時は経ち、二年の月日が廻った。
松川の潮風が鼻先を擽る梅雨晴れの初夏。
季音は真っ新な白無垢に身を包んで龍志と共に花嫁行列の先頭を歩んでいた。その僅か後方に、初老の女性──龍志の母に手を引かれて歩む稚児の姿がある。それを見て境内に参拝に来ていた人達は皆にこやかな笑顔で祝福の声をかけて見守っていた。
……しかし、この列に並び歩む者達三名が妖に神獣だなんて誰も気付いていないだろう。
後方で傘を持つ朧は大男に変わらないが、角は生えておらず髪だって今は黒々としている。人に化けて尻尾も耳も生えていない無い瀧においてはどうからどう見ても町娘だ。いつもの格好が格好の所為だろう。ちゃんとした着物を着ていれば、どう見たって凜とした雰囲気の美少女に違いない……と、初めて人に化けた彼女を見て季音はそんな風に思った。それは蘢も同様で……街の娘達は何という美丈夫だと、彼を見て黄色い悲鳴を上げていた。
「見て! あの花嫁さんとても綺麗! 白無垢に真っ白の髪がとても素敵!」
うっとりとした視線を送る少女達の声は確と耳に届き、いたたまれなくなって季音は顔を赤くして俯いてしまった。
どういった訳か不明だが、人に戻って早二年が経過しようとしているが人の髪色に戻らなかった。
恐らく三百年も封印された上、元が病弱だった事もあるのだろうか……或いは藤夜の浄化された
羞恥さえ込み上げて、おずおずとしてしまえば、隣から突かれて季音はハッと顔を上げる。
「褒められてるんだ、顔上げて胸を張ってろ。お前の髪は綺麗だ」
そう言って笑む龍志は、今は紋付き袴を纏っている。
髪が伸びた所為もあるだろう。高く結い上げた風貌は詠龍にますます似ている……と、そんな風に季音は思った矢先だった。
「ねぇ。あの旦那様、見覚えあるわ。確か……ここの次男の顔だけで女たらしで悪名高い……」
──何だか棘でも抜かれたみたいに丸くなったわね。なんてヒソヒソとした声が届いて季音は思わずジトリと龍志の方を向く。後方で傘を差している朧も噴き出しそうな笑いを堪えていた。すると、龍志は「昔の話だ」と一蹴りして、苦笑いを浮かべてそっぽを向いてしまった。
この件は、黒羽に戻ったら色々と聞いておきたいところだろう。そんな風に思って季音はツンと鼻を鳴らした。
そもそも、何故挙式を上げる事になったかと言えば……一年程前に第一子、
そこで言われた事は挙式の事だった。父が亡くなって一年が未だ経っておらず、今は喪に服しているが……追々でも必ず挙式は行うべきだろう。と、そんな事を言われたのである。未だ子も産まれたばかりだ。ならば、と次の年に松川まで赴いて挙げようと、そのような流れになったのである。
彼の親族に会うのだって初めてだった。髪も真っ白な得体の知れぬ娘など怪しまれるものだと初めこそ思い不安に思っていたものだが……彼の母は暖かく季音を迎え入れてくれた。
また、子を抱かせた時の喜びようといえば、それはもう本当に嬉しそうなもので、散々抱えていた不安も馬鹿馬鹿しくさえ思えてしまい、来て良かった改めて思った。
それに瀧や蘢に朧が同行してくれた事も有り難かっただろう。なんとなくそれだけで心強く思えてしまうものだった。
やがて行列は、鳥居をくぐろうとするその時だった。晴天の空からハタハタと雨粒が落ちてきたのである。季音は空を見上げて見るが青空が覗いていた。
その途端に、後方に居る龍弥は空を指して狐を示す稚拙な言葉を幾度も連呼したのである。
「
暖かな日差しを浴びた雨に打たれて龍志は空を見上げる。
(もう充分泣きましたから、あれ以上はもう泣いたりしませんよ)
──ありがとう、藤夜様。と、季音は心の箱庭に住んでいた九尾の
その後、豊穣の瑞獣『藤夜』を祀る黒羽の社──藍生神社は栄え多くの信仰を集めたという。神殿にはそれは美しい金細工の藤の簪が祀られているそうだ。
しかし、その社には不思議な事に狛犬は対でいない。社を護るのは一匹の
しかし参拝客の去った夜になると、彼らは”本当の姿”を露わにするそうで──神主と神秘的な雪白の髪を持つ妻、そして彼らの子供たちと共に和やかに過ごしているそうだ。