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草木は時を止めたかのよう。生き物は愚か、妖の気配もなく、山々は死んでしまったかのような
二つ目の山を越えた頃、自分の行く先の方角からツンとした硫黄に臭いが風に漂ってきた。段々と植物の青さも薄まり、やがて辿り着いた場所はまるで地獄──岩肌の隙間から湯気が沸き立つ火山地帯だった。
次の山が火山なのだろう。ふと、
──かの竹取物語の最後は、駿河の国の高い山で翁と老婆が不死薬を燃やして煙を月まで届けたのだという。噴煙を眺めて、ふと季音はそれを思い出してしまった。
しかし、自分はかぐや姫ではない。
確かに帝の娘──、一応は姫ではあるだろうし愛する人が迎えに来ると約束してくれたが、行き着く先は恐らく黄泉の国だろうと憶測が立つ。
しかし、欲張りにも未練はありすぎた。未だ生きたいとは思えてしまう。
だが、そんな時間はもう無いのだと分かっていた。
それでも、初めからそうなる事を騙して隠してきた彼を責める気にはなれなかった。自分の立場でそれを置き換えてみれば、言えないだろうと思えたから。
──もう一度愛してくれたのだし、もう良いではないか。充分じゃないか。季音は心の中で一人ごちて歩を進めた。
やがて辿り着いた約束の場所は、まるで水の流れていない川のようだった。
そこはやはり生命の息吹を何一つも感じられない。所々に湯気が噴き出す丸石転がる地を歩み初めて間もなく、岩肌にぽっかりと開いた洞窟を見つけた。
龍志に言われた事を思い出して、季音はその洞窟に入る。そこでようやく、彼女は持って来た自分の召し物に着替えた。
着替えを終えて、彼女は入り口付近でしゃがみ込んだ。
龍志に出会ってからというものの社の中で動く程度で、特に長く歩く事は無かった。さすがに歩きすぎただろう。足は棒のようになり膝も痛かった。季音は自分の足を摩りながら、ふと懐を探る。
不安に思うと、藤の簪を手に持ちたくなる癖は変わらなかった。だが、そこには探し物は当然のように無かった。無性にやるせなくて、それでも懐を探り続ければガサリと紙が丸まった感触がして彼女がそれを懐から引き出した。
初めて逃走を企てたあの日に彼からもらった文だった。辛くなった時、悲しくなった時、どうしようもなくなった時にこれを見ろと言われていただろう。ふとそれを思い出した季音は、折りたたまれた文を丁寧に開封した。
書かれた字は相変わらずの達筆だった。きっと、これを貰った時には解読など出来なかっただろう。
だが、以前とは違い今は全てを読む事が出来る。何せ、暇さえあれば彼から漢字を教わっていたのだから……。
その短い文字の羅列を全て詠み終えた途端、季音の瞳には水膜が張った。
──輪廻せし
我が身に
未だ来ぬ春の 甘い藤の香
命がけでも愛す事を誓う、忘れるな。
吉河龍志
それは、自分を詠った短歌と恋文だった。
思えば、このようなものを貰った事は前世にも無かっただろう。それどころか、詠龍は率直な愛の言葉を殆ど言わなかった。ただそれを見ただけで胸がいっぱいだった。堪らなく幸せだと思えてしまった。同時に彼を好きになれた事を再び巡り会えた事を感謝した。
あと数日。彼が来た時がきっと自分の最期なるのだろう。
否や、彼の最期か共に逝くのか……季音は再び短冊を折り畳んで、それを胸の前で強く握りしめた。