日が傾きかけ、サンルームに差し込む太陽の光がオレンジ色になりかけた頃――
「あの……アドルフ様……」
遠慮がちに向かい側に座っていたエディットが声をかけてきた。
「うん? 何?」
顔を上げてエディットを見た瞬間、ドキリとして思わず見つめてしまった。
オレンジ色の太陽の光に照らされたエディットのブロンドの髪がキラキラと輝き、まるで宝石をまとっているように見えてしまったからだ。
その姿はとても眩しく……神々しく見えた。
うん、まさにこの世界のヒロインそのものだ。思わずその美しさに見惚れてしまった。
「あ、あの……あまり見つめられると……そ、その……恥ずかしいのですが……」
するとエディットが頬を赤く染めて今にも消え入りそうな声で訴えてきた。
「あ……! エディットの姿があまりにも眩しかったから……つい……。ごめんね、不躾に見てしまって」
「えっ!?」
僕の言葉でエディットが驚きの声を上げ、益々顔が真っ赤になる。
まずい……。
どうやら僕はエディットが赤面するような台詞を言ってしまったようだ。
そこで先程の言葉を誤魔化すためにゴホンと咳払いすると話しかけた。
「エディット。それよりさっき僕に声をかけたよね? 何か用?」
「え? あ……そうでした。アドルフ様、そろそろ出掛けるお時間になったのですが……」
「え? 本当?」
「はい、あの時計を御覧下さい」
エディットが壁に掛けてある時計を指さしたので、視線を移すと時計は17時10分前を差している。
「あ……ほ、本当だ!」
随分教科書を読むのに集中していたようだ。
「ごめん、エディット。全然気付かなくて。僕はすぐに出れるけど、君は色々準備があるよね?」
「いいえ、私はもう準備が終わっているので大丈夫です。アドルフ様がお父様とお母様とお話をされている間に出かける準備を済ませておきました。馬車もすぐ出せるように御者さんにお願いしてあります」
へ〜なんて気が利くのだろう。さすがはヒロインだ。
「そうなんだ。ありがとう、エディット」
笑顔でお礼を述べた。
良かった。
考えてみれば会場までどうやって行こうか念頭に無かったので、馬車を出して貰えるのはとても助かる。
「それじゃ行こうか? エディット」
立ち上がると声をかけた。
「はい、アドルフ様」
エディットも立ち上がり……僕達はサンルームを後にした。
**
「あ、そうだ」
2人で並んでエントランスに向かって歩きながら、大事なことを忘れていることに気がついた。
「どうかしましたか?」
隣を歩くエディットが尋ねてくる。
「うん、うっかりしていたよ。エディットのご両親にご挨拶するのを忘れていたんだ」
「それならご安心下さい。お父様もお母様も既にエントランスでアドルフ様をお見送りする為に待っておりますので」
「え? そうなの?」
「はい、そうです」
「それならお待たせしてはいけないね。少し急ごう?」
「分かりました」
エディットを促すと、僕達は少しだけ急ぎ足でエントランスへ向かった――
**
吹き抜けになっている広々としたエントランスに到着すると、エディットの言葉通りに伯爵夫妻が既に待っていた。
他にもドアマンと2人のフットマンが控えている。
「すみません、お待たせしてしまいました」
声をかけながら近づくと、ロワイエ伯爵夫妻が僕に声をかけてきた。
「いいえ、そんなことはありません。アドルフ様、それでは娘のことをどうぞ宜しくお願い致しますね?」
満面の笑みで夫人は僕に声をかけてくる。
この笑顔……どうやら僕はかなり信頼されているようだ。
すると次に少し離れた場所に立っていた伯爵が僕を手招きしてきた。
大事な話でもあるのだろうか?
「あの……何か?」
近づくと突然伯爵は突然僕の耳元に口を寄せると、2人にしか聞こえないような小声で話しかけてきた。
「いいですか? アドルフ君。いくら婚約中とはいえ、娘に手を出したら承知しませんよ?」
「ええ!?」
前言撤回。やはり僕は信頼されていないようだった。
第一……誰が誰に手を出すって!?
確かに僕とエディットは婚約中ですが、いずれお嬢さんにはもっとふさわしい相手が現れるのですよ? 手を出すなんて世界がひっくり返ってもあるはずないじゃありませんか。
とはとても言い出せず……。
「はい、当然です。神に誓って手は出しませんので、どうぞご安心下さい」
そして営業スマイル? を浮かべる。
「むぅ……。それなら別に構いませんが、何故かそこまではっきり言い切られると釈然としませんな……」
矛盾したことを言う伯爵。
すると、背後から夫人に声をかけられた。
「何をされているのですか? お2人とも。早く馬車に乗らないと遅刻してしまいますわよ?」
「おお、すまんすまん」
「どうもすみません」
伯爵と一緒にエディットと夫人の元へ戻ると早速夫人が尋ねてきた。
「一体、お2人で何を話していたのですか?」
「いや? 男同士の話だよ? そうですよね? アドルフ君」
伯爵は僕に目配せしてきたので、すかさず後に続いた。
「ええ、そうなのです。それではエディット。そろそろ行こうか?」
これ以上余計なことを聞かれるのはまずいので、隣に立つエディットに声をかけた。
「ええ、参りましょう。アドルフ様」
こうして、僕とエディットは伯爵夫妻に見送られ『ランタンフェスティバル』の会場がある中央区へ馬車で向かった――