目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第29話 ヒロインの質問に苦戦する悪役令息

「エディット……」


どういうことだろう?

僕のことを彼女は怖がっているはずなのに……。あ、でも今は以前ほど怖がられていはいないかもしれない。

大分僕の前でオドオドする態度を取らなくなってきたからなぁ……。


「あの……ひょっとするとお邪魔でしょうか……?」


「ううん、そんなことはないよ。大体ここはエディットの家じゃないか」


むしろこの家にとって邪魔な存在は僕だ。


「エディット、もしかしてここは君のお気に入りの場所だったのかい? だったら僕が出ていこうか?」


そうだ、庭のベンチで教科書を読んだっていいくらいなのだから。


「え?」


するとエディットは目を見開いて僕を見た。


「い、いえ! そうではありません。あ、あの……わ、私もアドルフ様と、その……同じお部屋で……」


後の方は言葉にならなかった。

エディットは顔を真っ赤にさせてうつむいている。


あ……そうか。

きっとエディットは両親に言い含められているのかもしれない。


『婚約者のアドルフ様の側にいなさい』と。


だったらその気持を汲んであげないと。


「ごめんねエディット。君の気持ちに気づいてあげられなくて」


「え?」


エディットが顔を上げた。


「うん、いいよ。『ランタンフェスティバル』に行くまでの間、2人でこの部屋で過ごそうか?」


「は、はい!」


エディットは嬉しそうな笑みを浮かべて僕を見た。



「でもエディット。僕はここで試験勉強をさせてもらうつもりだけど……その間、なにをしているつもりなんだい?」


見るとエディットは手ぶらだった。


「いえ、大丈夫です。私も実は本を持ってきているんです」


そしてエディットはワンピースのポケットから手のひらサイズの本を取り出し、テーブルの上に置いた。


へ〜この世界にも文庫本サイズの本があったのか。


「何の本を読んでいるんだい?」


この世界のヒロインは一体どんな本を読んでいるのか気になった。


「はい。あの……女性向けの恋愛小説です」


エディットは少しだけ頬をあらかめながら答えた。


「女性向きの恋愛小説かぁ……うん。面白いよね?」


前世では女性向きの恋愛小説こそ読んだことが無かったけれども、妹と漫画を交換して恋愛漫画を読んでいたからな。

その時、男性側から見ても奥が深いと思ったくらいだし。


「ほ、本当ですか? アドルフ様からそのようなお話が聞けるなんて思いませんでした」


よほど驚いたのか、大きな目を益々見開いてエディットが僕を見つめている。


「そうかな……? 意外と小説は読むの好きだしね。あ、ちなみに今読んでいるのは歴史小説なんだけど、面白いよね。ファンタジー要素が強くてさ」


するとエディットが一瞬ピクリと肩を動かし、首を傾げる。


「え……? ファンタジー……? ファンタジーとは一体どういう意味なのでしょう?」


「え!?」


しまった! この世界ではファンタジーと言う言葉は存在しないのか。

ファンタジーな世界の住民に(自分も含めて)ファンタジーとは何かと問われるとは思ってもいなかった。

これは以前『和食とは何ですか?』と、問われるくらいに難問だ。


「う〜ん。ファンタジーか……。ファンタジーねぇ……つ、つまり、ど……独創的で、かつ空想的な世界観を表現した言葉だよ」


もう自分で何を言っているのか分からない。

エディットも首を傾げているが……やがてぱちんと手を叩いた。


「そうなのですか? それがファンタジーと言うのですね? とても良い響きの言葉を教えて頂きありがとうございます」


ニコニコしながらお礼を述べるエディット。


「そ、そう? それは良かったよ。さてと〜それじゃ僕は勉強させて貰おうかな?」


これ以上何か突っ込まれたりしたら大変だ。


「あ、そうでしたね。すみません、時間を取らせてしまいましたね。では私も読書をすることにします」


「うん、そうだね」


エディットは本を開き、僕は教科書を読み始めた。


こうして静かな部屋でエディットは向かい合わせに座り、出掛けるまでの時間を同じ部屋で過ごすことになった。



その姿をエディットの両親に見られていたことにも気付かずに――



コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?