「エディット……」
どういうことだろう?
僕のことを彼女は怖がっているはずなのに……。あ、でも今は以前ほど怖がられていはいないかもしれない。
大分僕の前でオドオドする態度を取らなくなってきたからなぁ……。
「あの……ひょっとするとお邪魔でしょうか……?」
「ううん、そんなことはないよ。大体ここはエディットの家じゃないか」
むしろこの家にとって邪魔な存在は僕だ。
「エディット、もしかしてここは君のお気に入りの場所だったのかい? だったら僕が出ていこうか?」
そうだ、庭のベンチで教科書を読んだっていいくらいなのだから。
「え?」
するとエディットは目を見開いて僕を見た。
「い、いえ! そうではありません。あ、あの……わ、私もアドルフ様と、その……同じお部屋で……」
後の方は言葉にならなかった。
エディットは顔を真っ赤にさせてうつむいている。
あ……そうか。
きっとエディットは両親に言い含められているのかもしれない。
『婚約者のアドルフ様の側にいなさい』と。
だったらその気持を汲んであげないと。
「ごめんねエディット。君の気持ちに気づいてあげられなくて」
「え?」
エディットが顔を上げた。
「うん、いいよ。『ランタンフェスティバル』に行くまでの間、2人でこの部屋で過ごそうか?」
「は、はい!」
エディットは嬉しそうな笑みを浮かべて僕を見た。
「でもエディット。僕はここで試験勉強をさせてもらうつもりだけど……その間、なにをしているつもりなんだい?」
見るとエディットは手ぶらだった。
「いえ、大丈夫です。私も実は本を持ってきているんです」
そしてエディットはワンピースのポケットから手のひらサイズの本を取り出し、テーブルの上に置いた。
へ〜この世界にも文庫本サイズの本があったのか。
「何の本を読んでいるんだい?」
この世界のヒロインは一体どんな本を読んでいるのか気になった。
「はい。あの……女性向けの恋愛小説です」
エディットは少しだけ頬をあらかめながら答えた。
「女性向きの恋愛小説かぁ……うん。面白いよね?」
前世では女性向きの恋愛小説こそ読んだことが無かったけれども、妹と漫画を交換して恋愛漫画を読んでいたからな。
その時、男性側から見ても奥が深いと思ったくらいだし。
「ほ、本当ですか? アドルフ様からそのようなお話が聞けるなんて思いませんでした」
よほど驚いたのか、大きな目を益々見開いてエディットが僕を見つめている。
「そうかな……? 意外と小説は読むの好きだしね。あ、ちなみに今読んでいるのは歴史小説なんだけど、面白いよね。ファンタジー要素が強くてさ」
するとエディットが一瞬ピクリと肩を動かし、首を傾げる。
「え……? ファンタジー……? ファンタジーとは一体どういう意味なのでしょう?」
「え!?」
しまった! この世界ではファンタジーと言う言葉は存在しないのか。
ファンタジーな世界の住民に(自分も含めて)ファンタジーとは何かと問われるとは思ってもいなかった。
これは以前『和食とは何ですか?』と、問われるくらいに難問だ。
「う〜ん。ファンタジーか……。ファンタジーねぇ……つ、つまり、ど……独創的で、かつ空想的な世界観を表現した言葉だよ」
もう自分で何を言っているのか分からない。
エディットも首を傾げているが……やがてぱちんと手を叩いた。
「そうなのですか? それがファンタジーと言うのですね? とても良い響きの言葉を教えて頂きありがとうございます」
ニコニコしながらお礼を述べるエディット。
「そ、そう? それは良かったよ。さてと〜それじゃ僕は勉強させて貰おうかな?」
これ以上何か突っ込まれたりしたら大変だ。
「あ、そうでしたね。すみません、時間を取らせてしまいましたね。では私も読書をすることにします」
「うん、そうだね」
エディットは本を開き、僕は教科書を読み始めた。
こうして静かな部屋でエディットは向かい合わせに座り、出掛けるまでの時間を同じ部屋で過ごすことになった。
その姿をエディットの両親に見られていたことにも気付かずに――