〇熊井旅館
星奈さんの運転する車で白糸の滝から熊井旅館に到着した時すでに時刻は夕方になっていた
「それじゃ私らお風呂入ってくるね」
「進君また夕飯の時にね」
俺の部屋の前で二人と別れ、荷物を置いてから着替えを持って俺も露天風呂へと向かう
八又の湯の前に着くと立札があり今の時間は女性専用になってるようだ
「今の時間は混浴ではないんだ・・え――と男湯は・・・この左の矢印の富岳の湯か・・」
矢印の通り八又の湯の奥から少し奥に進と【富岳の湯】と書かた暖簾が見えてきた、立て札に男湯専用と書いてあいるので間違え無さそうだ
暖簾をくぐり脱衣所を確認すると、今日も他に利用客が居ない様で俺の貸し切り状態だった、手早く服を脱ぎタオルをもって扉を開ける浴室に向かう
「へぇぇ八又の湯より少し小ぶりだけど奥にかけ湯があるのか・・・」
俺は真ん中のかけ湯の下に立つと結構な勢いの水圧で首筋に熱い温泉が落ちてくる
「おお~これは良いな・・・」
肩や背中首筋などに心地よい暖かい温泉のお湯によるマッサージで一気に疲れが取れる気がした
源泉のかけ湯を堪能したあと、頭と体を洗い流し温泉に浸かる
「ふぅぅぅぅ」
誰も居ないので気の抜けた溜息をついて温泉に身体を沈める、今日も跡地巡りと浅間大社で出会った星奈さんと由利さんの幼馴染の時夜さんそれと・・
「あの黒い服の女性・・・なんかどす黒い物を感じたな・・・」
そんな事を思い出しながらお湯で顔を洗い疲れを癒していると背後の竹作りの塀の向うで声が聞こえる
『・・・・で、・・・なの?』
『・・・・ね・・・かも・・・』
声から星奈さんと由利さんの二人の様だ、どううやら温泉自体は八又の湯につながっているらしい、背後で二人が湯船に入る音がした恰好的に塀越しになってる様だ
『進はどうするんだろうね?』
(ん?俺の事を話してるのか?)
二人に声を掛けようかと思っていたら星奈さんが俺の名前を口にしたので思いとどまった
『そうねぇ私としたらこの地で新しい人生を送ってくれると嬉しいんだけどね』
『でも・・・やっぱり五月と雫の事だよね、進は何も言わないけどやっぱり二人に顔を合わさずに東京を出て来てしまって後悔してるみたいだもんね』
そっか・・二人に気を使わせてるんだな・・・なんか申し訳ないな
『でも今の段階で協会から追放された街に戻るのはリスクが高すぎるし、下手をすれば本当に犯罪者として今度こそ協会に収監されちゃうかも・・』
『私らでは力になれないけど何時か進への疑いが晴れて東京に戻れる様になるまで、この熱海で落ち着いてくれたらいいんだけどね』
(俺がこの地で・・・生活するのか・・・そんな事考えても無かったな・・・)
『そうね・・進君が今東京に戻ると間違えなく五月ちゃんも雫ちゃんも全力で進君を守ろうとするし・・・そうなると・・二人は・・』
(・・・・そうか・・俺が二人に逢いたいって強引にあの街に戻ると二人にも迷惑を・・・俺は本当に自分の事しか考えてなかったんだな・・)
【パァン!!】
俺は状況も忘れおもいっきり自分の頬を叩いた
『え?誰?男湯に誰かいる?』
(まずい!このままだと気まずい)
俺は慌てて露天風呂から出ると慌てて体を拭き服を着ると足早に自分の部屋に戻った
露天風呂で星奈さん達に言われた事を暫く一人で考えていた・・・・
「よし!!決めた」
そう一人で決心してると、部屋のドアが開いた
「ん?なに?なにを決めたの?」
振り返るとキョトンとした様子の星奈さんと由利さんが浴衣を着て立っていた
「あ~いえ・・こっちの事ですそれよりお腹すきましたね、夕飯ですか?」
二人は不思議そうに顔を見合わせて俺の方を向くと黙って頷いた
「そうですか、では行きましょう!今日は何かな~楽しみですね」
俺は二人の背中を押しながら昨日と同じ宴会場へ向かった
既に夕飯は準備されており、今日は地元の国産牛を使ったすき焼きだ
「では早速用意しますね」
宴会場で準備をしていた月奈さんが手慣れた手つきで肉を焼き割り下を注ぐ、軽く煮立った所で豆腐や麩、ネギや白菜シイタケ糸こんにゃくを投入していく
蓋をして再び煮えるまで、3人で乾杯する
「「「かんぱ~い」」」
今日回った観光地の感想や思い出などを語り合い程よく煮立ってきた所で星奈さんが俺を一番によそってくれた
星奈さんが全員分よそった所で、おれは一旦箸を置く
「ん?どうしたの進、食べないの?」
おれは席を立ちテーブルの反対側に回ると二人に向かって土下座をする
「二人には本当にお世話になりました・・・行くあての無い俺にこんなに良くしてくれて感謝してもしきれません」
急な俺の様子に驚く二人は何かを察したのか少し緊張して俺の話を黙って聞いていた
「俺・・決めました・・この地で暫く生活してみようと思います」
俺の話に嬉しそうに二人がハイタッチして喜ぶ
「本当にぃ?嬉しい進」「私達で全力でお世話するね♪」
俺は二人のありがたい申し入れにゆっくりと首を振る
「お言葉はありがたいのですが、俺はこれまでにも自分の力で生きてきました・・ですのでこの地で働く所と住むところを見つけて生活しようと思ってます」
俺の覚悟を決めた言葉に少し驚く二人
「働くって・・・何か宛があるの?」「住むところもよ?このままこの旅館で泊まるか私の家のホテルに泊まればいいじゃない?」
「それは出来ません、お二人にこのまま甘えるのは、きっと俺の為にならないと思います」
「何で?進は迷惑なの?」
おれは由利さんの言葉に首をふり否定すると口を開く
「今日俺はお二人から時夜さんの事を聞いて、どこか俺自身の事の様に思えました、残念ですが俺にはお二人の様な心強い幼馴染も居ませんでしたし、前の世界では特別な力もありません、みんなから居ないものとして扱われ無視され人と接し方が分からないまま社会に出て失敗して・・・それでもこの世界に来て色んな人と関わって・・・大事な人も沢山できました・・」
「でも・・このままお二人に甘えたまま楽な生き方をしてる俺を、いままで良くしてくれた人達が見たらガッカリすると思うんです、俺は次会える時はそんなガッカリした顔をさせたくないんです」
俺の意志が固いと感じた二人は少し悩んだ末
「だったらこうしない?進君はうちのホテルに入ってる雑貨屋でアルバイトとして働いて、ホテルの従業員用の部屋に住み込むというのは?」
由利さんから提案された内容は俺にピッタリな仕事内容だった、それにほかの従業員と同じ部屋だったら安く寝泊り出来るかもしれない
「心苦しいですが由利さんの御言葉に甘えて、仕事と住む所をご紹介いただけますか?」
「ええ、勿論よ私にまかせて!」
「ふふそうと決まれば、進の歓迎会に変更ね、ほら進もそんな所にいないで自分の席に戻ってすき焼きいただきましょう!!」
「はい!!」
こうして俺の新たな地での新たな生活が始まろうとしている・・・そしていつか・・