馬車が走り出してすぐのことだった。
向かい側に座るエディットが、何故かそわそわと落ち着きない様子で時折僕の様子を伺っていることに気が付いた。
もしかしてエディットは何か会話の糸口を探しているのだろうか?
そこで僕から彼女に話しかけることにした。
「それにしても山に沈んでいく夕日は綺麗だと思わない? 今夜は星空が素敵なフェスティバルになるだろうね」
僕たちが暮らしている『カナレア』市は自然にも恵まれている。
特に緑区には湖や森林山々に囲まれていて、別荘を所有している貴族も数多くいるのだ。
「はい、そうですね。私もそう思います」
僕が声をかけたことで安堵したのか、今度はエディットが話しかけてきた。
「アドルフ様。今夜は私にお付き合い頂きありがとうございます。あの……私、すごく……う、嬉しいです」
そしてエディットは再び顔を赤らめた。
「そうかい? でもそう言って貰えると光栄だな」
笑顔でエディットに返事をした。
僕が付き添うことを嬉しいと話している姿は嘘では無いはずだ。
……ということは、エディットの中での僕は徐々に好感度があがっていると考えて間違いないだろう。
この調子でいけば最終的に真の相手である王子とエディットが結ばれても、僕は追放を免れることが出来るかもしれない。
「はい、本当にそう思っています。試験勉強がお忙しいのに一緒に『ランタンフェスティバル』に参加して下さるのですから」
「あぁ、試験勉強か。でも日頃から真面目に勉強していればこんな風に慌てる必要は無いんだけどね。エディットのように」
「アドルフ様……」
エディットが表情を曇らせた。
あ……もしかして、今のは嫌味な言い方に聞こえてしまっただろうか?
「ごめん、今のは別に嫌味を込めて言ったわけじゃないんだよ? ただエディットは偉いなと思っただけなんだ」
だから僕の言葉を悪く取らないでくれるかな?
「いえ、嫌味だとかそんなこと何も思っていませんから。ただ勉強する時間を奪ってるような気がしてならなかったのです。今、こうしてフェスティバルに向かっている時間でさえも……」
項垂れるエディットに慌てて声をかけた。
「何を言ってるんだい? 僕に悪いなんて思う必要は無いよ。大体エディットをランタンフェスティバルに誘ったのはこっちなんだから。それにね、これでも大分教科書を暗記したんだよ?」
「本当ですか? でしたらもしアドルフ様のご迷惑でなければ、私が何か歴史の問題を出させて頂きましょうか?」
エディットが何処か遠慮がちに尋ねてきた。
「本当かい? それはありがたい。是非、お願いするよ」
「え? あ、あの……本当に宜しいのでしょうか?」
エディットは目を見開いている。
「勿論だよ。どの位覚えられているか確認することが出来るのだから、これほどありがたいことは無いよ」
まぁ、僕の言葉にエディットが驚くのも無理は無いかも知れない。
大分以前の記憶が薄れてしまってはいるけれども、前世の記憶を取り戻す前の僕だったら「女のくせに生意気な!」と言って罵声を浴びせていただろう。
もしくは最悪、エディットに手を上げていたかもしれないのだから。
「それじゃ、早速お願いしようかな?」
笑顔でエディットにお願いする。
「はい。それでは、問題を出しますね。では1問目……」
こうして僕は『ランタンフェスティバル』の会場に着くまでの間、エディットに歴史の問題を出してもらった。
それは僕にとって、とても有意義な時間となった――