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第18話 小悪魔後輩の気持ち

 カレーができた。


 笹と協力して作った力作だ。


 それを炊いておいたご飯と一緒に皿へよそい、サラダと合わせてテーブルへ運ぶ。


 このサラダはあらかじめ笹が作っておいてくれたものだ。


 カレーは一緒に作ったけど、その合間に彼女はレタスやキュウリ、トマトを丁寧に切ってくれてた。


 仕事割合としては、全体的に俺三、笹七くらいだろうか。


「じゃあ、食べましょうか。私、スプーン持って行くので、先輩は先に座っててください」


「いいのか? 俺、三だけど」


「……? 言ってることの意味がちょっとわからないですけど、とにかく大丈夫です。スプーンなんて手で持ってササっと運ぶだけなので」


「……笹だけに、か」


「それホント好きですよね、蒼先輩」


 クスッと笑って、笹は言った通り先に座ってた俺の元へスプーンを持ってきてくれた。かたじけない。今度は仕事割合を三から四にできるよう善処します。


「ではではー。いただきまーす」


「いただきます」


 手を合わせ、食膳の御挨拶をし、俺たちはまずカレーを口に運ぶ。


「ん。おいひいでふっ!」


「うん。美味い」


「やっぱり、いっぱい愛情込めて作ったからですかね? いつもより美味しく感じます」


「え。自分のために愛情込めたのか?」


 俺が言うと、笹はジト目になって「何言ってるんですか」ともぐもぐしながら返してきた。


「愛情を込めたのは、蒼先輩のためにですよ? その結果として、自分が食べても美味しく感じてしまえるってだけの話です」


「あぁ~、なるほどなるほど……って違う。そうはならないって。愛情込めるって何?」


「何って、言葉通りの意味です。笹は蒼先輩のことを思って愛情を込めました。美味しくなぁれって」


 ……いや、そんな真顔でハートマーク作られても。


 この子が冗談を言ってるのかどうなのか、俺にはさっぱりだった。


 返す言葉に詰まり、ドレッシングもまだ何もかけてないサラダをバクバクと口に運ぶ。


 野菜特有の青臭さが口内に広がるけど、今はそれがカレーの熱を冷ましてくれてるような気がして、悪くない感じだ。


「ふふっ。嘘ですよ、先輩。冗談ですから、サラダにはちゃんとドレッシングをかけて美味しく召し上がってください」


「べ、別に俺、サラダにドレッシングかけない派の人間なだけだし。動揺したからそのままいっちゃったって訳でも何でもないし」


「はいはい。いいからいいから」


 ちくしょう……。


 俺をからかう後輩は、胡麻ドレッシングと和風ドレッシングの二つをくれた。


 なんか手のひらの上で転がされてる感がすごい。悔しいぞ。


「でも、なんかやっぱりダメですね。私、蒼先輩といるとすごく楽しいです」


「またからかいモード? 今度はもう絶対動揺させられないから」


 笹の顔を見ず、ぶっきらぼうな感じでドレッシングをかけながら言ってやった。


 ――が、


「っふふっ。そんな警戒しなくてもいいじゃないですかぁ~。違いますよ。これは間違いなく本心です。本当に、心の底から蒼先輩といると楽しいなぁって思うんです」


「……あ、あぁ、そう?」


「はいっ」


 満面の笑みで言ってくる笹。


 それがまた可愛くて、嘘だともからかってる風だとも思えず、俺は思わず顔を熱くさせてしまった。すぐに彼女から目を逸らす。


「だけど、それはダメだなぁって同時に思うんですよ」


「……なんで?」


「私、本当なら先輩の心の傷を癒してあげないといけない立場ですし」


 ……なんだその使命感みたいなの。


 俺はつい眉をひそめてしまった。


 眉をひそめ、笹の方を見る。


 笹は何とも言えない表情を作っていた。


 微かに笑みを浮かべてるけど、同時に自分を責めてるような、微妙なモノを。


「……別に俺、笹に心の傷を癒してくれ、とかお願いはしてないよね……?」


「はい」


「……なら、笹がそんな責任みたいなもの背負わなくてもいいんじゃ……? というか、背負わないでくれ。それだと、こっちも困るよ」


「……先輩が困る、ですか」


「うん。俺、笹が苦しそうなとこ見たくないし」


 苦しんでるくらいなら、さっきみたいにからかって小悪魔っぽく笑ってくれてる方が百倍マシだ。


 いくらでも俺のことを転がしてくれ。


 君が辛いのだけは……なんか嫌なんだ。


「……蒼先輩、やっぱり優しいですね」


 笑み交じりに言って、スプーンを置く笹。


 彼女は片肘を机に突き、ジッと俺を見つめながら続けた。


「私、憎い男の妹なのに、変に乱暴して憂さ晴らししないどころか、そうやって大事に思ってくれる。優しい」


「優しくなんてないし、そんなの当然だよ。笹は何も悪くないから」


 もっと言えば、俺は優しいじゃなく、ズルい男だ。


 笹が兄に向けてる憎しみみたいなものに乗っかって、竹崎に一泡吹かせてやろうとしてる。


 茜が奴の元へ行ってしまった原因は恐らく俺にあるのに、あたかも全面的に茜へ手を出したあいつが悪いみたいな、そんな言い方をして。


「……だから、とにかく変に笹は色々思わなくていい。俺は君に協力する。一緒にどこへでも行ってあげる。……ズルい男だから」


「ズルい……ですか?」


「……うん」


「………………」


 笹は何も返してこない。


 俺の方をジッと意味ありげに見つめ、それからスッと椅子から立ち上がった。


 で、こっちへ歩み寄り、うしろから俺の頭を抱き寄せてきた。胸が後頭部に当たる。マズい。


「ズルいのは……そんなの、私も同じです……」


「……え……?」


「……私……」


「っ……!」


 笹の声が耳元から伝わってくる。


 吐息が耳にかかり、囁くような音に俺は背中を思わず震わせた。


「……私……蒼先輩が茜先輩と別れて……正直嬉しかったんです……」


「……!?」


「……これで……ようやく先輩と仲良くなれるなって思ったから……」


「さ、笹……」


「ずっと……ずっと……オープンキャンパスの時から、先輩のこと思ってましたし……」


 その言葉を聞き、俺はうしろへ振り返る。


 そこには、妖しく包み込んでくれるような謎の包容力に満ちた目をする笹の顔があった。


「……蒼先輩……。実は私、先輩のこと……」


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