笹に声を掛けられた翌日、俺はずっと考え事をしていた。
ただ、考え事といっても、何か壮大な作戦を立てたからそれに向かって歩み始めてるとか、そういう具体的なものじゃない。
ひたすらにボーっとして、益体のないことをグルグルと考え続けるだけ。
笹は、俺から茜を奪った男・竹崎竜輝の妹。
なのに、俺に色々と協力しようとしてくれてる。
それは一年ほど前に高校のオープンキャンパスで迷子になってたところを助けてくれたからって話だ。
まさかあの時の三つ編みの女の子が笹だとは思わなかった。
色々と入試のアドバイスとか、進路の相談とか軽くしたのは覚えてるけど、具体的に何か感動的に説得をしたってわけじゃない。
まったくもって印象に残るような会話をした覚えが無いから、こっちとしても助けたとか、そういう感覚がまるで無いんだ。
だから……なんというか、むず痒い。
感謝されるべくしてされているという感覚がまるで湧かない。
俺はもしかしたら笹に騙されてるのかもしれない。
でも、昨日俺に向けてくれてた笹の目は、とても嘘を付いてるようには思えなかった。
……結局のところ、どうなんだ。
彼女を信頼してもいいのか? けど……。
「よっ、親友。どーしたよ、そんな暗い顔してさ」
自分の席に座り、机に肘を突いて虚空を眺めていると、唐突に肩を叩かれる。
見れば、そこには
「お前、わかってて聞いてるだろ大樹。まだこいつ、完全に立ち直り切れてないんだよ」
と、大樹のうしろにいたクール系のイケメンが言う。
このイケメンも俺の友人。
一年の時に席が近かったことから仲良くなった。不愛想だけど、悪い奴じゃないタイプ。
二人に声を掛けられ、俺は「はは」と苦笑してみせた。
「別に立ち直れてないわけじゃないって。心配しないで」
「お前も見え見えの嘘つくなよ。ヤられてから一か月も経ってないんだ。俺たちの前でくらい正直にしとけ」
まあ、それはそうだ。
蓮の言うように、茜を奪われてから一か月もまだ経ってない。
落ち込んでないわけがなかった。
「そうそう、蓮の言う通り。まだ立ち直れてないってんなら全部吐き出すべきだな。ほら、放課後ファミレスとか行くか? 最近出た新メニューさ、季節のフルーツを使ったバフェ? あれめちゃ美味いらしいんだよ」
「それ、お前が行きたいだけだろ大樹?」
「ぎ、ぎくっ! いやいや! そんなわけないじゃないですかー! はっはは!」
誤魔化しながら笑う大樹を見て、蓮はため息をつき、
「ったく、お前はいつだってお前だな。で、そのパフェが美味いとかってのもどうせ天井からのタレコミとかだろ?」
「そそそ、そんなわけないだろ!?」
「はいはい。バレバレ。今蒼はそれ関連で傷付いてんのに彼女の話持ち出すとか、ホント鬼だな」
「蓮が言わなかったら良かったんじゃん! てか、パフェが美味しそうなのは事実だし!」
わちゃわちゃと楽しそうにする二人。
俺は俺で、相変わらずの二人を見て呆れ笑いをするばかり。
大樹と蓮は、俺にとって何でも話せる関係性ではある。
でも、笹のことに関しては今相談するべきじゃないと思った。
だから、ここはまだ適当に誤魔化すことにした。
「ま、今日はそのパフェ遠慮しとくよ、大樹」
「え、なんで!?」
ショックな顔をする大樹に、俺は冗談っぽく腹部を触りながら言う。
「甘いもの~って気分じゃねーの。それよりも今は……ひたすら縁側で苦いお茶を飲んでおきたい……」
「……ほら見ろ大樹。お前が天井の話なんて出すから。蒼、完全に目から光が消えてる」
「出させたのは蓮じゃん! ちょっ、ええぇぇ!? 美味しいよ、蒼! 食べに行こうぜ、パフェ!」
「いやいや、冗談だって。でも、今日はホント遠慮しとく。放課後は予定あるんだ俺」
大樹を安心させるよう笑みを浮かべながら返すと、二人は「え?」と疑問符を浮かべてきた。
「予定? そんなショック中になんかあるのか?」
「まさか、もう次の彼女ができそうとか? 幼馴染の女の子を寝取られたばかりなのに」
「だからお前はデリカシーが無いのかって」
バシッと蓮に頭を叩かれ、「あだっ」と声を出す大樹。
本当に相変わらずだこいつ。
「まあいい。蒼、なんかあったら話は聞く。何の予定かは知らんけど、今度テキトーにまた話聞かせてくれ」
「りょーかい。悪いな、蓮」
俺が言うと、蓮は「気にするな」と顔の前で手をゆっくり振るのだった。
●〇●〇●〇●〇●〇●
そういうわけで放課後。
俺はすぐに校門を出て、例の河川敷を目指した。
昨日まではただの帰り道に過ぎなかったが、今日はそういう訳じゃない。
笹と約束したんだ。ここでまた明日会いましょう、と。
河川敷に設置されてるトイレ。そこの入口ではなく裏側の方へ回る。
「……あ」
すると、そこには笹がもういた。
ソワソワとスマホを眺めていたところから顔を上げて、俺を見つけた彼女の顔には、一瞬幸せそうな色が浮かぶのだった。