その日の放課後。
俺は学校の裏門辺りで笹と合流し、そのまま彼女の家へと向かった。
これで笹の家に行くのは二度目になる。
前回はちょっとしたハプニングがあって少ししか居られなかったが、今日はそのハプニングを作り出したお父さんの帰りが遅いらしく、夕飯もご馳走してくれるとのこと。
御馳走となると、それはやはり笹の手作り料理になったりするんだろうか。
それとも、一緒に何かを作って、二人で一緒に食べて、の御馳走?
わからないけど、どちらにせよ楽しみだった。
本来の目的は夕飯を食べることじゃないのに。
「では、先輩。どうぞ、入ってください」
「……うん。お邪魔します」
笹が玄関の扉を開けてくれて、俺は家の中へ入る。
二度目だけど、相変わらず茜以外の女の子の家は慣れない。
玄関に立つだけで心音が少し早くなった気がした。
「……? どうしたんですか? 靴脱いで上がってくれて構わないですよ?」
「あ、う、うん」
「二階にある私の部屋でまずはお話ししましょう。夕飯はあと……だいたい一時間後くらいでいいですよね?」
「そ、それはもう全然。笹にお任せする」
「はい。お任せしてください」
俺の言葉を受けて、笹は軽く自分の胸を叩いてみせた。
「先輩相手に簡単なもので申し訳ないですけど、カレーでも作ろうかなって思ってます。カレーと、スープにサラダ」
「おぉぉ。料理初心者の俺からしたら全然簡単なものじゃないよ、カレーは。作れるとか素直に尊敬。すごい」
俺が言うと、笹はわかりやすく頬を緩めた。
「別に尊敬されるほどでもないですよ。大袈裟です、蒼先輩」
「どこが。尊敬尊敬。カレーなんて俺が作ろうとしたら、焦がして真っ黒な何かになりそう。笹、すごいよ」
「……ふふっ」
「一回経験あるんだよ。中学一年の時、学校の宿泊学修で野外炊飯してさ。その時作ったのがカレーライスだったんだ」
「はい」
「それ焦がしちゃってさ。班の皆に迷惑かけたの、未だにトラウマ。先生とかにもめちゃくちゃ怒られてさ……」
「怒られたんですね」
「ふざけてんのか、って。いや、真面目に作ってましたって答えたけど、真面目に作ってたらこんなことにはまずならないって返されてね。もう、ただ怒られるしかなかったよね。俺、あくまでもほんと真剣に作ってたのに」
「なるほど、なるほどです。っふふっ」
「……? な、何……? なんかさっきからずっとニヤニヤしてるけど……」
「別にー? ニヤニヤなんてしてませんよー?」
嘘じゃん。すごい微笑ましそうな笑顔。
で、幸せそうにゆらゆら左右に揺れて、何かを堪能してるような笑顔。
こう、なんていうか、どことなく俺をバカにしてるような……そんな気もする笑顔でもあった。
「わかった。笹、今の話聞いてちょっと思っただろ? ださいな、って」
「そんなそんな。まったくです」
「嘘~。絶対そう思ってたじゃん。ま、別に本当のことだし、いいんですけどね。へへ……」
自虐的に笑いながら言う俺。
そんな俺に対し、笹は「ちっちっ」と人差し指を振りながら否定してきた。
「違いますよ。そうじゃないです。そうじゃなくて、蒼先輩らしいな~って思っただけ」
「……はは。俺らしくてどんくさいなぁ、かな?」
「ぶぶー。不正解」
口をタコのカタチにして、楽しそうに揺れながら言う笹。
「じゃあ、正解は?」俺が聞くと、彼女は顔を寄せてきて、上目遣いで囁くように言った。
「蒼先輩、とても可愛いです」
……これは……。
「っ……」
思わず笹から顔を逸らしてしまった。
可愛いって言われたことによる恥ずかしさと、妙にドキドキさせられる言い方のせいで、笹の方を見れなかったんだ。
「か、可愛いって……。い、意味わからん……」
「っひひ~。その反応、クリーンヒット? 先輩?」
「べ、別に……!」
「にへへ~。じゃあ、こっち見て言ってよ~。私の顔、ちゃんと見て~?」
「む、無理っ……!」
素直に俺が返すと、笹はまた楽しそうにクスクス笑った。
困った後輩だなって、その時ばかりは心の底から思ったんだ。