろん、茜と竹崎が一緒にいる時じゃない。竹崎の方、かな。あいつがちょっとトイレに行ったりした時を見計らって、会話しに行こうと思うよ」


「で、でも……」


「大丈夫。もうビビったりしないからさ。笹はここで待ってて」


 言うと、笹は心配そうに俺を見つめてくれ、やがて「わかりました」と了承してくれた。


「……先輩……。また後で……その、謝らせてください……」


「え? また?」


「……はい。私……いつもこんなだから……」


 そう、呟くように言う笹の顔はいつも見ないくらい落ち込んでる。


 俺は……もう一度彼女の手に触れた。


 とにかく君には明るくいて欲しい。そう言葉を告げて。


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