「ありがとう、エディット。来てくれたんだね? 会いたかったよ」
良かった。やっと教科書を借りることが出来る。嬉しくて思わず笑みが溢れてしまう。
「……っ!」
すると僕を見つめていたエディットの顔が益々真っ赤に染まる。
何だか様子がおかしいな……?
「エディット? どうかしたの?」
するとエディットは僕から慌てたように視線をそらせると、どこか照れた様子で尋ねてきた。
「あの、お母様から聞きました、私と2人だけでお話がしたいと仰っていたそうですが……どのようなご要件でしょうか?」
「うん、それなんだけどね。実はお願いがあるんだ。悪いけど君の歴史の教科書を貸してくれないかな?」
せめてエディットと出掛けるまでは勉強をしなければ……。
前世で周囲から「秀才」と呼ばれていた自分のプライドに掛けても、絶対に赤点を取るわけにはいかない。
すると僕の話を聞いたエディットが目を見開いて固まっている。
「エディット? どうかした?」
「あ……い、いえ。空耳でしょうか? 今、アドルフ様から歴史の教科書を借りたいと言われた気がするのですが……」
「うん、それは聞き間違いじゃないね。実は『ランタンフェスティバル』に行くまでの間、明日の試験の為に勉強をしておきたいんだよ。でも生憎教科書を持ってきていなかったから勉強したくても出来なくて。もし今エディットが使わないなら借りてもいいかな?」
「……」
それでもやはりエディットは目を見開いたまま無反応だ。
「エディット? 僕の話……聞いてる?」
「え……。あ! は、はいっ! 勿論聞こえています! すぐにお持ちしますね」
するとようやくエディットは我に返ったのか、返事をすると立ち上がった。
そして頭を下げると、慌ただしくサンルームを出ていった。
「う〜ん……やはりおかしなお願いをしてしまったのかもしれないな……」
エディットの去った後……ポツリと呟いた――
それからきっちり5分後。
「はぁはぁ……アドルフ様……お待たせ……致しました……教科書を……お持ちしました……」
エディットはよほど慌てて取りに行ってくれたのか、肩で息をしている。
彼女は胸にしっかり教科書を抱え込んでいた。
……そんなに急がせてしまったのか。
何だか申し訳ない気持ちになってきた。
「ありがとう、ごめんね。そんなに慌てさせるつもりは無かったんだ。おまけに二度手間を取らせてしまったよね? でも、どうしてもエディットのお母さんには恥ずかしくて頼みにくかったんだよ。歴史の教科書を借りたいなんてさ」
「いえ、どうぞお気になさらないで下さい。私も立場が同じでしたら恥ずかしいと思いますから。では教科書です。どうぞ」
エディットは笑顔で僕の前に歴史の教科書を差し出してくれた。
うん。やっぱりエディットはこころが優しい、まさに物語のヒロインだ。
「どうもありがとう、助かるよ」
笑みを浮かべて、僕は教科書を受け取った。
「いえ……お役に立てて光栄です」
はにかんだ笑顔も格別可愛かった。
うん、やっぱりエディットは僕にはもったいなさすぎる。早くヒーローと結びつけてあげないとな。
そして早速僕は受け取った教科書を開くと、暗記する頁を開き……目を通し始めた
「……」
前方をチラリとみると眼前には僕を見下ろしたまま、その場に立っているエディットの姿がある。
「……」
僕は前方をチラリとみた。
眼前には僕を見下ろしたまま、
駄目だ。エディットが気になってとても勉強どころじゃない。何故、彼女はまだこの部屋に残っているのだろう?
どうしよう……聞いてみようか? 悩んだ挙げ句尋ねることにした。
「あの……エディット?」
「はい、何でしょうか?」
立ったまま、エディットは返事をする。
「もう、用事は終わったから大丈夫だよ?」
「そうなのですね。分かりました」
するとエディットは何を考えているのか、椅子を引くと僕の向かい側の席に座ってきた。
え……? な、何故僕の向かい側に座るんだ?僕のことが苦手なはずだったんじゃないのか?
「ねぇ……エディット」
「はい、アドルフ様」
「出掛ける時は部屋に呼びに行くからそれまでは部屋に戻っていてもいいよ?」
すると驚くべきセリフがエディットの口から出てきた。
「あの……もし、お邪魔でなければ……私もこの部屋でアドルフ様とご一緒させて頂いても宜しいでしょうか?」
エディットは益々顔を赤らめながら僕に尋ねてきた――