「――竹崎竜輝。私の兄に痛い目を見せてみませんか?」
二人きりの部屋の中、ベッドに押し倒された状態で唐突に言われ、俺の頭の中は一瞬真っ白になる。
「……痛い目を見せる?」
呟くように言うと、笹は小悪魔っぽい微笑を浮かべながら「はい」と返してくれた。
小さく頷いた反動で、彼女の耳にかかっていた髪の毛がはらりと俺の方へ流れ落ちる。
瞳は若干の潤みを見せていて、やけに艶のある表情だった。俺は思わず目を逸らしてしまう。
「もちろん、どうやって痛い目を見せるのか、なんかは具体的に私が説明します。まずは私の考えてるやり方で蒼先輩には動いて欲しいんです」
「……動くって。別に俺、復讐なんて……」
「望んでない……ですか?」
「……」
笹から視線を外したまま頷く。
すると、彼女は俺の首元にスッと顔を近付けてき、首筋へキスをしてきた。
「っあ……!? ちょっ、さ、笹……!?」
「……先輩は……こんな時にでも優しいんですね……」
「や、優しいってそんな――」
かぷ。
「ぅひっ!?」
変な声が出る。
笹が俺の首筋を甘噛みした。
「でも、今はそういう優しさいらないと思います。……だって、絶対先輩は自分に嘘ついてますもん。『俺は男として竹崎に負けただけだから』とか、そんなこと考えて」
「……っ」
「当たりでしょ? ふひひっ」
囁くように小さな声で笑って、笹はまた俺の首にキスをした。
「……蒼先輩はそんなこと考えなくていいんです……。だって、兄のしたことは許されることじゃないですから。裁かれるべきことで間違いないんですよ」
「さ、笹……ほんとにそれ……やめっ」
「私は……蒼先輩のためなら何だってします。復讐のお手伝いだって、こうやって慰めてあげることだって」
「な、ならまずは俺の上からどいてくれよ……。キスも……や、やめてくれっ……」
息荒めになんとか意思を主張すると、笹は言う通りピタリとキスをやめてくれた。
本当にやめてくれるのか、と一瞬目食らった部分もある。
が、俺はとりあえず安堵し、「ふぅ」と一つ息を吐いた。
すると、俺の顔を見つめてた笹はニコリと笑む。
「どいて欲しかったら、無理やりにでも私のこと押し退ければよかったのに」
「……そんなことしたら、君傷付かないか?」
「傷付きます」
「だろ? だからそんなことするわけないじゃん」
「自分の意思第一優先じゃないんですね」
言いながら、笹は俺の頬に手をやってきた。
俺は呆れつつも返す。
「優先だよ」
「え……?」
「いきなりベッドに押し倒してキスしてくるような痴女後輩でも、悲しむ顔だけはなるべく見たくないから」
「へ……」
「そういう俺の気持ち優先」
言って、「そろそろいいか?」と俺は起き上がった。
ポカンとして、笹は俺が起き上がるのを容易に許してくれる。
なんだ、あっけない。
こんなことなら最初から思い切って起き上がってみればよかった。
「……あの……笹?」
「――! へ、あっ、はい! な、何ですか?」
「どうしたんだよ。いきなりボーっとして」
「あ……あー……」
俺はまだ凪原笹という後輩の性格や考えてることなどを正確に把握しきれていない。
だけど、この反応は笹らしくないと思ってしまった。
照れて、頬に自分の手をやってるところは。
「な、何でもないですっ。ちょっと不意を突かれただけっていうか、はいっ。特に何もないですっ」
「……明らかになんかあったような言い方だが……」
「何もないって言ったら何もないんですよ! ほら、先輩は私と一緒に竹崎竜輝にどうやって復讐するのか考えましょう!」
「いや、ちょっと待て。なんで話がそういう風に進んでんだ」
「いいから。まずは――」
笹がそう言った刹那だった。
――ガチャリ。
「「――!」」
部屋の中に居てもわかる。
家の玄関が開かれる音がした。
そして――
「お。笹、今日は父さんより早く帰ってるのか。って、……ん?」
声がする。男の人の声が。
「おーい、笹ー! 帰ってるかー!」
全身が硬直した。
笹のお父さん、ご帰宅。
「なんか見慣れない靴があるんだけどー? 友達かー? でもこれ、男物だよな?」
マズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズいマズい。
俺は冷や汗をダラダラ流すのだった。