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第22話 同じ痛みを知る人

「とりあえず、注文するのはドリンクバーとポテトくらいでいいかな?」


 杉原の提案に俺と笹は頷く。


 ここは芥山高校付近のファミレス。


 時間帯的にも放課後で、辺りを見回せばチラホラ俺たちと同じ制服を着た高校生が談笑してる。


 ただ、それでも店内はどちらかというと閑散としていて、静かな雰囲気だった。これだと会話もしやすいはずだ。


「さてと、じゃあじゃあ、ジュース取ってきたら本格的にお話していきますか。せっかくこうして私も笹ちゃんに会ったわけだし」


 店員さんにポテトなどを注文し終えた杉原はそう言って席から立とうとする。


俺も立とうとしたが、それを笹に制止された。


「先輩は私たちのバッグ見張っててください。飲み物、代わりに取って来てあげますから」


 そういうことなら、だ。


 そのまま席に座り直して、会話しながら向こうへ行く二人の背を眺めた。


 ……にしても、大人びた風貌だ。杉原佳澄。


 改めて思うが、笹に見せられた写真とはまるで雰囲気が違ってる。


 もちろん顔は写真通りなのだが、金寄りの茶褐色に染められたロングヘアと着崩された制服や所々に身に付けてるアクセサリーやマニキュアなどを見ると、地味目の淑やか系女子とは縁遠いと言わざるを得ない。


 イメージチェンジした理由については笹も知らないみたいだし(というより、笹も杉原に会った時びっくりしてた)、彼女の中で何かあったのは間違いないんだろう。


 友だちの影響とか、あるいは自分にコンプレックスを抱いて変わりたいと思ったからか、それ以外か……。


 どちらにせよ、こんなこと彼女の前で言うつもりは毛頭ないが、個人的には写真で見た杉原の方が好きだ。


 変に大人びてなくて、それでも可愛くて。


 変わろうとしなくても充分魅力的なのに。


 勝手に残念に思う俺だった。


「お待たせ。窃盗はされてない?」


「大丈夫だよ。俺がずっと見張ってたから」


「そかそか。なら安心。会って間もないけど、瀧間くんが守っててくれたらなんか鉄壁感あるもんね。頼りになりそうだなって思う」


「それわかる、佳澄ちゃん。蒼先輩って雰囲気は強くなさそうだけど、なんか安心感あるよね」


「おーい、それどういう意味だー?」


「もちろん悪い意味じゃないですよ? いい意味です」


 盛り上がって若干失礼なことを言う笹に釘を刺し、俺は「やれやれ」と持ってきてくれたコーラをさっそく一口。


 しゅわっと甘くはじけて、渇いていた喉をすぐに潤してくれた。


「それじゃ、言った通り駄弁ろっか。笹ちゃん、私に聞きたいことって何だったっけ?」


 クリームソーダに口を付けてから言う杉原に、笹は頷きながら返した。


「単刀直入に言うと、私のお兄ちゃんに関することだよ」


「……ふんふん。竜輝くんに関すること」


 杉原の返答、一瞬間があったな。視線も少し落ちた。


「けど、竜輝くんのことだったら、笹ちゃんの方が詳しいんじゃない? 今はもう一緒に住んでないとはいえ、実の妹なんだし」


 笹は首を横に振る。


 そうじゃない、と。


「あの人のこと、私ほとんど知らない。ていうか、知りたくない。今も本当はこうして名前出すのも嫌だし」


「嫌だけど、瀧間くんのために仕方なくって感じ?」


「……うん。正直に言えば」


「私に会いに来るのも本当は嫌だったとか?」


「ううん、それは違う。佳澄ちゃんが嫌とか、そういう感情はないよ。……ただ」


「ただ?」


 問う杉原に対し、笹は何か言いづらそうにしながら、それでも続けた。


「……その、声かけづらかったんだ。お兄ちゃんと別れて、それから傷付いてるだろうなってずっと思ってたから……」


「……なんだ。そんなこと――」


「そんなことじゃないよね? しばらくは音信不通だったし、見た目もこんなに変わっちゃてるんだもん。絶対何も思わないなんてことなかったと思う」


「……」


「お兄ちゃんは……竹崎竜輝は本当にドクズだから。蒼先輩も幼馴染の彼女さん奪われちゃったし……」


 場に沈黙が流れた。


 俺は元より何も言えることがない。


 竹崎や杉原、そして笹を取り巻く関係に関してはまるで理解してないから。


 ただ、その中でも驚きはあった。


 目の前にいる杉原と竹崎が付き合ってたということだ。


 幼馴染同士ってことは聞いてたけど、付き合ってたとまでは聞かされてなかった。


「……笹ちゃん」


 沈黙を破ったのは杉原だった。


 笹の方をしっかりと見つめて、自虐的な笑みを浮かべながら語り始めた。


「確かにね、竜輝くんに別れようって言われた時、私すごく傷付いてた。大袈裟じゃなく、本当にこの世の終わりかなって思うくらい」


「……うん」


「それまで特に喧嘩もなかったし、竜輝くんはいつも通り昔のまま私に接してくれてたから、別れようって言われた原因がわからなかった。理由も彼は教えてくれなくて、ただ別れたい、の一点張りだったし」


「……」


「そうやって言われたら私ももう応えるしかないよね? 別れたいって言ってくるのに、嫌だ、とか言えなかったし、言って仮に関係を続けてたとしても、竜輝くんの気持ちは私にもう無いのわかり切ってる」


「……それで、別れたんだ?」


 笹が問うと、杉原は頷いた。


 嫌で嫌で、嫌だったけど、仕方なかったから、と。


 彼女は続ける。


「でもね、別れてから数日後に私見ちゃったんだ。竜輝くんが芥山の制服着てる女の子と歩いてるところ」


「それって……」


「そう。茜さん。岡城茜さん。瀧間くんの幼馴染で、彼女さんだったっていう」


「……」


 笹は閉口し、俺の方をちらっと見やってきた。


 俺は軽く引きつったような笑みを浮かべ、自分の足元を見つめる。


 出会ったのがそのくらいだったってことなんだろうか。いや、でもそれはわからないか。


「もう笑っちゃったよね。そうなんだーって」


「二人が付き合ったタイミングとかはわからない?」


 笹が聞くも、杉原は「わからないわからない」と首を横に振る。


「だけど、出会ってたのはそれより前だと思う。二人がいるのを見た時は既に仲良さげだったし」


「そう……だったんだ」


「たぶん竜輝くん、私と付き合いながら茜さんと会ってたんだろうなー。はは……。なんかそう考えると私バカみたい。一人で舞い上がって、髪色とか雰囲気とか、見た目も竜輝くん好みにしたのに、全部裏目に出て……」


「……」


「今だって、もうこんな恰好止めればいいのにずっと続けてるし。竜輝くん、戻ってくるはずないのにね……。ははは……」


 言って、顔を自分の手で覆う杉原。


 俺はもう、そんな彼女を見て、居ても立っても居られなくなった。


「わかる。わかるよ」


 黙り込んでいたところ、気付けば声を出していた。


 杉原は顔を覆っていた手を離し、そーっとこちらを見つめてくる。


 彼女は泣いていた。


 そして、俺も不覚ながら涙目になっていた。


 涙目になりながら続ける。


「杉原さんの気持ち、めちゃくちゃわかる。好きだった人が他の人のところに行こうが、そう簡単に諦められないよな……。諦めなきゃいけないのはわかってるけど、それでも気持ちがそうはさせてくれないんだよな……」


「瀧間……くん……」


「俺もそうだよ。どうしていいかわかんない。自分の何が悪かったかとか、茜からちゃんと教えてもらえなかったし、でも今さらそれを治したところでもうあいつの心は離れて行ってるからどうしようもないし。……ほんと、なんでこう失ってから後悔するんだろうな。バカだよ……。大バカ」


 傍で笹が「バカなんかじゃないですよ!」と否定してくれるも、実際にはバカなんだ。


 後悔する前に気付けばよかったのに。


 失ってからじゃ元も子もない。


 そんな単純なことだったのに、茜がどう思ってるかとか、なんで気にしなかったんだろう。


 改めて情けなくなってくるよ、ほんと。


「……とにかくさ、杉原さん。こんなの励ましにもならないだろうけど……、俺も似たような境遇だから」


「似たような……境遇……」


 俺は頷いた。


「幼馴染取られて、恋人を取られて、後悔して。一人じゃないから。俺もまったく同じだ」


「……うん……」


「だから、何か辛いなって思ったら、俺のこと思い出して。あいつも取られたもんなって。そしたら……ちょっとは気が楽になるかもだし……」


「……かな……?」


「うん。たぶん。たぶんだけどね」


 俺がそう言うと、杉原はほんの少しだけ頬を緩ませてくれた。


 それを見て、こっちも救われた気になる。


 そうだ。俺と杉原は、言ってしまえば写し鏡みたいな関係だ。


 互いに幼馴染からフラれ、その幼馴染同士が付き合ってる。変な感じだ。


「……なんか、笑えるね。私が励まされちゃった」


 杉原が微笑しながら言った。


 俺も微かに笑いが出てしまう。


「俺もだよ。話聞く前に救われた気になってる」


「……本当ですよ。お二人とも、勝手に解決し合おうとしてるじゃないですか」


 傍で笹がぶーっと頬を膨らませた。申し訳ない。


「ごめんね、笹ちゃん。竜輝くんのことだよね。話はするよ」


「お願いだよー。あの人が普段どういうとこで遊んでるかとか、放課後に入り浸ってる場所とか、そういう情報お願い」


「はいはーい。教えますよー」


 笹の機嫌を取るみたいに杉原は言っていた。


 やれやれだ。


 確かにそれらの情報も今後笹と動いていく上では重要だろう。


 けど、だった。


 俺からしてみれば、同じ境遇にある杉原とそういう会話ができた時点で色々と助かってた。


 同じ痛みを味わってる者同士、やっぱり分かり合える部分があるんだ。気持ちが前と全然違った。気楽になった気がする。


 だから――


「……っ」


「……?」


 笹と話してる最中なのに、杉原が何か言いたげに俺をちらっと見てきたことを深く考えず、流してしまってたこと。


 それがさらに事態を複雑なものに変えて行こうなど、その時の俺は知る由もなかった。


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