目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第21話 杉原さんは元地味女子

 竹崎竜輝の通う芝野井高校は、俺たちの通う芥山高校付近の駅から三駅ほど行った場所にある。


 だから距離的にはそこまで遠くなく、両校の生徒同士が遊んでる姿も町の中でよく見かけるわけだ。


 茜と竹崎も、そういう高校の距離の近さから何か縁があり、仲を深めていくということに至ったんだろう。考えるだけで吐き気がするが。


「――ってなわけで、着きましたね蒼先輩。芝野井」


「……うん」


 言いながら、俺たちは芝野井の正門をくぐる……わけではなく、さびれた柵の隙間から校内にこっそり入ってた。


 下手をすれば、いや、下手をしなくても不法侵入な気がする。


 思い切り制服も違うし、ここの教師に見つかったら即捕まるような案件だ。


 ただ、これも仕方ない。


 正門から堂々と入って竹崎竜輝に会いでもしたら、俺はその時どんな顔をすればいいのかわからない。


 向こうは俺のことを知ってるのかわからないが、とにかく会って話しかけられたりでもしたら、気がおかしくなりそうなんだ。


 いずれ奴と相対して会話しなければならない時が来るのはわかってる。


 でも、今はまだその時じゃなかった。


 今は、どんな風に構えていればいいのかわからない。


 怖がってるんだ。俺は竹崎を。


「そんなに不安そうな顔しなくても大丈夫ですよ?」


「え」


 普通にしてたつもりだけど、隣を歩いてる笹に言われて、俺は反射的に自分の顔を抑えた。


「不安そうな顔とかしてた?」


「してます。俺は今日死ぬんじゃないかって死刑執行を告げられるかもしれない死刑囚みたいな顔してました」


 具体的な例えで表現してくれてありがとう。


 でも笹、そんな物騒なことをニヤニヤしながら言わないでくれ……。


「だけど、蒼先輩が不安なのはすっごくわかります。私が先輩の立場なら、たぶん今日ここには来てなかったと思うし」


「……そう、なんだ……」


「はい。それに比べたら蒼先輩は強いです。私のお願いとはいえ、こうして一緒に来てくれるんですから」


「……」


 強いなんてことはない。


 本当に強かったら、そもそもいつまでもフラれた女の子に執着なんてしないと思うから。


 自分の弱さを認めて、非を認めて、次に進むことができるはず。


 なのにそれをしないのは、昔からの幼馴染との時間を忘れられない。それにいつまでも浸っていたいっていう弱い自分がいるからなんだ。


 笹、ごめんよ。俺は本当は弱い。どう考えても。


「ってわけなんで、先輩。大丈夫です。いざとなったら私がいるんで、安心してください」


「……それは君にも言いたい。お兄さんに会って何か辛いことがあったら、俺を頼ってくれ。お互いに助け合えると思うから」


 言うと、笹は意外そうにわざとらしく「おぉ」と目を丸くし、クスッと笑った。


「はーい。頼りにしてますね」


「なんか言いたげだな」


「別にー? ……ふふっ。ほんと、頼りにしてますから」


「っ……(汗)」


 嘘くさいなぁ……。


 けど、まあ今の俺ならそんなもんか。




●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇




 笹の言う『竹崎をよく知る人物』である杉原佳澄とは、校内にある噴水の場所で会うことになってる。


 集合時間は十七時くらいって聞いてて、俺たちが集合場所に辿り着いたのが十七時ジャストだった。


 もう先に来てるかな、とは思ってたものの、噴水のある場所に杉原さんはいない。


 五分ほど経ったが、それでもそれらしい人がここに来る気配はなかった。


「……あの、笹さん? 本当に杉原さんは今日ここに来るんだよね?」


「来ます来ます。佳澄ちゃん、ちょっと時間にルーズなので、十分遅れくらいがあの人の約束時間ぴったしなんですよ」


「なんだそれ……」


 たったの十分遅れがぴったしなら、もう集合時間きっかりに来ればいいのに。


 そう思うものの、それなら仕方ないなと考えることにし、俺は息を吐いた。


 芝野井にいる限り、心の内はどうしたって落ち着かない。


 歩いてくる生徒が竹崎なんじゃないかと内心ビクついてた。


 そんな折だ。




「あっ! やっぱ先来られてたかー!」




 向こうから大きな声が聞こえてくる。


 見れば、そこには派手めなギャルがいた。


 こっちを見て、手を振ってる。


「え……? あ、あの人……?」


 なんか笹の写真で見た人とは見た目が全然違うような……。


「……へ……?」


 笹も首を傾げてるし。


 でも、こっちに手を振って走って来るギャルさんは俺たちの目の前で立ち止まり、明るめな雰囲気そのままに笹の手をギュッと握った。


「やっほ! 笹ちゃん! 直で会うの久々だね! 元気だった?」


「え、えっと……」


「へ? どしたどした? なんかすっごい困惑してるような顔してるけど」


「あ、あの……ど、どちら様ですか?」


「えーっ!」


 大袈裟なリアクションをしながら驚いてみせる杉原……と思われる人物。


 てか、こうして俺たちに話しかけてくるとしたら杉原佳澄以外ないのだが、にしても写真で見たのと全然違う。


 笹が困惑するのも頷けた。


「笹ちゃん、何言ってんの! 私だよ! 佳澄! 見た目は確かに変わっちゃったけど、佳澄だって!」


「み、見た目以外も全然変わってるじゃん! 前の佳澄ちゃん、そんな元気いっぱいキャラじゃなかったし!」


 笹が言うと、杉原は「あぁ~」と頷いた。


「まあ、その辺りはちょっとね。色々あったんだ」


「色々って?」


「色々は色々! うん! その辺りのことは詳しく今から話すからさ!」


「んんー……今話してよ……。気になるのに……」


「いいからいいからっ。……で、そちらの隣の男の子が噂の?」


 視線を向けられ、俺は軽く会釈した。


 どんな噂をしてたのかはわからないけども、たぶん俺が噂の男だ。


「うん。そう。蒼先輩。瀧間蒼先輩だよ」


「ふむふむ。……ふーん、そっか。そうなんだ」


「……な、何でしょう?」


 意味深な目で品定めされ、つい聞き返してしまった。


 彼女は軽く首を横に振り、「ううん。何でもない」とした。絶対なんかあるだろうに、言いたいこと。


「それじゃ、ま、とりあえず場所変えよっか」


「どっか行くの?」


 笹が問うと、杉原は頷く。


「芥山付近のファミレス行こ? 私も帰り道だし、そこだとたぶんあの人いないから」


 あの人……。竹崎のことか。


 どうも俺を気遣ってくれてるらしい。


「ね、瀧間くん?」


 杉原は俺に微笑みかけてくれた。


「……まあ、そうですね」


「あはは。敬語はやめてよ。なんか、ちょっと前の自分見てるみたいだし」


 言って、彼女は俺の肩を軽く叩くのだった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?