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第32話 思い出したワンシーン

 僕達を乗せた馬車は『ランタンフェスティバル』の会場近くの人混みの少ない裏通りで停車した。

エディットの手を引いて馬車から降りると御者の男性が帰りの馬車の件で尋ねて来たので、帰りは辻馬車を拾うから迎えはいらないと伝えて帰って貰うことにした。


ガラガラと音を立てて遠ざかっていく馬車を2人で見送ると、僕はエディットに声をかけた。


「それじゃ、行こうか?」

「はい」


満面の笑みを浮かべてうなずくエディットを見て、余程このお祭りが楽しみだったことがその笑顔から伺えた。

そんなエディットの笑顔を見ると『ランタンフェスティバル』に誘って良かったと心の底から思いつつ、2人で会場へ足を向けた――



**


 細い路地を通り抜けると突然目の前に大きな広場が現れ、思わず驚きの言葉が口をついて出てしまった。


「うわぁ! 人が溢れているね」


前を見ても、左右を見ても人の波で周囲が見渡せないくらいだった。


「凄いな……まるで秋葉原の歩行者天国みたいだ」


思わず前世の記憶が蘇ってしまった。


「えっ? どこの天国ですか?」


僕のつぶやきが隣に立っていたエディットに聞かれてしまった。


「え? 何でもないよ。今の言葉は忘れてくれないかな?」


「はい……? 分かりました」


おとなしいエディットはそれ以上のことを尋ねてくることは無かった。

ふぅ~危なかった……。

他の人が相手だったら、危うく『歩行者天国』について説明を求められていたかもしれない。

もうこれから先は誰かが一緒の時は不用意に前世に関わる言葉を口にするのはやめにしよう。


それよりも‥‥…。


「エディット」

「はい、何でしょうか」


「ここは人混みが激しいよね。またはぐれるといけないから、ここからは手を繋いで移動しよう?」


僕は手を差し出した。


「え……? 手? 手ですか……?」


「うん、そうだよ。ほら、見てごらんよ。今前を通り過ぎた人も手を繋いでいたよ」


僕達の前を手を繋いだ女の子と母親の姿が通り過ぎていった。


「……はい……そうですね」


気のせいだろうか……エディットの返事が微妙に聞こえたのは。

それでも僕に手を差し出してきたので、その手を握りしめる。


「それじゃ、行こうか?」


「は、はい」


次に返事をした時のエディットはいつもと変わらなかった。


そして僕達は日が暮れかかった広場を大勢の人々に混ざりながら歩き始めた。




**


「エディット、まずはランタンを買いに行きたいんだけど」


『ランタンフェスティバル』に来たからには、まずはランタンを買わないとならない。


「そうですね。それでは私が買ったお店に行きませんか?」


返事をするエディットを見た時、始めて僕はあることに気づいた。


「あれ? そう言えばエディットはランタンを買ったんだよね?」


「はい、買いました」


けれどエディットはショルダーバッグを肩から掛けているだけだった。とてもランタンを持っているようには見えない。


「ランタンはどうしたの?」


「はい。実は持って帰るのには少し不便だったので、買ったお店で預かってもらっているのです。それでこれから引き取りに行きたいと思っていました」


「それは都合がいいね。よし、それじゃ早速お店に買いに行こう」


「はい、ではご案内しますね」


僕の隣を歩いていたエディットが手を繋いだまま前に出ると、僕を振り向いた。


「行きましょう? アドルフ様」


ランタンの灯りに照らされて笑みを浮かべたエディットを見た時、僕はあることを思い出した。


このシーンは……漫画で読んだシーンと全く同じだ。


エディットが誰と一緒に『ランタンフェスティバル』に来ていたのかは忘れてしまったけれど今のワンシーンだけはしっかり脳裏に焼き付いていた。


それだけ僕に取って……印象深いシーンだったのだろう。

そして、改めて思った。


やはり、この世界は前世で妹から借りて読んだ漫画の世界と同じなのだ――と。


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