彼女を他の男に奪われる。
そんなこと、フィクションの世界でしか起こらないものだとばかり思ってた。
けど、それは実際に起こることで、現実としてあり得ないことではないらしい。
俺――
現場を見たのは、自室の窓からだ。
俺の家と茜の家は隣同士で、部屋の窓を介してお互い行き来ができるほど近く、カーテンを開けていれば何をしているのかわかるほど。
深夜だったこともあって、俺はその時部屋のカーテンを閉め切っていた。
茜の部屋もそれまでカーテンは開けられてたものの、電気が点けられてなかったから、いないものとばかり思ってたんだ。
もしかして、今日はもう寝てしまったのか? 一日の終わりに声でも掛けたかったのに。
そんなことを何気なく考えてたのを覚えてる。仕方ないから、俺も寝てしまおう。明日の朝、玄関先で会えたらいいか、と。
だが、俺の呑気な考えは一瞬にして吹き飛ばされる。
自室の電気を消し、ベッドに入って目を閉じたところ、だ。
静謐さの中で、微かに聞こえる女の人の声。
それは、日常的な会話で出すようなものじゃない。
明らかに、そういう大人向けのビデオで聞いたりするような、いわゆる行為の最中に出す声だった。
……何やってんだよ。もしかして、外か? 野外プレイ? 嘘だろ……?
耳で聞き入れた直後、俺はそう考え、少しも最悪の状況を予想しなかった。
けれど、寝返りをうち、しばらくその声を聞いていると、それがどこか馴染みのあるものに思えてくる。
…………茜の声……? ……いや、でもそんなはずは……。
俺はすぐさまベッドから起き上がった。
あり得るはずのない状況が脳裏をよぎり、鼓動が早くなる。
閉めていたカーテンを震える手で掴み、わずかに開けると、そこには――
「…………ぁ………………」
信じられない光景だった。
そんなことが起こるだなんて微塵も予想してなかったのだ。
頭の中が真っ白になり、茫然自失となるほかない。
茜が知らない男とヤっていた。
まだ、俺とはそういうことをしていなかったのに。
●〇●〇●〇●〇●〇●
茜の寝取られ現場を目にした一週間後、俺は彼女から「別れたい」と言われた。
そうなることはわかってた。
でないと、恋人の俺意外と肌を重ねることなんてしようと思わないはずだ。
俺は、特に首を横に振ることなく、了承。
ただ、理由は知りたかった。
どうして別れたいと思ったのか、そこを軽い感じで聞いてみる。
すると茜は、
「……もっと、好きって言って欲しかった。関係が……全然前に進まなかったから」
と、遠慮がちに、申し訳なさそうに教えてくれる。
あの夜に見た男は、きっとそんな茜の願望を満たしてくれる奴だったんだろう。
べりべりと強引に頭の中の何かを剝がされていくような感覚がし、胸辺りが重く痛む。
これ以上追及することは止め、俺と茜は恋人関係を解消させた。
ずっと続くと思ってた。
小さい時から一緒で、色々な思い出を共有して、ようやく付き合えて、結婚までするんだろう、と、そう思っていたのに。
俺は、それからしばらくを死んだように生きてた。
学校に通い、放課後になったら家へ帰る。
それは茜が横に居てくれた時と変わらないはずなのに、やけにモノクロで、このまま本当に死んでしまってもいいのかもしれない、と思わせてくれた。
――そんなある日だ。
「瀧間蒼先輩……ですよね?」
下校中、背後から一人の女の子が声を掛けてくれたのだった。