翌日。今日も今日とて、俺と笹は放課後の時間を使い、一緒に行動。
互いにこれといった予定も無く、やることと言えば、竹崎と茜の情報収集のみだった。
だから、二人そろって件の猫カフェへと向かう。
笹の心理状況がどんなものになってるのか、俺にはあまり想像が付かないし、表情を見てもよくわからなかったが、少なくとも俺の方は心臓をバクバクさせていた。
やっぱり怖い。竹崎と茜が仲良さげにいるところを見るのが。
「――蒼先輩? どうしました? ちょっと顔色悪いですけど」
「……ん。あぁ、いや。何でもないよ」
「何でもなかったらそんな顔しないと思いますけどね。悪いことをして、怒られるんじゃないかって怯えてる人みたいな顔してました」
「別に悪いことはしてないけどさ……」
今さら竹崎と茜に遭遇するのが怖いとは言えない。その二人を見つけに行ってるんだから、今。
「猫カフェ、もう着きますけど、大丈夫です? 体調悪いなら、ちょっと他の場所でも休めますよ」
「大丈夫。本当に大丈夫だから、心配しないで」
どうにか安心してくれるように言うも、笹は俺の顔を覗き込むようにして眉をひそめた。大丈夫じゃないとか、言ってられないだろ。
「じゃあ、着きましたけど、体調悪くて『もう限界!』ってなったら言ってくださいね? 私、先輩を介抱するくらいはできますので」
「大丈夫です。いいから中入ろう。入口で突っ立ってたら、お客さんの出入りの邪魔になるし」
そんなわけで、俺たちは猫カフェへ入店。
もう余計なことは考えない。
コソコソと店内へ入るわけにもいかないし、先に竹崎と茜が居たらその時点で存在がバレてしまうんだ。
堂々としておいて、話す機会があればその時は何もない風を装う。それでいいじゃないか。うん。
「いらっしゃいませ~。お客様、二名様でよろしいですかにゃ~?」
入店するや否や、待ってましたとばかりに猫耳カチューシャを付けた店員さんが駆け寄って来られる。
特徴的な語尾だが、そんなことを今気にしてる余裕はない。
二人であることを告げ、席へと案内された。
店内を歩いてる最中、ざっと辺りを見渡したのだが、竹崎と茜の姿は無かった。心の底から安堵してる自分が情けない。
「では、ご注文お決まりになりましたら呼び鈴でお呼びくださいにゃ~。おすすめは猫耳アイスカフェオレなので、そちら注文してみて欲しいにゃ~。ではでは、ごゆっくりにゃ~」
にゃーにゃー言って、猫耳店員さんは去って行った。
笹はそんな彼女の後ろ姿をジッと見つめ、やがてキラキラさせてる瞳を俺へと向けてきた。
「蒼先輩、私ここでバイトしてもいいですかね? 店員さん、すっごく可愛くなかったですか?」
「ま、まあ」
「こんな感じで……。にゃ、ってしてるとこ、先輩も見たくないです?」
言いながら、猫の甘えポーズを披露してくれる笹。
相変わらずあざと可愛いことをするけど、余裕のない俺はただ頷くことしかできなかった。
そんな俺を見て、笹は困り眉になって首を傾げる。
「やっぱり先輩、今日様子おかしい。いつもだったら私の可愛いポーズ見ると、照れたり顔逸らしたりするのに」
「は、はい……?」
「理由はなんとなくわかりますけど……。でも、こうして攻めたことしてかないと前には進めないじゃないですか? 竹崎竜輝と、茜先輩がいそうなところに出向いたり」
「……っ」
「それに、そもそもお話はしてましたよね? 猫カフェ行こうって。ここに来てビビっちゃうなんて、蒼先輩らしくないです。いつもならもっと堂々としてるのに」
反論の余地も無かった。
俺はただ黙り込むしかない。
黙り込んでると、笹は仕方ないという風に小さくため息をつき、呼び鈴を鳴らした。
さっきの猫耳店員さんがおすすめしてくれたアイスカフェオレを二つ注文。それで、店員さんが去って行くと、また小さくため息を漏らした。
「こんなこと、今さら聞くのも何ですけど、一筋縄じゃいかないことなんですかね?」
「え……?」
「大好きだった彼女さんを盗られちゃって、その盗った男と、元彼女さんが一緒に居るところに出くわすって、やっぱり勇気のいることなのかなって。先輩、今すっごく怯えてるように見えるから」
「……」
そりゃ、まあそうだ。……とは、正直に言えなかった。
情けない自分を既に曝け出してるのにも関わらず、それでもどうしようもないプライドみたいなものが、本心を言うのを邪魔する。
たぶん、今の俺は笹から見て心底ダサいんだろうなぁ。
まあ、それがありのままの俺なわけなんだが……。
「あ……! え、えっと、その、そ、そんなに怖がってたら、私が前言ってた通り、檻の中に閉じ込めて飼っちゃうぞー! ……みたいな」
「……はは。そこ、前は隠してたじゃん」
「え……!? ば、バレ……って、違っ! そ、そうじゃなくてぇ! え、ええっと……!」
「……」
「……えっと……あの……」
「………………」
「うぅ……」
微妙な空気。
俺は何をやってる。
猫カフェに来て、後輩の女の子に気を遣わせて。
「笹、あの――」
「蒼先輩っ……!」
「っ……!」
勢いのある語調で言葉を遮られ、思わず俺は喋るのを中断してしまった。
代わりに、笹が続けてくる。
「ごめんなさい。私、こういう時ほんと空気読めなくて……。先輩が傷付いてるのは当然だし、ここに来て茜先輩と竹崎に会うってなったら、いっぱいいっぱいになっちゃうのも当たり前ですよね。なのに、訳わかんない質問して……」
「い、いや、いいんだ。いいんだよ、笹。そんなの、さっき笹が言ってくれた通り、昨日からここに来るってことは約束してて、心構えもしてて当然なはずなのに、俺が変に色々意識してるだけだから」
「だから、そうやって意識しちゃうのが当然ですよねって話です。なのに私ったら、ズケズケとデリカシーのないことばっかり言っちゃってたので……、ごめんなさいしかなくて……」
「……っ」
「先輩の付き人失格です。蒼先輩がいつも優しくしてくれるからって、私ちょっと図々しすぎました」
「失格とか、そんなのも別にない。付き人とか、そういうのも俺は望んでない」
「でしたら、私はいったい……」
「傷付いてる情けない俺なんかと一緒に居てくれてる、損得関係抜きの優しい女の子だよ」
「……!」
「他にこんな子は居ない。だから、居てくれるとすごく嬉しい。俺は今、どうしようもないくらい一人で、どうしようもないくらい弱い男だから」
「蒼……先輩……」
「だから笹、君が謝ってくれる必要なんてどこにもない。多少何か言おうとも、それ以上に俺は君に救われてる。そこはわかって欲しいんだ」
「……」
「それだけで……俺は何もいらないから……」
猫カフェの雰囲気にはまるで合ってないような会話内容だ。
それだけに、俺たちの周りには猫が寄りついて来ていない。
なんか、店員さんたちにも悪いことしてるかもな。店の雰囲気、壊してるかも。
そう思っていた矢先だった。
「いらっしゃいませ~」
店員さんの声が聞こえ、ふと入口の方へ視線をやる。
「――!」
そこには、恐れていた二人の姿があった。